#2 それは過ぎ去らない
おでんの入ったレジ袋を左手に、コンビニの駐車場を早足で抜ける。
時刻は23時30分。
あと30分で日付が変わり、そして、年が変わる。
今日は12月31日だった。
やばい。小腹が空いてここまで来たけれど、急いで家に帰らなくてはならない。
年が明ける瞬間というのは、一年のいろいろをリセットできるタイミングなのだ。だからこそ、こんなところで新年を迎えたくはなかった。
そそくさと交差点を渡ろうとした私は、しかしそこで、向かいに傘を差している人影を認めた。
その姿はなんとも私の目を引いた。なんせ今、雨は降っていない。今に限らずとも、今日は一日中晴れていたはずだった。
信号が青に変わる。
なんとなく気になって、私は通りすがりざまその人を見やった。
「え…?」
しかし、おぼろげに顔が見えるかと思ったその時、さらに不思議なことが起きた。
その人の姿が、かき消えたのだ。
慌てて周囲を見渡すも、どこにも人影は見当たらなかった。
私は幻を見ていたのか?いやいや、そんなバカな。たしかにはっきりとそこに居たはずだ。じわじわと胸に恐怖心が募る。
すっかり動転してぐるぐると回転している内に、今度は私のポケットからなにやら小さな紙包みが飛び出した。
おそるおそるそれを拾い上げた私は、正体を理解してホッとする。
それはなんてことない12か月近くも前の紙包みだった。何を隠そう、今年の初詣の「おみくじ」である。
そんなものが出てきた理由に、私はすぐに思い至った。それは、このコートを久しぶりに着たせいだ。
去年まではよく着ていたけれど、私の背丈が伸びたこともあって、もう一年近くこいつはタンスに眠っていたのだ。今日の大掃除に際して出てきたから、なんとなく家を出るときにこれを手に取ったのだった。
スッと、右手を前に伸ばしてみた。
やっぱりこのコートは、手首の辺りまでしか覆ってはくれなかった。去年の私にはちょうどよかったけれど、今の私にはもう着てはやれないようだ。
「ふふっ」
だけど、それがなんだか少し嬉しくて、私は思わず笑ってしまった。
おみくじをまたポケットに突っ込んで、私は再び歩き出した。
ふと、さっきの人影を思い出す。アイツはたぶん、一年の最後に現れる妖怪みたいなものだったのだろう。だから、明日にはもう会えないにちがいない。
でも、私が振り向いた先には居なかったのだから、去ってしまったわけでもないんだろう。
私はポケットの中のおみくじをぎゅっと握りしめる。
ゆっくり帰ろう。今までの私は、ちゃんと明日以降もあり続けるのだから。
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