第2話 キリングタイム
《1948年 8月 23日 ウェダン帝国の西端の国境付近にて》
青い空、白い雲。
白と青だけで構成された美しき空。
風が吹けば雲が蠢き、時々鳥が雲の下を飛んでいる。
そんな本来ならば無音であるべき空の上でけたたましいレシプロエンジンの稼働音と20ミリの銃声が鳴り響いていた。
『ライダル空軍機複数確認!ブレイク!ブレイク!』
『戦闘機の機種はMD-124と断定!』
『全機戦闘開始!スケアクロウ2!私に着いてこい!』
無線機から聴こえる勇ましい女の声に『了解』と短く返し、第28戦隊の隊長、リシル・エーリャの後ろに着く。
現在、我が部隊は国境の対空電探が捉えた敵機の迎撃に向かっていたが、太陽の光に身を隠していたライダル空軍機の部隊に側面から奇襲を受け、2機1組で散開している。
我が部隊が使用している戦闘機はVe-147『ハルスト』
耐弾性を重視しつつ、機体重量を極限まで減らし、そこに2500馬力の空冷エンジンを積んだこの戦闘機は鈍重そうに見えてかなり軽快に動くのだ。
この機体は別の平行世界で運用されていた零式艦上戦闘機にも匹敵する運動性能と他国の新鋭戦闘機に劣らない速度性能を実現した。
しかも、大馬力エンジンのお陰で多少性能は落ちるが追加で様々な武装を取り付けることも可能だ。
今我々が装備しているのは200発装填の20ミリの機銃が翼内に一丁ずつ、機首には250発装填の15ミリの機銃が2丁取り付けられている。
ハルストの通常の装備だ。
リシルの後を追いながら戦況を確認する。
数的にはこちらが優勢、しかし練度では負けている。
先程からMD-124に後ろに着かれた僚機が回避機動を行いながら必死に逃げている。
僚機を追うMD-124『ランディア』の後ろにバディなのだろう、もう一機のハルストが着いていた。
しかし、狙いが下手なのか相手が上手く躱しているのか、機首と翼内の機銃から放たれた曳光弾はランディアに掠りもしない。
『後ろに着かれた!!助けてくれ!!』
追われている僚機から悲鳴にも近い助けを求める声が聴こえてくる。
それを確認したリシルはレオーネンを後ろに着かせたまま僚機を助けに向かった。
相手の死角に滑り込むように緩降下し、ランディアの下後方に着く。
『スケアクロウ4!左旋回で回避』
『り、了解!』
新米の乗っていたハルストが左に急旋回し、ランディアもそれを追って左に旋回した。
相手の死角に入れた時点でもう勝負は決まっていた。
リシルの光学照準器の中心には一機のランディアが捉えられている。
後はもう引き金を引くだけ、ただそれだけの事だ。
『墜ちろ!』
重々しい銃声と共に金属が弾けるような音がし、ランディアが一瞬にして蜂の巣と化し、真っ赤に燃え盛りながら墜ちていった。
パイロットが出てこない様子を見ると、どうやらパイロットは死んだか出血性ショックで意識を失ったのだろう。
『スケアクロウ4、無事か?』
『だ、大丈夫です!レオーネン大尉殿!』
潔い返事に少しホッとすると他の編隊のハルストもランディアと格闘戦に移行している。
銃弾が飛び交う空で格闘戦をする戦闘機達はまるで曲技飛行……一種の芸術とも取れる。
しかしその光景に見とれている暇などある筈もなくリシルとレオーネンは2機のランディアの攻撃を受けた。
レオーネンは急旋回で難なく躱したがリシルの機体の右主翼に被弾したらしく、燃料が開いた風穴から噴き出しており、しかもエルロンが吹き飛んでいた。
『やられたっ!』
『リシル少佐!脱出を!』
コントロールを失ったハルストから言われるまでもないと言うように開かれたキャノピーからリシルが飛び降り、パラシュートを展開した。
リシルの無事を確認すると、辺りを見渡した。
空では仲間達が2機1組でランディアの群れと奮闘している。
『こっからは一人で戦うのか……』
前線から長期間離れていたので腕が落ちている可能性もあって僅かながら不安があったが考える暇もなく操縦桿を握り直すと単機で敵に攻撃を仕掛けた。
操縦桿の引き金を引き、真下からランディアに偏差射撃を行う。
……命中、敵機の炎上を確認。
次の目標。
急上昇によって失われた速度を緩降下で稼ぎ、右旋回で下にいる仲間を追っているランディアに狙いを定める。
ここなら狙える……。
ほんの一瞬だけ引き金を引き、数発の銃弾がランディアに向かって発射される。
狙った場所はコックピット。
銃弾は見事にコックピット内のパイロットに命中し、コックピットのキャノピーが血と飛び散った内臓で赤く染まるのがハッキリと見えた。
次…………。
その後、直ぐに別のランディアの後ろに着き、華麗なドッグファイトを繰り広げているとレオーネンは自分の後ろにもう一機のランディアが着いていた。
ランディアの射撃を優れた反射神経でバレルロールを行い、回避した。
ランディアから放たれる12.7ミリの嵐をひらひらと躱しながら振り切ろうとエンジンの出力を最大まで上げる。
何時からだろうか、レオーネンは今まで忘れていた感情が溢れんばかりに自らの脳を満たしていた。
それは快感、それは高揚。
嘗ての戦場で抱いていた感情が一気に込み上げてきたのだ。
滾る、己の血が滾る。
敵機を撃ち、敵機に撃たれ、戦場を楽しむ。
そんな彼の"本性"が今、解き放たれようとしていた。
墜とす、墜とされる。 殺す、殺される。
突然目を見開いたレオーネンは操縦桿を強く握り、急上昇し始めた。
その目には嘗てない闘志が篭っており、口角が上がっていた。
彼は楽しんでいる、戦いを殺し合いを。
何故ならそれが彼、「デッドアイ」の本性であるからだ。
「かかって来やがれ……墜とし……いや、殺してやる!!」
酸素マスクの裏で狂気に満ちた笑顔で顔を歪ませたレオーネンは失速を起こすまでと言わんばかりに上昇を続ける。
ランディアも負けじとそれに着いてくる。
行動が急激に上がり、それに対して速度も凄まじい勢いで失われていく。
「どうした!!もっと着いて来やがれ!!」
後ろにいるランディアに向かって届くはずのない笑いの混じった怒鳴り声を上げて上昇を続けていると、突然真上に向かっていたハルストが背面を晒しながら真横を向いたのだ。
『まさか!!』
それを見ていたランディアのパイロットはただその美しき姿に瞠目するしかなかった。
速度を失い、背面を晒したまま降下していくのを確認すると、ハルストの射線とランディアが交わるコンマ数秒前に引き金を引いた。
無防備な背面を晒していたランディアはあっという間に銃弾を浴びせられ、左主翼をもぎ取られたランディアが炎に包まれながら墜ちていくのが見える。
『……敵編隊の殲滅を確認、基地に帰投するぞ』
急降下から復帰したレオーネンはリシル少佐に代わって仲間を率いて基地へと帰投したのだった。
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