第1話 幼馴染(女)と妹は俺を除け者にする習性がある

「なあ、紅葉くれは

「なに、佐藤一郎さとういちろう

 始業式を終え、帰る準備を進める紅葉に俺は声をかけた。

「フルネームやめろ、地味に気にしてるんだから」

「地味なことを地味に気にしているなんて、なかなか洒落しゃれたことを言うのね」

「はいはい、お前が俺を馬鹿にしたいことは分かったから話を聞いてくれ」

 紅葉は行儀良く、片付けの手を止めて俺の方に目を向ける。

 いやまあ、そこまでしてもらわなくてもいいくらいの話なんだけど。

「今年のクラス替えで俺達は晴れて『主人公クラス』に入ることが出来た訳だが」

「ええ、そうね。私はともかく、一郎も晴れて……主人公……ぷっ、クラスに……ぷぷっ」

「笑うなよ」

 笑われて腹が立つが、それでも仕方ないと思える部分もある。

 主人公クラスに入るには、政府から学校を通して主人公Lvというものを貰う必要がある。

 主人公クラスに入れたことから、俺は主人公Lvを獲得していることは確かだ。

 でも、それでも納得いかない。

「なあ、なんで主人公Lv.0の俺がこのクラスなんだ?」

 レベルという概念があるのかもわからないLv.0。

 その俺が何故か、主人公クラスに入ることが出来ている。

 その事実に俺は、不本意ながら頭を抱えるしかない。

「それは、主人公Lvを獲得しているからでしょ?」

「でも0だぞ?」

「0も立派な数字よ?0がなかったら、どうやって何も無いことを表すの?」

「それはそうだけどさ……」

 俺はどこか、間接的に『お前には何も無い』とディスられている気がして心が傷んだ。

「それに、政府から直々に何もない奴だって言ってもらえてるのよ?有難いことじゃない」ケラケラ

「若干察してたんだ、傷をえぐらないでくれ」

 それに笑うな。

 国単位に認められた無能だと言うのか、俺は。

 やっぱり、このクラスでの先が思いやられる。

「ああ、胃がキリキリする」

 不安やストレスからか、内臓にまで影響が出てきたのかもしれない。

「じゃあ主人公クラスに入れたお祝いに、激辛カレーでもおごってあげるわ」

「内臓にまで追い打ちをかけるな」

 こいつは鬼か。

 口に出したら大変な目に合いそうなので、心の中だけでそう呟いた。

「じゃあ一郎、帰ってゲームでもするわよ」

 俺は鞄を持って教室を出ようとする紅葉を追いかけて教室を飛び出した。


 紅葉とは幼稚園からの付き合いで、いわゆる幼馴染というやつだ。

 あの頃はまだ異能力にも目覚めておらず、普通の友達として接していたんだけどな。

 帰り道である商店街を通り抜けながら、俺は昔のことを思い出していた。

 幼稚園のころなんて男女の概念も無く、楽しく2人で遊んでいた。

 今と違ってあの頃の紅葉は大人しくて、どちらかと言うと人に懐くタイプの人間だった。

 それが、ある日を境に変わった。

 7年前のことだ。

 俺は異能力に目覚めた。

 初めはよくわからなかったが、両親や医者に話を聞いて理解した。

 手から火が出る、水が出る、風を起こせる。

 多少の傷を癒せる、若干部屋を暗くできる、明るくできる。

 ただそれだけだった。

 でも、俺は嬉しかった。

 警察や消防の機関の中には、異能力を使って人々を助ける人もいると聞いていた。

 だから、自分にもそれが出来ると期待した。

 家族も、将来有望だと褒めてくれた。

 俺は嬉しくて、頑張って世界一の異能力者になると決めた。

 異能力を育てるには早寝早起きの健康な生活が大事だと聞いて、それを実践した。

 嫌いだったピーマンも健康のためと頑張って食べた。

 いい子にしていれば願いは叶うと信じて、手伝いも率先してやった。

 だから俺の体は着実に成長した。

 でも、異能力は違った。

 異能力に目覚めてから半年経っても、俺の異能力は何も変わらなかった。

 そしてその頃、紅葉が異能力に目覚めた。

 それからだ、彼女が今のような性格になったのは。

『異能力は人を変える』

 異能力者が恐れられていた時代にそんな言葉が流行っていた。

 俺はそれに同意した。

 異能力は人を変える。

 紅葉は変わった、性格も俺との接し方も。

 でもそれでも紅葉は紅葉だと、俺は変わらず彼女に接してきた。

 上から目線でも、馬鹿にされても、根は昔のままの彼女だと思って接してきた。

 でも、あるときから気づいていた。

 変わってしまったのは紅葉だけではないと。

 自分も異能力を手にしてから変わってしまったのだと。

 紅葉の性格が変わったように、俺も異能力が成長しないことに悩んで、紅葉の異能力がどんどん成長して行くのを見て、俯いていることが多くなった。

 それに伴って、彼女への接し方が変わった。

 対等だったはずの友人関係が、気がつくと自分でも彼女を自分より上の存在として見るようになっていた。

 そんな自分をまた認識して、また自分が嫌になった。

 これなら、異能力なんて持たない方が良かった。

 いつからか、そう思うようにもなった。

 でも、紅葉がそんな俺を助けてくれた。

 助けてくれたという表現が正しいのか、馬鹿にされただけなのかは分からない。

 でも、暗かった俺の心に光がもどるきっかけを作ったのは確かに彼女だ。

 彼女が言った言葉。

『一郎が俯いているの見るの気分悪いわ。昔みたいにもう少し偉そうにしてよ。その方がマシだから』

 聞こえは偉そうで、ただ馬鹿にされてるようにしか感じない言葉だった。

 でも、彼女は俺の変化に気づいていた。

 そして、前の俺の方がいいと言ってくれた。

 彼女がどういう感情で言ったのかはわからないが、彼女の言葉のおかげで、俺は今のように彼女に接することができるようになった。

 偉そうで上から目線で、どこまでも自分勝手な彼女だけれど、俺は彼女のことを信頼している。

「なに、一郎。あまりジロジロ見ないでくれる?気持ち悪い」

「直球でディスるな。見てたのは悪かったけどな」

 こういうやり取りも今となっては当たり前で、嬉しいとさえ感じる。

 そんなことを言ったらきっと紅葉には、「ドMなの?気持ち悪い」とか言われると思うから言わないけど。

 商店街の角にある家電量販店の店先に置いてあるラジオは、先週に起きた七脅ななきょうと恐れられている反社会的異能力者のひとりによって起こされた拉致事件の報道をしていた。

「物騒な世の中だよな」

 俺がため息をつきながら言うと、紅葉もまた、ため息をつきながら返した。

「そうね、こんな奴らがいるから異能力者を危険視する人は消えないって言うのに」

 そういった紅葉の声には、どことなく重みがあった気がした。

「でも、一郎の異能力を危険視する人は世界のどこを探してもいないと思うけど」

「一言余計だ」

 やっぱり気のせいだったかもしれない。

 いつもと変わらず俺をディスる紅葉と横に並んで商店街を抜ける。


「ただいま」

「お兄ちゃん、おかえり」

 鍵を開けて家に入ると、ちょうど階段を降りてきた妹の亜照奈あてなと遭遇した。

「やっほ、亜照奈ちゃん」

「あ、紅葉お姉ちゃん!やっほ!」

「俺にもそれくらい元気に挨拶してくれたら嬉しいんだけどな」

 俺のその声は誰にも届かなかった。


「ねえ、一郎。ジュース持ってきてよ」

「いや、なんで普通に家に上がり込んでるんだよ」

 俺は当たり前のように亜照奈と俺の家のゲームで遊ぶ紅葉に言った。

「幼馴染でしょ?それくらいいいじゃない」

「まあ、いいけどさ……」

 ただ、俺でも亜照奈とゲームができていないのに、平然と亜照奈とゲームをする紅葉に若干のヤキモチを妬いてしまう。

 兄はいくつになっても、妹と仲良くしたいものなのだ。

「ほら、早く持ってきて」

「お兄ちゃん、私のも」

「はいはい、俺は召使いかよって」

 あの二人は、そう言いながらも素直にジュースを取ってくる俺を褒めてくれてもいいと思うんだ。


「よし、私の11連勝ね」

「むぅ、やっぱり紅葉お姉ちゃんは強いなぁ」

「あいつ、異能力使うなんて大人気ないな」(小声)

「聞こえてるわよ?一郎」

 しまった、心の声がつい漏れてしまっていた。

「異能力も実力のうちよ。たかがゲーム、されどゲーム。ゲームを馬鹿にしたらゲームに泣くわよ?」

「馬鹿にしたわけじゃないけどさ」

「なんなら今泣かしてあげようかしら」

「いや遠慮しとく」

 紅葉なら本気でやりかねない。

 実際に右手握ってたし。

 あれで殴る予定だったっぽいし。

 戦略的撤退というやつだ。

 俺は若干我慢していた尿意を排除するため、トイレに駆け込んだ。



 ―――――――――――――――――――――――

 紅葉の異能力とは?その1


 紅葉の異能力の説明をする前に、彼女の体質について話しておこうと思う。

 彼女は『ツインズ』という異能力を常時発動している状態が普通という体質になっている。

 こういう体質を持っている異能力者は他にも沢山いるらしいが、大抵が過去に体や心にストレスを感じて、その際に体質が変化したと思われている。

 紅葉もまた、過去に何か大きなショックを感じて、その事実を受け入れた方がいいと感じている紅葉クレハと、受け止めきれていない紅葉アカバの2人に心が分裂してしまったことが原因と言われている。

 紅葉クレハ曰く、普段の彼女が紅葉クレハらしく、俺は紅葉アカバの方とは会話をしたことがないらしい。

 彼女の性格が急変したのも、もしかしたらその体質が関係しているのかもしれない。


 そして、ここからが彼女の異能力の話になるのだが、主人公Lvというものの存在はもう知っているだろう。

 1~10の基本10段階で表される数値で、基本的には異能力レベルと同じ値を示すというやつだ。

 ちなみに俺は異能力レベルも主人公Lvも0だ。

 そして紅葉の異能力レベルと主人公Lvは共に16。

 なんと10段階の評価の枠を超えている。

 まあ、俺もある意味枠は超えているんだけどな。

 彼女の16レベルというのは、やはり彼女の体質『ツインズ』が関係している。

 さっきも言った通り、彼女の体には紅葉クレハ紅葉アカバが同居している状態になっている。

 彼女達は両方精神的な存在だが、異能力というのは精神に宿ると言われている。

 彼女の中に精神が二つ存在している以上、そのそれぞれに異能力が存在していてもおかしくないのだ。

 普段から外とのコミュニケーションをとっている方の精神、紅葉クレハが持っている異能力『カイロイン』(紅葉クレハ命名)。

 外界とコミュニケーションを取らず、紅葉クレハにのみ存在を認識されている方の精神、紅葉アカバが持っている異能力『創造神デミウルゴス』。

 彼女の体はその2つを手にしている。

 Lv.7の『カイロイン』とLv.9の『創造神デミウルゴス』。

 その合計で16レベルという事だ。

 素直に常人の域ではないと思う。

 世界一異能力に恵まれている異能力者と言っても過言ではない紅葉のそばに居ると、世界一異能力に恵まれていない異能力者(確定)である俺は涙が出そうになる。

 まあ、紅葉は性格には恵まれなかったみたいだけど。

 まあ『ツインズ』のせいだと思えば、言うのも気が引けてしまうけど。

 ちなみに、俺は紅葉が大きなショックを受けたであろう出来事が何かを知らない。

 ずっと一緒にいたはずなのに知らないのはおかしいと思ったが、紅葉がどうしても教えられないと言うのでそれからは1度も聞いていない。


 ―――――――――――――――――――――――


「ふぅ、すっきりした……っ!?」

 トイレのドアを開けると、外に紅葉が立っていてちょっとびびった。

 まさかトイレが終わるのを待ってまで泣かせに来たのか?それとも性格に恵まれていないとか思っていたのがバレたとか?

 そう思ったが、予想は外れたらしい。

「一郎、ピーカキ貰うわよ」

 そう言ってキッチンの方に向かうと、戸棚を開けてピーカキと思われるお菓子を取り出した。

「なんでお前が我が家のお菓子の在処ありかを知ってるんだよ」

「いつもこの家のピーカキ貰って食べてるから」

「貰ってって……勝手にとってるだけだろ?」

「別にいいじゃない、幼馴染なんだし。それに、私みたいな美少女が家に上がり込むなんて、普通ありえないことよ?ピーカキと等価交換ってことで我慢しなさい」

「まあ、ピーカキくらいならいいけど」

 最近菓子の減りが早いと思ったら、こいつの仕業だったのか。

 紅葉が美少女という点は頷けるが、それを自分で言っているあたりが残念少女だな。

 というか、ピーカキと等価交換ってことは紅葉の価値はピーカキ1袋と同じってことになるけどいいんだろうか。

 多分、1袋40円もしないと思う。

 直訳して、40円以下の安い女ってことになるけど。

「なあ、亜照奈。学校はどうだ?」

「んー、普通」

 俺の質問に、ゲーム画面から目を離さずに答える亜照奈。

 いつからだろう、こいつが俺との関わりを避けるようになったのは。

 思春期ってのは残酷だな。

「お兄ちゃんに心配されなくても、私は清陵学園にそのまま入学できるから大丈夫」

「そうか、ならいいんだけどな」

 亜照奈は清陵学園の系列校である清陵中学の3年生だ。

 来年はそのままエスカレーター式で清陵学園に入れる予定。

 彼女は容姿にも、勉才にも、異能力にも優れているから、おそらく1年目から主人公クラスに入れるだろうと言われている。

 妹が優秀な兄は精神的に辛いものだ。

「まあ、一郎は亜照奈ちゃんのことを気にする前に、自分の将来について考えるべきね。どこかに一郎を養ってくれる女の子はいるといいわね」

「なぜ俺が養われる側なんだよ」

 まあ、正直許されるならそれがいいけど。

 俺、家事とか好きだし。

 新時代のもこ〇ちになろうかと考えたこともあった。

 紅葉に容姿が残念すぎると言われて諦めたけど。

「一郎が世に出て上手くいく未来が私には見えないわ」

「ひどい言われようだな」

 まあ、俺にも幸せな未来は見えないんだけどな。

「お兄ちゃんを養いたい女の子なんて、いても紅葉お姉ちゃんくらいかもね」

 亜照奈が相変わらずゲーム画面から目を離さずに言う。

 それと同時に、優勢だったはずの紅葉のキャラががK.O.される。

「亜照奈、おまえは何を言っているんだ」

「亜照奈ちゃん、言ってはいけないことを言っちゃったわね」

 俺と紅葉の気迫によってか、亜照奈が一歩後ずさる。

「お、お兄ちゃん?紅葉お姉ちゃんも……か、顔が怖いよ?」

「当たり前だろ!?」「当たり前でしょ!?」

 角に追い込まれた亜照奈が、若干泣きそうな顔になりながらも、ゲームコントローラーを離さないその精神はすごいと思う。

 でも、兄としては妹の将来が心配だ。

 そして、この時が初めて俺と紅葉が同じことを考えた瞬間だったと思う。

「「こいつと結婚とかありえないから!」」


 紅葉に言われるのは腑に落ちないが、紅葉と結婚なんて考えられるわけがない。

 紅葉は見た目は良いということは間違いない。

 子供が出来たらぜひ紅葉から多くの遺伝子をもらってもらいたいと思う。

 でも、見た目『は』なのだ。

 性格はどうだ。

 子供がこんな性格だったら親として悲しい。

 例え子供を作らないとしても、こんな奴と毎日一緒だなんてきっと地獄だ。

 いや、よく考えたら今も毎日一緒なんだよな。

 日常としては悪くないかも……?

 いやいや、もっといい人はいるはずだ。

 紅葉なんかで妥協してはいけない。

 俺は絶対幸せになるんだ!

「ねぇ、亜照奈ちゃん」

「紅葉お姉ちゃん、どうしたの?」

「この一郎の顔、SNSに拡散したらどれくらいイイネが貰えると思うかしら」

 そう言いながら俺の顔をパシャパシャと撮影する紅葉。

「んー、せいぜい3個ぐらいじゃないかな」

「妹よ、兄への評価が低すぎやしないか?」

「それと悪イイネが7万個くらいかな」

「本気でそう思ってる?俺の顔ってそんなに悪い?」

「悪いんじゃないわ、超悪いのよ」

 なんなんだ、その『もう好きじゃない、大好きなんだ』的な台詞は。

「俺、もう女性不信になりそう……」

「大丈夫よ。一郎が女性不信になったところで誰も気にしないわ」

「そうですか、安心しましたよー」

 これ以上まともに相手をしていたら、本当に心が折れてしまいそうな気がしたので、適当に流して2人に背中を向けた。

 決して、若干涙ぐんだ顔を隠すためなんかじゃない。

「紅葉、晩御飯は食べていくか?」

 散々馬鹿にされた相手に聞くのも変なのだが、実は紅葉は一人暮らしなのだ。

 色々な事情から、家族とは離れて暮らしている。

 家に上がっているのだから、ついでで夕飯も一緒でも問題ないだろう。

「ええ、仕方ないから一郎の料理を食べてあげるわ」

「偉そうにしやがって」

 そう口にはしながらも、俺の顔は笑っていた。

 偏見かもしれないが、こういう時は女側が手料理を振る舞うのが一般的だと思う。

 でも、紅葉はそれほど料理が上手くない。

 というかむしろ下手だ。

 ほぼ万能な異能力を持っていても、料理の才だけはなかったらしい。

 だから、この時間だけは、俺が紅葉に胸を張れる時間なのだ。

 おい、そこの君。寂しいヤツとか言うな。

 地味に気にしてるんだから。

 でも、こんなことでしか誇れない自分が情けない。


 そして夕飯時。

「夕飯できたぞ」

「お兄ちゃん、今手が離せないから後で!」

「これが終わったら行くわ」

「お前ら、いつまでゲームやってるんだよ」

 お前達はゲームは1日1時間と習わなかったのか。

 少なくとも亜照奈には教えたはずだ。

 お兄ちゃん、妹がいい子に育ってなくて悲しいよ……。


 結局、それから30分後にようやく3人が食卓についた。

 久しぶりに2人でゲームだったから盛り上がったんだろうな。

 いや、混ぜて欲しかったなんて……思って……ない、けど……。

 あれ、おかしいな……お茶碗が歪んで見える。

「うわっ、一郎泣いてる?」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「なんでもないから、大丈夫だ」

「大丈夫なのに泣いてる方がキモイわよ」

「ごもっともです……」

「自分の料理に感動したの?お兄ちゃんってやっぱり変だね」

「ああ、そういうことにしといてくれ」

 決して、妹と幼馴染が構ってくれないから泣いてるわけじゃない……多分。

「名前、変一郎に改名する?その方がお似合いだと思うわよ」

 そう言って紅葉は戸籍変更書類を手渡してきた。

「なんでお前がこんなものを持ってるんだよ」

「私は紅葉クレハ紅葉アカバ、精神がどっちが優勢で統一されてもおかしくない体。もしもそれが紅葉アカバの方だった時、名前を変更するためよ」

「でも、お前の二重精神は『ツインズ』として固有化してるんじゃないのか?それなら人格が統一されるなんてありえないんじゃ……」

「『ツインズ』は何らかの大きなショックによって生み出された能力よ。つまり、もう一度ショックを受ければ、解除される可能性もあるの」

「その場合、お前はどうなるんだよ」

紅葉アカバ紅葉クレハ、そのどちらかが消滅。あるいは両方とも消えて、新しい人格が生み出されるのかもしれないわね」

「……まじかよ」

 人格が消えるって、かなりやばいことなんじゃないか?

「お前は怖くないのか?」

 俺がそう聞くと、紅葉は箸を丁寧において俺に目線を合わせた。

「……怖いわよ」

 でも、と紅葉は続ける。

「怖くても、どうしようもないもの。足掻いても仕方が無い。まあ、これからそこまで大きなショックを受けなければ、何事もないはずだし」

「そうは言ってもな……」

「レベル0の一郎に何が出来るの?私のことを気にしている暇があるなら、自分のことを考えなさい」

「そ、その言い方は酷いだろ……俺だって心配してるって言うのに……」

「その気持ちと能力が見合ってないのよ。できないことを望んでも無駄。一郎は自分のことで手一杯なはずよ」

「そんなこと……」

 ない。そう言おうとしたが、言葉に出来なかった。

 確かに、能力がしょぼすぎる俺は、自分のこともまともに出来ていない。

 もうすぐ控えている異能力審査会もうつでしかない。

 こんな状態で、紅葉を助けたいだなんて、そんなことは戯言にしかならないだろう。

 俺はただ、紅葉の目を見つめることしか出来ず、何も言い返せなかった。

「……まあ、ありがとう」(ボソッ)

「え?」

「なんでもないわよ!早く食べちゃいなさい!」

「いや、待たされてたのは俺なんだけどな……」

 文句を口にしながらも、俺はご飯を口に運ぶ。

 さすが俺、今日も美味だ。


「お風呂も貸してもらおうかしら」

「なんでだよ、家隣なんだから帰ってから入れよ」

「なによ。一郎は私が入ったあとのお風呂に入れるのよ?嬉しいでしょう?」

「俺をなんだと思ってるんだ……」

「超雑魚級ヘタレクソゲス変態野郎」

「ひでぇな……」

 本気で落ち込みそうだ。

 ていうか、超雑魚級ってなんだよ。

 格闘技の階級みたいじゃねぇか。

 絶対1番下だろうけど。

「とにかく、帰って1人でお湯沸かすの、面倒なのよ。私、雑魚ヘタレ変態、亜照奈ちゃんの順で入るわよ」

「ディスリ名を略すな。ていうか、なんでお前が順番決めるんだよ」

「だって、亜照奈ちゃんが入ったお湯に一郎を浸からせるわけにはいかないもの」

「いや、妹だぞ?」

「妹にすら手を出すほどのクズだもの、一郎は」

「お前の見てる世界って、ほんと楽しそうだな……」

「ええ、楽しいわよ。少なくとも一郎よりは」

 皮肉で言ったつもりだったのだが、普通に返されてしまった。

 ほんと、こいつのこういう所は何年一緒にいても慣れないよな。

 心の傷が抉られるような感覚がな……。

「ていうか、お前の入ったお湯ならいいんだな」

 もしかして、『私の浸かったお湯を堪能して♡』ということだろうか。

「そんなことを考えてるから、一郎はいつまで経っても一郎なのよ」

「いや、意味わからん」

 別に俺は二郎とか三郎に進化したりしないぞ。

「まあ、私の浸かったお湯に浸かることを許可するのは、一郎が亜照奈ちゃんに手を出さないための妥協対策ね」

「だから手なんか出さないって」

「じゃあ足かしら?」

「そういうことを言ってるんじゃねぇよ……」

 ついため息をつく。

 なんでこの家の住人でもないこいつが仕切っているのかは謎だけれど、それを言っても表情ひとつ変えずに「文句があるなら殺す」とか言われそうだからな。

 ここは素直に言うことを聞いておこう。

「なら早くお前で出汁を取ってきてくれ」

「あ?」

「すみません、ごゆっくりご入浴ください……」

 本気の殺意の目を向けられた俺は、蛇に睨まれたカエル(毒の無いやつ)のように怯えた。

 紅葉の場合、蛇は蛇でもキングコブラだろうな。

 紅葉が風呂場に入っていくのを見送って、俺はリビングのソファに座った。

「……お兄ちゃん、近いんだけど」

「ん?あ、すまん」

 亜照奈のすぐ横に座ってしまったのに気づいて、少し距離を開ける。

 俺が離れたのを確認すると、亜照奈はポケットから細い円柱のものを取り出した。

 うまか棒の穴にすっぽりハマるくらいの棒だ。

 一言で言うと、スマートフォンだ。

 その棒状になった側部に付いているボタンを押すと、円柱が縦に二つに分かれ、それらを開くと、棒と棒の間にバーチャル画面が現れるという仕組みだ。

 使い方は板状のスマートフォンと変わっていない。

「……」

「……」ポチポチ

「……」チラッ

「……」ポチポチ

 最近の子はスマートフォンをよく触ると言われているけど、これは本当だな。

 亜照奈はずっとバーチャル画面をポチポチしている。

「何してるんだ?」

「友達にメッセージ」

 そうか、ちゃんと仲良くしてくれている子がいるみたいで、お兄ちゃんは安心だ。

「学校は楽しいか?」

「……普通、悪くは無い」

「そうか、悪くないならいいんだ」

 まあ、亜照奈は異能力も強いからな。

 悪い成績にはならないだろうし、この調子ならそのまま高校に上がれるだろう。

「何か困ったことはないか?お兄ちゃんが相談に乗るぞ?」

「……」

 亜照奈は俺の方に一瞬目を向けて、すぐに画面へと戻した。

「なんでそんなこと聞くの?」

「なんでって、心配だから……?」

「お兄ちゃんは自分の心配をしなよ」

「お前、紅葉に似てきたな……」

 本当にあいつとそっくりなことを言う。

「まあ、私は別になんにもないよ」

「そうか、なら安心したよ」

「お兄ちゃんも頑張りなよ?私が自慢出来るようなお兄ちゃんになるんでしょ?」

「……そういえばそんなこと言ったな。てか、よく覚えてたな」

「うん……だってあの時のことは忘れられないから……」

 亜照奈はその時のことを思い出しながらため息をついた。

「この話、紅葉お姉ちゃんは知らないんだよね?」

「ああ、話したことないな」

「そっか。なら、そのまま隠してて」

「ああ、当たり前だ。これはお前の問題だからな。いくら紅葉でも、伝えない方がいい」

 そう言いながら、俺はしっかりと頷いて見せた。

「ありがとう、お兄ちゃん」

 亜照奈が少し微笑みながらそう言った。

「おさき〜」

 そう言いながら、紅葉が風呂場から出てきた。

 しかも、タオルを1枚、体に巻いただけの姿だ。

「お前……いくら幼馴染でも俺は男だぞ?」

「安心して。一郎が変なことしてきても、一撃で殺すから」

「全く安心できねぇよ……」

 というか、紅葉に手を出すとかありえないからな。

 性格をもう少し良くしてくれたら考えてやる。

 なんて、口に出したら彼女の異能力が脳天を貫きそうだから言わないけど。

「一郎、早く入ってきなさい」

「へいへ〜い」

 俺はそう言いながら、風呂場に向かった。


 紅葉の横を通った時、女の子らしい良い匂いがしてドキッとしたことは内緒だ。



「……何してるんすか?」

 風呂から上がってリビングに戻ると、何故かソファの上で紅葉に亜照奈が覆い被さるように乗っていた。

「もしかして2人ってそういうかんけ……ぶへっ!?」

 言い終わる前に紅葉の異能力弾が俺の脳天に直撃した。

「そんなわけないでしょ?」

「そうだよ!お兄ちゃん、デリカシーが無い!」

「なんでここでデリカシーの話なんか……っておい」

 よく見ると、亜照奈の右手が紅葉の胸のあたりを掴んでいるではないか。

 やっぱり2人はそういうかんけ……ぶへっ!?

 脳内紅葉にまで異能力弾で脳天を撃ち抜かれてしまった。

「紅葉お姉ちゃんの胸、やわらかい……私のとは大違いだよ」

「んっ……亜照奈ちゃんはまだ中学生……あっ……だもの……当然……よっ……」

 あれ、なんか紅葉の話し方がエロいな……。

 原因は亜照奈がずっと、紅葉の胸を揉んでいるからだ。

 亜照奈は中学生だし、胸がいわゆるまな板ってやつだ。

 紅葉はというと、CかDくらいだろうと思っている(予想だけど)。

 亜照奈は胸がない事がコンプレックスなのか、執拗しつように紅葉の胸を触る。

「いいなぁ、私もこんな風に大きくなるかな?」

「なる……わ……んっ……それより……あっ……もうそろそろ……」

「羨ましいなぁ……」

 紅葉が止めさせようとしても、亜照奈は手を止めない。

 お前、どこまで胸が好きなんだよ。

 でも、だんだんと息が荒くなっていく紅葉を見ているのも楽しいからいいか。

「亜照奈ちゃ……い、一郎も見てるから……もうやめ……て……」

 紅葉はそう言ったが、亜照奈には聞こえなかったようだ。

「い、一郎!見ないで……!」

「いや、見るけど?こんな紅葉はなかなか見れないからな」

「くっ……後で……覚えときなさいよ……!」

 そう言った紅葉は、また亜照奈に色々と弄られ、亜照奈が満足した頃にはぐったりしていた。

 色々というのは……その内容は想像に任せよう。

「たす……けなさい……よ……」

 そう言ってソファの上でぐったりする紅葉に、そっと毛布をかけてやった。

 ちょっと楽しくなってお前を見捨ててしまったよ。

 すまなかったな……。

 心の中だけでそう呟いて。


 翌朝、俺が紅葉の制裁を受けたことは言うまでもない。

 けれど、妹の興味を邪魔する訳にはいかなかったんだ。

 そう、これは仕方がなかった。

 決して、俺が紅葉の真っ赤になった顔を見ていたかったとか、そういうのじゃないから。

 そう、自分の中だけで言い訳をする俺であった。

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