第五章 賢者は魔法使いの弟子をとる③
「ロレーヌちゃんは、自分がどの属性と相性がいいのか把握している?」
「お恥ずかしながら、素質があるということ以外は、まだ何も。火の属性との相性に恵まれていないことだけはわかっているのですが」
「そっか。別に恥ずかしがるようなことじゃないよ。本来なら、王都の専門機関に行かないと調べられないもんね」
調べる方法は、至ってシンプル。
色で判別する。
魔素は濃度が高くなれば、夏場の陽炎と同じように、景色が屈折して見えたりするものの、基本的に、空気と同じで無色だ。しかし、濃度を高めた魔素に属性を付与した場合、かき氷にシロップをかけたみたいに色がつく。
火の属性は赤。
水の属性は青。
風の属性は緑。
土の属性は茶。
光の属性は黄。
影の属性は黒。
これは魔法の素養があっても、属性との相性がなければ、色まではわからないらしい。
つまり、各属性を付与した濃縮魔素を見せて、どの色を知覚できるか調べるわけだね。
「ですが、賢者さ――お師匠様、各属性を扱える魔法使いがいなければ、どのみち調べようがないのでは? 運良く師匠の属性と、ロレの属性が一致しないとも限りませんが」
「大丈夫。私、全部の属性と相性がいいから」
「さすがです!!」
そんなキラキラした目で見られると、照れちゃいますよ。
ほとんどの魔法使いは、一つの属性とだけしか相性を示さない。
まれに二つの人もいるそうだけど、全属性とっていうのは前代未聞だそうな。
「まーでも、大多数の魔法使いにとって、属性は大して意味をもたないよ」
「それは、もっと大事なことが他にあるからですか?」
「いや、そういうじゃないよ。相性のいい属性は、確かに強い武器になるけど、活躍するのは戦闘時に集約されてくるから。魔法使いの主な仕事と言えば、やっぱり魔素の供給でしょう? だったら、属性魔法とかいらないし」
私が毎朝やっている魔素の注入。ああいうのに属性は必要ない。
あと、フィアルニアにかけまくっていた状態異常の数々。一応これは戦闘でのことだけど、半分くらいは属性と関係のない魔法だ。
「でもよー、派手な魔法が使えた方がカッコ良くねー?」
不満そうに言ったのは、どうしてまだこの場にいるのかわからないカーライトくんだ。
派手な魔法がカッコイイ? これだからお子様は。
火炎放射器みたいな火属性魔法や、タイタニック号を沈められそうな氷の塊を水属性魔法で作ったところで、実生活になんの役に立つというのか。
それこそ戦力を必要とする軍隊にでも所属しない限り、魔法使いが職で困ることはないし、属性が重視されるなんて、まずないと言える。
「敵をまとめて、ドカーンと倒せたら、すげー気持ち良さそうじゃん。俺だったら、そういう魔法を覚えたいね」
「実際、私はそんな感じの魔法が得意ではあるけど、魔法に派手さなんて必要ないよ。何かを攻撃する魔法なんて使えなくていいの。使いたいと思っちゃだめ」
「せっかく魔法使いになったんなら、でかいことをしたくならねー?」
「気持ちはわからなくもないし、魔法使いの中には、自分が選ばれた人間だと考えている人も少なくないけど、努力して得たわけじゃない力を誇示するなんて、みっともないだけだよ」
選民思想の強い魔法使いが多いこと、多いこと。
ロレーヌちゃんには、そんな大人になってほしくない。心配いらないとは思うけど。
「お師匠様のお言葉、胸の奥深くに留めておきます。それに引き替え、浅はかで傲慢な台詞を恥じることなく吐いた愚弟との血縁を嘆くばかりです」
「ロレーヌちゃん、強く生きて」
「気を使っていただき、ありがとうございます」
「俺にも気を使えよ!」
カーライトくんに気を使う? ごめん、何を言っているのかわからない。
「なんにせよ、自分の得意分野を起点にして学んでいくのはいいと思うよ」
「急かすようで申し訳ありませんが、早速ロレの適性を調べていただけないでしょうか」
「あはは、どうしたって気にはなるよね」
「なんとなく、姉ちゃんは火属性っぽいんだけど、それだけは違うってわかってるんだよな」
「カール、どうして火属性っぽいと思ったのかしら? 一発殴った後で教えてくれる?」
「そんな風に怒りっぽいからだよ!」
火属性じゃないと知っている。つまり、確認したってことだよね?
私以外の魔法使いとも接点があるのかな。
ま、それはさておき、ご要望に応えましょうか。
大別される属性は、先にあげた、火、水、風、土、光、影、の六つ。
右手と左手で三本ずつ指を立てた。
そして、それぞれの指先に、異なる属性を付与した魔素を集めていく。
「ろ、六属性を、同時に……ですか。てっきり、一つずつ確かめるものと……」
「わかりやすくていいでしょ」
「凄いことは存じていたつもりでしたが、本当に、本当にお師匠様は凄いです!」
そんな大層なことじゃないよ。魔法を覚えたその日から、三つ、四つは同時にできたし。
と言うと、例外なく苦笑いをされてきたので、ここは素直に賞賛を受け取っておく。
「姉ちゃん、土属性だけは勘弁だぜ。土はなんか、地味っていうか、華がないっていうか」
「うるさいわよ。集中しているから、無属性は黙っていなさい」
「無属性って言うな! なんかカッコイイじゃねーか!」
カーライトくんを意識から消し、ロレーヌちゃんが、立てた私の指をまじまじと見た。
「どう? どれかに色がついて見える?」
「……見えます。左手の薬指にだけ……青い炎が灯っているように見えます」
正解。当てずっぽうって感じでもない。私の左手の薬指は、確かに青く燃えている。
「青ということは、ロレーヌちゃんは、水属性と相性がいいみたいだね」
属性判別の様子を見守っていたリヴちゃんが、「モキュ」と鳴いた。
リヴちゃんは、水属性マスターだ。
水に限って言うなら、私よりも魔法使いとしての力量が上であることは間違いない。
ぶっちゃけ、これなら私に師事するより、リヴちゃんに任せた方がいいかも。
それは置いておいたとしても、ロレーヌちゃんになら、折を見て紹介したいところだ。
「何故でしょう。水属性と聞いて、不思議としっくりくる気がします」
「自覚することで、前よりも魔素との距離が縮まったんだね。大事な感覚だよ」
属性も判明したし、指先に集めた魔素を霧散させようとするが――。
なんのつもりか、無属性であるはずのカーライトくんが、目に指を突き入れそうなくらいの至近距離で凝視してきた。
「これ! 右手の中指! そこはかとなく黄色に光って見えるぜ!」
「ハズレ。そこは影属性。真っ黒です」
「くっそおおお!」
くっそお、じゃないって。当てずっぽうでも意味ないから。
十年後の勇者になるとか寝ご――夢を見ているようだし、光属性に憧れがあるんだろう。
勇者と言ったら光属性。
みたいなイメージは、あっちの世界でも、こっちの世界でも共通らしい。
フィアルニアとか、バリッバリの光属性だしね。
ん?
カーライトくんにならっているのか、アグリまでもが近づき、私の指を眺めている。
もしかして……見えてる?
六つのうちの一本に注がれていた視線が、答え合わせを求めるようにして私に移された。
「これ、右手のこゆび、茶色?」
「あらら」
まさかの。
魔法の素質は遺伝しないと言われているけど、さすがは、特級魔法使いをも凌駕する魔王の子供といったところかな。血が常識を覆している。
「正解。アグリにも魔法の素質があったんだね。土属性だよ」
「えへへ」
ぎゃわいいぃ!!
というか、アグリだもの。
選民思想がどうのと言っちゃいましたけど、そりゃ選んじゃうよ。
こんなに可愛いんだから、神に愛されるのも当然だ。
さて。
「これでめでたく、仲間外れはカーライトくんだけということになりました」
「めでたくねえ!」
「というかさっき、なんて言ってったけ? 土属性は地味だとか言った?」
「華がないとも言っていましたね」
「しゅん」
「ああ、アグリ、落ち込まないで! 土属性が地味だなんて、無属性の僻みだから!」
「アグリちゃんは存在自体が華だし、光属性だから! 勇者に憧れるだけの男なんて、影属性――いいえ、日陰属性だから!」
「お前ら、いくら俺でもヘコむからな!」
ごめんね。
でもほら、アグリのフォローの方が百万倍大事だから。
「アグリ、その……悪気はなかったんだ」
威勢の良さが売りみたいなカーライトくんが、情けなくうろたえている。
そんな彼に、アグリは唇を尖らせるでもなく。
「知ってるよ」
にこ。
と、相手の不安やら罪悪感やら、ごっそり吹き飛ばしてしまう会心の一撃を放った。
「そ、か。じゃあ、いい」
かろうじて、そう返事したカーライトくんは、耳まで茹らせ、声をどもらせ、アグリの顔をまともに見ることができないでいる。
これが他所の子供同士なら、その初々しいやりとりを微笑ましく眺めていられただろう。
でも今は……。
「カーライトくん」
「な、なんだよ?」
「今度、勇者を紹介してあげるよ。私が頼めば、弟子の一人くらいとってくれるかも」
「ほ、本当か!? ぜひ頼む! いや、お願いします!」
「ふふ、任せて」
この時、無邪気に喜んでいた彼が、まさかあんなことになってしまうとは、ほくそ笑む私以外、まだ誰も予想だにしていなかった。
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※更新時間が遅れてしまい、申し訳ありません。
次は7月27日の21時以降を予定しています。
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