第五章 賢者は魔法使いの弟子をとる②
※予定では昨夜だったのに、更新が遅れて申し訳ありません!
前話で一点修正を入れました。
アオバの、カールに対する好感度を下げるため、初顔合わせの時に
「よお、アンタが賢者か。近くで見ても、あんま強そうには見えねーな」
の後ろに、「つーか、ただのおばさんじゃん」の一言を足しました。
―――――――――――――――――――――――――――
「ええー、ほんとにー?」
「アグリちゃんが鶏舎の掃除をしていると、その後ろを、ヒヨコたちがピヨピヨと囀りながらついて回るんです。はい、アグリちゃんだけですね。他の誰がやっても、そうはなりません。あの懐かれようには親ニワトリですら羨望を覚えるでしょう。それと、小鳥がアグリちゃんの肩で羽を休めたりしている姿も何度か」
「見たいッッッ!!」
光景を想像するだけで、全身をくすぐられるかのように悶えてしまう。
これはもう、疑いようがないよね。アグリがいれば、その場所に安らぎが生まれるって。
「村長が言うには、アグリちゃんが鶏舎のお手伝い始めてからというもの、すごく上質な卵を産むようになったそうです。三日に一度しか卵を産まなかったニワトリも、必ず一日一個産むようになったのだとか」
なんと。アグリ効果が、そんなところにまで影響を。
「真面目で仕事も丁寧。それでいて、働く様子が極めて絵になる。村人たちは、口をそろえてこう言います。『アグリちゃんを見習おう』と。賢者様をはじめ、アグリちゃんの存在もまた、クレタ村の心を豊かにしてくれているのです」
アグリが褒められると、自分のことのように嬉しくなっちゃう。
その一方で、ロレーヌちゃんがアグリの活躍を語り聞かせてくれている間、アグリ本人は、赤ずきんを引っ張り、隠れるようにしてテーブルに突っ伏している。
「これは一度、アグリの仕事ぶりを直接見に行かないといけないね」
「アオバは来ちゃだめ……」
二度目とはいえ、それでも気を失いそうになった。
「ど、どうして? 手伝おうとしているわけじゃないんだよ?」
「だって……はじゅかしい……」
そっか、はじゅかしいか。じゃあ仕方ないな。
ずきんの隙間から覗く頬が真っ赤っかだ。
私はその柔らかそうな頬を、いたずらっぽく、ぷにっと突いた。
そしたら、カタツムリのツノみたいに、さらに目深にずきんを被ってしまった。
ああもう、きゅんきゅんする。なんなの、この可愛い生き物は。
「ロレーヌちゃんにばかり喋らせてごめんね。外でのアグリの話を聞けるのが楽しすぎて」
「なら、次は俺の番だな。まずは、俺とアグリの出会い編から――」
「いや、君はいい」
オマケのオマケで席を設けてあげているカーライトくんの話には興味ありません。
というわけでもないけど、私の知らないアグリの話を、アグリに好意を持っている男子から聞かされるのは腹立たしい。みっともないから、口には出さないけど。
「賢者様の余暇にひと時でも潤いをもたらせたのなら、これに勝る喜びはありません。ロレの拙い言葉で、アグリちゃんの魅力を、どれほどまで語れたのかは自信がありませんが」
「すごく有意義な時間だったよ」
喋りが大人びているせいか、ロレーヌちゃんが10歳だということを忘れそうになる。
小学生時代の家庭訪問を思わせる遣り取りが一区切りしたところで、私はロレーヌちゃんに手作りのスポンジケーキの味の感想を求めた。
「とても美味です。もしや、このケーキには何か魔法をかけられていたりするのですか?」
「かけてあるよ」
「後学のために、どのような魔法なのか、お聞かせ願えないでしょうか」
「それはね、愛情という名の魔法かな」
得意げに言うと、テーブルの下で聞き耳を立てているリヴちゃんとモスくんが「ぶっ!」と吹き出し、笑いをこらえている様子が伝わってきた。
「なるほど。さすがは賢者様です。一般人であれば、ただの精神論でしかないことも、それが賢者様ともなれば、確かな効果として表に現われるのですね」
真顔で返されると、それはそれで面映ゆい。
「俺としては、もう少し甘さは控えめのがいいな。不味くはねーけど」
「それ食べ終わったら帰ってもいいよ」
「さっきから、俺にだけ当たりが強すぎだろ!」
「まーね。私自身、子供相手にムキになりすぎているとは思う。だけど、それはカーライトくんのことを、一人の男だと認めているからなんだよ」
一人の男というか、一匹のオオカミというか。害虫というか。
「じゃあ、きつく当たるのは、俺を成長させるために、あえて?」
「もちろん、そのとお――…………いや、やっぱり単に目障りだからかも」
「そこは嘘でも貫き通せよ!」
ごめんね。私ってば、根が正直なもんで。
途中で、カーライトくんの好感度なんて別に上げなくてもいいや、とか思っていないよ?
「そんなことより、さっさと本題に入れよ」
「カール、余計なことは言わないで!」
唐突に話題転換を促したカールくんを、ロレーヌちゃんが鋭く窘めた。
なになに? 急に空気が張り詰めちゃったんだけど。
ロレーヌちゃんの、バツの悪そうな視線が私を盗み見る。
……ふむ。
「大体想像はついたけど、ロレーヌちゃんの口から聞きたいな」
「……そのつもりではいました。ですが、愚弟のせいで機を外されてしまい」
「そんな感じだね。とりあえず、そういう空気になっちゃったし、話してくれる?」
「最初に、弁明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「構わないよ」
後ろめたさでいっぱいって感じだね。
だけど、私はあまり、というより、全くと言っていいほど動揺していない。
この子が悪い子じゃないって、もう確信を持っているから。
「ロレが初めてアグリちゃんに話しかけたのは、賢者様との接点が欲しかったからです」
「あはは、ロレーヌちゃんも正直だ」
「王都の魔法学院に入れるのは12歳から。まだ二年も先です。卒業となれば、さらに……」
魔法学院で六年の研鑽の後、卒業試験。
これをクリアすればギルドに登録され、魔法使いとして仕事をしてもいいと認められる。
私の場合は特例だね。一足飛びで魔法使いになったけど、ちゃんとギルドに登録はされている。でないと、勇者パーティーになんて入れないでしょ。
基本的に、魔法使いがギルドを通さずに仕事を取るのは禁止されている。
魔法使いは、常人とは一線を画す力を持っているため、国としては、一人残らず管理しておきたいんだろう。
私はいいのかって?
私は仕事じゃなく、無償でクレタ村に奉仕しているから。文句を言われる筋合いはない。
「ロレちゃんは、少しでも早く、クレタ村のために魔法使いになりたいんだね」
私は流れ者だ。
そんなつもりはないけど、何がきっかけで、再び他所へ流れていくかもわからない。
クレタ村への魔力提供は、いつまで続くのか。そんな不安は村人全員にあるだろう。
そのため、私に魔法使いとしての教えを乞いたい。私がいなくなる前に。
それが、今回の本題ということなんだろう。
「早く魔法使いになりたい。それも本心ではありますが、ロレが今言いたいのは、そんなことではありません」
「おっと?」
「アグリちゃんに声をかけたのは、賢者様とお近づきになりたいという下心があったからですが、それ以降に育まれた友情は、決してまがい物ではありません」
他にも言い方はあっただろうに、濁すことなく「下心」と言ったロレーヌちゃんに、私はむしろ好感を抱いた。
「姉ちゃんは嘘なんて言ってないぜ。俺なんて特に、賢者とかクソどうでもいいしな」
「奇遇だね。私もストラウフ家の長男とか、クソどうでもいいと思っているよ」
「お前なんか大ッ嫌いだ」
「気が合うね」
話が逸れた。
私はロレーヌちゃんに続きを促した。
「ロレはアグリちゃんのことが大好きです。こんなに心優しくて可愛い良い子を他に知りません。もし、アグリちゃんとの関係を切らなければ、二度と話をする気はないと賢者様がおっしゃられるのであれば、ロレはアグリちゃんとの関係を望みます。そのために、金輪際、賢者様の前には姿を現しません」
友達をやめるやめないの急展開についていけないのか、アグリは今にも泣きそうな顔で、私とロレーヌちゃんの間で視線を往復させている。
大丈夫だって。私はね、今嬉しくてたまらないんだ。
「友達をやめろなんて、言うわけがないよ。アグリの初めての友達が、ロレーヌちゃんで本当によかった。これからもアグリと仲良くしてあげて。ついでに、私とも」
「ああ……賢者様の寛大な御心に感謝を……」
パアッ、と表情が晴れたロレーヌちゃんが、アグリの手を取って喜びを表現した。
困惑していたアグリも、つられて笑顔になっていく。
和むわー。女の子同士の友情っていいよね。
「アグリのことなら任せておけよ。おばさんはいらねーけど」
「あれ? まだいたの?」
「いたら悪いかよ!」
うん。カーライトくんとの距離感は、これでいいや。
「じゃあ、せっかくだし、今から第一回魔法講座でも開いてみようか」
「よろしいのですか!?」
「私に教えられることなんて知れているけど、経験だけは、嫌ってほど積んだからね」
「賢者様を師と仰げる日がくるなんて。身に余るに光栄に、言葉もありません」
「大げさだなー」
「よろしくお願いします、お師匠様!」
あ、先生とかじゃないんだ。
師匠……師匠か。うーん、なんとなくイメージ的に、余計に老け込んだ気が。
まーいっか。
師匠ってことは、ロレーヌちゃんは弟子になるのかな。
こちらこそ、よろしくね。
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※次の更新は、7月25日の21時過ぎを予定しています。
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