第3話 偽りの闘志
《1948年 8月29日 第28戦隊飛行場にて》
ブリーフィングルームでは隊長のリシル少佐が作戦の説明を行っていた。
「我々は制空権の維持をする為に南西のリベラット島にあるライダル空軍の飛行場を強襲する」
リシルが地図に指を指した先にあるのはウェダン帝国より南西の方角の沖にあるリベラット島という小さな島だった。
ライダル合衆国空軍はウェダン帝国とは海に阻まれているので間にある島を経由して戦闘機や爆撃機を送り出しているのだ。
「リベラット島の強襲で我々は爆撃隊の護衛を任されている。 諸君、勝利への一歩だ。 必ず生還して見せろ」
この言葉に全てのパイロットが深く頷いた。
「良いだろう、各自戦闘機に搭乗しろ」
我々は必ず勝利する。
そう信じて彼らは戦場へと赴く。
彼らは愛国者であり戦士だからだ。
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飛行場の滑走路に並んだハルストは既にエンジンが始動しており、スロットルレバーを引けば何時でも離陸できる。
レオーネンは深呼吸をしてピカピカに磨かれたゴーグルを装着するとキャノピー越しに周囲を見渡した。
古参のパイロットもいるが、殆どがあの時の迎撃戦が初めてだった新米パイロットである。
各々が恐怖や不安を押し殺しながら出撃の刻を待っている。
爆撃隊の出撃を待っている中、レオーネンはふと昔の事を思い出した。
そういえば、俺が昔いた部隊も隊長が女だったな…………。
彼女とは戦場での思い出しかないが、自分よりも強く、賢く、何より仲間を大事にしていた。
あの部隊にいた時もレオーネンは副隊長だった。
そんな思い出に浸っていると、爆撃隊に出撃命令が出た。
ウェダン帝国空軍の双発爆撃機、Ve-358「ドラグーン」で編成された爆撃隊が滑走路を進み、次第にその速度は増していった。
ドラグーンが速度に乗ると後輪が浮き上がり、そして完全に離陸した。
暫くして爆撃隊の離陸が終わると次は護衛機が離陸をする。
計器類やエルロンにフラップ、エレベーターなどに異常がない事を確認すると、スロットルレバーを左手で手前に引いた。
ハルストはゆっくりと進み出し、速度を上げながら滑走路を進む。
ある程度速度が出るとスロットルレバーを最大まで引き倒し、カウンタートルクで機体が傾くのをエレベーターを操作して抑制する。
一気に急加速した機体は後輪を浮かせ、そして操縦桿を少しずつ引き起こす。
完全に離陸すると計器と共に付いているランディングギアの操作をするハンドルを横向きに回し、ランディングギアを収納した。
飛び立ったハルストはそれぞれの編隊を組み、爆撃隊の護衛をする。
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『スケアクロウ1から全機へ、高度2000を維持しろ』
ハルストの編隊はドラグーンの編隊に並ぶ形で飛んでいた。
現在の高度は2000メートル。
目的地であるリベラット島まであと僅かである。
そして、爆撃隊にライダル空軍が気付かない筈もなく、
『警告!1時の方向に敵戦闘機を4機確認!迎撃機が上がった模様!』
爆撃隊の隊長機の無線から発せられた警告は、迎撃隊が上がったことを知らせるものだった。
『了解、全機戦闘態勢を取れ』
全ての編隊がブレイクし、迎撃隊に攻撃を仕掛ける。
一機のランディアをヘッドオンに持ち込み、相手が撃ってくる前に此方が20ミリと15ミリのシャワーを浴びせてやる。
少し距離が遠かったが何とか機首に命中し、大破炎上した。
操縦桿を左に倒してロールを行い、撃墜したランディアの残骸を回避すると今度は右に急旋回し、別のランディアの後ろに着く。
機体の設計上、後方の視界が最悪な程に悪いランディアは後ろに着かれても気付きにくいのだ。
その為、ランディアは帝国空軍と同じように2機1組で戦う。
レオーネンが狙っていたランディアも味方からの無線で気付いたのか、照準を合わせる前に左下に急旋回する。
だが、この時そのランディアは運動性能において全てのライダル空軍機を凌駕しているハルストに愚かにも格闘戦を挑んだ。
結果、勝てるはずもなく逆転出来ずに左に旋回中にコックピットを蜂の巣にされ、パイロットは息絶えた。
『更に迎撃機を…8機確認!同じく1時の方向!』
「敵も用意周到だな……」
遠くを見ると、確かに複数の戦闘機が此方に向かって来ているのが見えた。
戦力差は此方が優勢……と言いたい所だが、この戦隊のほとんどを占める新米パイロットが既に疲弊している。
恐らく、無茶な機動でもして身体にGを掛けすぎたのだろう。
しかし今引く訳にもいかない。
我々は爆撃隊の護衛を任されているのだ。
何としてもこれを成功させなければならない。
『休む暇は無いぞ。』
無線でそう言うと機首を翻し、此方に向かってくるランディアの編隊を視界に捉えた。
『来るぞ!』
ほんの僅かな時間、数秒という一瞬で互いの機体が交差し、どちらかが被弾したの機首や主翼から燃料や煙が噴き出ているのが見えた。
レオーネンも一機のランディアを撃墜し、高速旋回で切り返すと事態は悪化しかけていた。
疲弊した新米達はGに耐えられず、水平飛行をしてはランディアの射撃に晒された。
そして、自分の僚機を見やると真下からランディアが向かって来るのが見えた為、無線で僚機に怒鳴る。
『スケアクロウ3!!真下だ!回避しろ!』
レオーネンは警告はした、だが僚機の反応が遅かった。
真下から突き上げてきたランディアは6門の12.7ミリの機銃で僚機を蜂の巣にした。
僚機は真下からコックピットを確実に撃ち抜かれており、僚機だった新米パイロットはキャノピー越しに息絶えていた。
『クソっ!』
――今度は自分が狙われる。
そう察した頃にはランディアは既にレオーネンの後ろに着いていた。
後ろに着いてきたランディアは火力にものを言わせて弾幕を張ってくる。
それをバレルロールで躱し、少しでも速度を稼ごうと急降下をする。
機体が大きく揺れ、速度計の針は時速698kmを指していた。
空中分解するギリギリの所まで急降下を続け、限界まで到達したその瞬間、操縦桿を両手で握り締めて思い切り引き起こした。
ブロペラが凄まじい風切り音を立てながら海面スレスレで機体を水平にもどしたレオーネンだったが、ランディアはそれでも尚、後ろにいた。
しかし、それは全てレオーネンの想定内であった。
レオーネンの後ろに着いていたランディアのパイロットはその一瞬の出来事に唖然としていた。
敵機の機首が突然真上を向いたと思えば急減速した敵機を自分が追い越してしまったのだ。
ここで、ランディアのパイロットは判断ミスを犯す。
あそこまで急減速したハルストならば、高速戦闘機の名を持つランディアの速度性能を活かして距離を離せば良かった筈が、焦って冷静な判断が出来なかったせいか、右に急旋回してしまう。
それが間違いだと気付いた頃には既に手遅れ。
オーバーシュートを引き起こさせたハルストは機体を水平に戻すとこれ以上距離を離される前に有難いことに右に急旋回してくれたランディアに狙いを定め、引き金を引いた。
『うわぁあああぁぁぁあああああぁぁアア!!!』
ランディアのパイロットは断末魔を発しながら燃え盛る自分の愛機と共に海面に激突し、大きな水柱が上がった。
『こちらメルリス1、爆撃ポイントに到着、爆撃を開始する』
迎撃機が殺られ、残す対抗手段が対空砲しかなくなった飛行場は、為す術もなく爆撃の餌食となる。
飛行場は窪みだらけとなり、滑走路にて離陸しようとしていた戦闘機は全て木っ端微塵に吹き飛んでいた。
それだけでなく、格納庫や司令部にまで爆弾は命中しており、先程まで兵士や参謀達であったのであろう飛び散った四肢や肉片が火の海と化した飛行場に撒き散らされている。
『ヴッ…………』
『スケアクロウ4、吐くなよ』
1人の新米パイロットがその光景を目の当たりにすると、吐き気を覚えて思わず口を抑えた。
リシル少佐も、新米だった頃はこのような感じだったのだろうか。
やはり……"戦争は人を変えてしまう"と言うのは本当らしい。
ふとレオーネンは自分の手を見ると、その手はプルプルと小刻みに揺れており、酸素マスクを外して口に手を当てると口角が上がっていた。
「ああクソ、またこれか……」
"また"レオーネンは戦いに魅入られてしまっていた。
"あの時"からずっとそうだ。
本心では否定している筈なのに体はそれを完全に覚えてしまい、楽しんでいる。
「俺もそろそろ退役だな……」
ブツブツと呟きながら、集結した仲間達と編隊を組み、飛行場へと戻って行った。
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リベラット島爆撃の翌日、突然だがレオーネンは最悪の危機に立たされていた。
「っ…………」
レオーネンが苦虫を噛み潰したような顔で睨み付けていたのは右手に何かを持ったリシル少佐だ。
「……再度問おう、"これ"は一体なんだ?部下がお前の荷物からこれを大量に見つけたそうだ」
リシル少佐の右手には、"何かの薬品が入った小瓶"とそれを摂取する際に使うのであろう"注射器"がレオーネンに見せつけるように握られていた。
FLYING DEAD EYE COTOKITI @COTOKITI
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