第五章 賢者は弟子に魔法を教える①

 ロレーヌちゃんだけでなく、アグリにも魔法の素質があることが判明したので、同じようにアグリも私の弟子にした。ロレーヌちゃんが姉弟子で、アグリが妹弟子だね。


「二人の属性もわかったことだし、次は外に出て、軽く魔法を体験してみようか」

「まほう、もうつかえるの?」

「使えるよ。自分と相性のいい属性限定で、私がちょこっと手伝うけど」

「……こわくない?」


 ああ、そんな不安そうな顔されたら、人目もはばからずに抱きしめたくなってしまう。


「何も怖いことなんてないよ。遊びの一環みたいなものだから」


 初めての注射に怯える子供を安心させるつもりで、努めて明るく言ってやる。

 すると、全幅の信頼を寄せるかのように、アグリの表情が華やいだものへと変わった。


「アオバがいてくれたら、あんしんだね」


 私、今死んでも悔いはない。


 いや、だめだめ。

 ここで死んだら、アグリに一生消えないトラウマを作ってしまう。

 召されそうになっていた魂を気合いで引っ張り戻し、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 幸せすぎると、うっかり死にかけるんだね。気をつけないと。


「えっと、危なくはないとしても、水属性を伴う練習には、当たり前だけど水をたくさん扱うことになるから、ロレーヌちゃんは服がビショ濡れになっちゃうかも。日を改めて、濡れてもいい水着か何かを用意してからにする?」

「いえ、お師匠様の貴重な時間を、そう何度も割いていただくわけにはいきません」

「そんなこと気にしなくていいのに」

「それにしても、いきなり実践に入るのですか?」

「私の方針は、習うより慣れろだよ」


 まずは座学から、と想像していたのかな。

 大事だとは思うけど、それなら魔法学院で学べばいい。

 外国語を覚えようと、長い時間机にかじりついていたところで、現地でネイティブな発音を聞き、実際に会話してみる短い時間には遠く及ばない。魔法も一緒。


 というか、申し訳ないけど、私には魔法の基礎知識なんて教えられない。

 何故かというと……。

 私には、他の一般的な魔法使いの習得過程がさっぱりわからないから。

 自慢だと思わないでほしいんだけど、私はこの世界に来た即日、魔素の存在を知っただけで大抵の魔法を使うことができた。生まれた時からしていた呼吸の仕方を教えろと言われても、できない感覚が理解できないのと同じだ。ほんと自慢くさいね……。


「それにほら、学院で学べることを、私から学んでも意味はないでしょ?」


 もっともらしく言うと、ロレーヌちゃんが、ハッとしたように口を手で隠した。


「お許しください。あろうことか、千の魔法を極めし大魔法使い、万物のことわりを解き明かせし賢者であらせられるお師匠様が、凡庸な授業などされるはずもありませんでしたのに」


 千の魔法を極めしとか、万物の理を解き明かせしとか、本人初耳なんですけど。


「一生の不覚です。考えの至らぬ不出来な弟子に、どうか重い罰をお与えください」

「いやいやいや。こんなことで罰とかないから」

「ハッ。ロレはまたしても、大海を思わせるお師匠様の懐の深さを疑うような真似を……」

「だから、気にするようなことじゃないってば。気にされたら、逆に私の方が困っちゃうよ」

「お師匠様が、そうおっしゃられるのでしたら……」


 どうもロレーヌちゃんは、私に対して幻想を抱きすぎなところがあるよね。

 弟ほどとは言わないまでも、もう少し、くだけてくれた方が嬉しいんだけど。


「なーなー、賢者さん」


 こんな風にね。


「どうしたの、カーライトくん。そろそろ帰りたそうな顔をしているね?」

「してねーよ! さっきの話、マジで頼むぜって言おうとしたんだ!」

「なんの話だっけ?」

「勇者の弟子に推薦してくれるって話だよ!」

「あーはいはい、言っとく言っとく」

「適当か!」


 優先順位というものがあります。

 絶対的地位を確立しているアグリが一位なのは当然として、リヴちゃん、モスくん、そして新たに弟子となったロレーヌちゃんが横並びの二位に浮上してきた感じかな。

 その次は、お世話になっている村長さんとか、接点のある村の人たちがくる。

 そこから、ぐーっと下がったところに、毎日美味しい卵を産んでくれるニワトリでしょ。

 フィアルニアとカーライトくんは、さらにその次くらい。


「私はカーライトくんのことを、勇者と同列くらいに考えているよ」

「な、なんだよ急に。いきなりそんな持ち上げられても気味が悪いぜ」

「別に持ち上げていないんだけど」


 むしろ、カースト的にはかなり下です。


「つまり、俺には勇者に匹敵するだけの素質があるってことか?」

「んー……まあ、うん、そうそう、そんな感じ」

「やっぱりな。俺ってば、世界の未来を守る男だし」

「へーすごーい」


 私は無感情でパチパチと拍手した。

 こんなに喜んでいるんだもの。真実を告げるなんて、残酷なことはできないよね。

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