#3 昔の友情については


その信号で足を止めたのは久しぶりのことだった。

足を止めた、という表現が適切かは定かでない。何せ、今の私は車を運転しているのだから。

きっとそのことも、この交差点でしばらく立ち止まっていなかった理由の一つだろう。こんな田舎の信号は大抵、幹線道路側の青が長くなるように作られている。最近ではこの道は、車通勤の際にしか通っていないのだ。

何の気なしに、私は歩行者用赤信号に描かれたピクトグラムを眺めた。私の脳裏には、かつてこのシルクハットの男性について会話を交わした思い出がよみがえっていた。

そうだ。私がよくこの信号に行く手を阻まれていたのは、中学生の頃だった。


あの頃、私にはとても仲良しな友だちが居た。何をするにも一緒で、学校にいる間から放課後まで、とにかく私たちはいつも二人だけで遊んでいた。帰り道も途中までは一緒だったから、この交差点も度々彼女と一緒に待ったものだ。

あの子とは、学年が変わったくらいから急に遊ばなくなった。特に何かがあったというわけではない。ただなんとなく、私たちはそれぞれ別の友人を得て、別のコミュニティで遊ぶようになったのだ。それから卒業して物理的にも距離ができるようになって、一度も彼女とは会ってはいなかった。

正直、こうしてこの赤信号のおじさんを見るまで私はあの日々のことを忘れていた。考えてみれば不思議なものだ。本当にあれだけ毎日一緒に居たのに、今となっては存在すら忘れていたなんて。


彼女に連絡をとってみようか。


ふと、そんな考えが頭をよぎった。

私たちはもうずいぶん大きくなった。パッと一本電話やメールを入れるなんて訳のないことだ。もし連絡先がわからなければ、久しぶりに同窓会に顔を出してみる、なんてのも悪くないかもしれない。あまり積極的には興味のそそられなかった会だけれど、大人ならばそれくらいの人付き合いはあっても良い。

私はおもむろに、彼女に会うための様々の算段に思考を向け始めた。しかしその時なぜか、私の視界でバックミラーが光った。

バックミラーには、お気に入りのキャラクターグッズがぶら下がっていた。そうか。私はあることに気が付いた。

いや、思い出した。

このキャラクターにハマったのもたしか、彼女との交友関係がきっかけだった。どこかに一緒に出掛けたときに、お揃いという名目でもともと彼女が好きだったこのマスコットを買ったのだ。

私は彼女のことをすっかり忘れていた気がしたけれど、それでも、あの日々の内のいくらかは今でも私と共にあったらしい。


彼女とは、会わなくても良いや。


さっきまでとはうってかわって、不意にそんな感情が沸いた。

あの子とは、あのとき遊びたかったのだ。きっとそれは彼女も同じだっただろう。そして、そうやって遊んだから、今でも素直に良かったと思えるのだ。

大きくなって、私たちはいろんな種類の人付き合いをおぼえたけれど、でもそれが全部で良いわけじゃないだろう。きっとまた、彼女と遊びたくてたまらなくなるときが来るかもしれない。


その時までは、会わなくても良い。


ようやく、長かった信号が変わろうとしていた。車道用の信号が青になったのを確認して、私は車のアクセルを踏んだ。

その時にはもう、彼女のことはすっかり忘れていた。

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