第2話 メイドのサリヴァンが世話を焼いてくる(2)
「……恥ずかしいんだけど、これ」
着替えぐらい一人でできると熱弁していたのだが、やはり聴いてもらえなかった。
俺は腕を上げながら、服を着せられている。
まるで着せ替え人形だ。
テキパキと、慣れた手つきでサリヴァンは服を通している。
ちなみに、服はいつも通りメイド服を着てもらった。
裸でずっと傍にいられても、落ち着かないし。
俺も男だ。
下半身だって反応する。
このメイドさんは、それを分かっているのかな?
「下着が見られることが恥ずかしいのですか?」
「いや、それも恥ずかしいけど、着替えさせられるっていうのがね……」
「いい加減慣れてください。勇者様は、もう王様なのですから」
勇者として旅を続けていた頃が懐かしい。
あの頃はこんなことされなかったのに。
俺は魔王を倒してから、国を手に入れた。
そして、城も。
城の主となった俺は、こうやってメイドにお世話されている。
旅に出ていた頃は宿屋が見つからなくて、野営をしたこともあった。
風呂に入れないぐらい何日も、何ヶ月もダンジョンに潜ったことだってあった。
劣悪な環境下に身を置いてきた俺としては、この快適すぎる生活に違和感しかない。
「魔王を倒したからって、城を建造する必要なかったんじゃ?」
「後悔しているのですか?」
「すこし、ね。サリヴァンの言われた通り城を造ったけど、本当に必要だったのか? 王になることには納得したけど、これじゃあ堅苦しくて仕方ないんだけど」
「勇者様が偉ぶるのが嫌いなのは知っています。ですが、謙虚さで人はついていきません。人は権威に跪くものです」
「跪くって、そんな偉そうにする必要なくないか?」
そもそも、国民を跪かせようとなんてしていない。
俺は王様にもなる気はなかった。
だけど、ボロボロになったこの世界には復興の旗印が必要だった。
だから俺が王に担がれたのだ。
世界中の人間が立ち上がるための希望のために、俺は人の上に立たなければなかった。
異世界召喚されて勇者になった時のように、俺は流されるままいつの間にかここにいる。
だから、自分でも何をしているかよく分からない時がある。
「ボロボロの服を着て、おんぼろの家に住んでいる人間の話など誰が聴きますか? 偉そうに振る舞うことは、国民のためにもなるのです。あなたは世界に奉仕した功労者であり、世界で最も対価を受け取らなければならない勇者なのです。立場に応じた振る舞いや生活は必要ですよ?」
「サリヴァン、凄いなあ。俺にはよっぽど、サリヴァンの方が王の心構えを持っていると思うよ」
暗にサリヴァンに王様なれば? と皮肉を言っているのだが、相手は涼しい顔をしている。
「心構えを知っているだけです。私に王の器があるわけではありません。勇者様は各国の兵達をまとめあげた求心力、カリスマがあります。国を、いや、この世界を引っ張っていけるのはあなた様しかいません」
「カリスマねえ……」
確かに大勢の国をまとめあげることはできた。
だがそれは、魔王という強大な敵がいたからこそだ。
平和になったこの世界。
確かにすばらしい。
だが、敵がいなかったこの世界で、みんなをまとめあげるのは至難の業だろう。
むしろ、次の敵はモンスターではなく、人間になる可能性だってある。
そして、一番最初に狙われるのは、世界最強の力を持つ俺かもしれない。
「勇者様のカリスマ性は危機感すら覚える方がいらっしゃるでしょう。ですから、ぜひ結婚を」
「嫌ですね」
狙われれやすいのは恐らく俺。
国民への求心力があり、武力は世界一。
それが目障りにならない権力者はいないだろう。
武力で勝てなくとも、政治的な搦め手ならば堕とし易いと思う者もいるだろう。
それを防ぐためにも、サリヴァンが結婚を勧めてくるのは理解できる。
政略結婚というやつだ。
他国のお姫様と結婚し、不戦条約を結ぶ。
友好関係になることによって、その国との戦争を回避することができると同時に、他国へのアピールになる。一国を落とすのは容易くても、二つの国両方を同時に相手取るとなると困難になる。
結婚するだけで他国への牽制になるのだ。
それに、結婚して子どもができれば、跡継ぎ問題も解決する。
国の代表としてそれぐらいする覚悟がなくてはならない。
というのは分かっているが、やっぱり早々と受け入れられることでもない。
「今日はグランディール王国の王女との会食だってあるんですよ!?」
「断っておいてくれ」
「国際問題に発展しますよ!? あなたの国民だって巻き込まれるんですっ!!」
「くっ……! お、俺は会食するなんて一言も言っていないのに……」
一度約束したことを反故にしたとなれば、小さなことでも大きな問題に発展する。
それが分かっているから、勝手に約束を取り付けたのだ。
こうやって毎日お見合いみたいに、女性と会うのは疲れる。
俺も既に16歳。
それなりに恋愛経験を積んでもいいのだが、現実世界では出会いなんてなかった。
それに、この世界に召喚されてからも、ずっと戦闘、戦闘の繰り返し。
召喚されてから4年の月日が流れたが、女性との交際遍歴なんて何もなかった。
恋愛面において俺はまだまだ中学生と同レベルだろう。
そもそも日本じゃ結婚できない年齢なのに、異世界だと結婚できるのがおかしい。
せめてもう少し年齢を重ねれば結婚に抵抗がなくなるかもしれない。
だが、今は考えられない。
なにせ、初対面の女性と話すのでさえ緊張するんだからな!
それをサリヴァンが分かってくれないのだ。
「それが政治なのです。会食といってもただ食事をするだけではありませんよ。お互いの国の内情を探り合いながらも、親交を深めなければなりません。結婚しないにしてもそれぐらいのことは、王様ならばやってもらわなければなりません」
「そんなこと言われても、やっぱり、嫌なものは嫌なんだよな」
「どうしてですか?」
「どうしてって、色々あるけど、やっぱり、どうすればいいのか分からないしな……」
勝手がわからない。
それが一番の理由かもしれない。
相手は一国一城の主。
俺みたいなにわか仕込みの王ではない、本物だ。
マナーとか話す内容とかどうすればいいっていうんだ。
サリヴァンが近くにいても、メイドが王女との会話に割り込みづらいだろう。
助け船も出してくれない状況で、元々一般人だった俺がどうしろっていうんだ。
気まずい沈黙が永遠に流れるのだけは勘弁だぞ。
「それじゃあ、勇者様。王女様対策として一緒に朝食をとりましょうか?」
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