第1.5話 亜照奈の過去の話
これは7年前のこと。
俺が異能力を手に入れる少し前の話だ。
その時、俺は小四、亜照奈は小二だったと思う。
「ただいま、お兄ちゃん……」
亜照奈が暗い顔をして帰ってきた。
それに……。
「ど、どうしたんだ!?」
腕にアザが出来ている。
朝にはこんなの無かったはずだ。
「もしかしてお前……」
「……」
今にも泣きそうな顔で俺を見る亜照奈。
そう言えば、少し前にもこんな顔をして帰ってきたことがあった。
あの時は冬服で、長袖だったから分からなかったが、その袖の下にもこんなアザがあったのかもしれない。
「お前……誰にやられたんだ……」
俺が怒りと焦りを感じながら聞くと、亜照奈は首を横に振る。
「ちがうの……そこで転んじゃって……」
「転んだくらいでこんなアザができると思うか?嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ」
「…………ごめんなさい」
「大丈夫だ。それ、よく見せてみろ」
俺は差し出された腕のアザをしっかりと見る。
かなり酷くやられたらしい。
見ているだけで自分まで痛く感じるくらいに。
「……こっちも」
亜照奈はそう言ってスカートを少しめくって太ももを見せた。
そこにも大きなアザが出来ていた。
「お前、こんなことされるのは何回目だ?」
「……4回」
そんなに多いのか……。
俺はそう呟きながら、アザをそっと触る。
「いたっ……」
「ごめん。でもかなり酷いぞ、これ……」
「お兄ちゃん……どうしよう……」
亜照奈の「どうしよう」は多分、父さんと母さんにバレたらどうしようという意味だろう。
可愛い娘の亜照奈がこんなことをされていると知ったら、きっと2人は悲しむ。
彼女はきっとそれを恐れている。
幸い、2人は1週間は出張で帰ってこない。
1週間でこのアザが完治するとは思えないが、少しはマシになるだろう。
俺はアザが残らないようになる薬を亜照奈のアザに塗ってやる。
「痛いかもしれないけど我慢してくれ」
「……うん」
俺が握ったその細い腕はかすかに震えていた。
薬を塗って、亜照奈が落ち着いてきた頃。
「もう大丈夫か?」
俺は、亜照奈の背中をさすってやりながら聞く。
「うん、もう平気……」
「……誰にやられたか、言ってくれる気になったか?」
亜照奈は俯いて、少し考えた。
「でも……言いつけたのがバレたら……」
「もっと酷いことをされる、って?」
「……」
亜照奈は小さく頷く。
「そうかもな……」
でも……と俺は続ける。
「そのまま耐えているだけで、お前はいいのか?」
「……いやだ」
弱々しい声が静かな部屋の空気に溶けて消える。
「なら、嫌だってそいつらにも伝えないとな」
難しいことはよくわからない。
けど、隣で妹が泣いているなら、兄として何か力になるべきだと思った。
だから、テレビで聞いた言葉とかを紡いで、彼女に伝えてみる。
「嫌なことをされたら嫌だってはっきり言えばいい。負けちゃダメだ、反抗するんだ。それでダメなら誰かを頼れ。俺とかをな」
いい感じに言えた気がしたけど、亜照奈はまだ俯いたままだ。
「何か、いじめられる原因みたいなのは分かるか?」
「……多分、あれ」
「あれ?」
「……うん」
亜照奈は少し躊躇ったみたいだったが、手を握りしめながら、絞り出すように言葉にした。
「私ね……何も自慢出来ることがないの……」
「自慢出来ることってなんだ?」
「他の子は勉強が得意だったり、走るのが早かったりする。でも、私は勉強も苦手で、走るのも遅くて……」
話していくうちに、亜照奈の目はだんだんと潤んでくる。
話しているだけでも辛いんだろう。
「いじめてくる子がね、私に言ったの……『なんにも取り柄がない亜照奈なんて、必要ないよ』って……」
『必要ない』
その言葉が刃となって、亜照奈の胸に刺さる光景が頭に浮かぶ。
一言で言って、気分が悪い。
自分の妹がそんなことをされていることが腹立たしい。
でも、それ以上に今まで彼女が苦しんでいたことに気付けなかったことが腹立たしい。
気がつくと、俺はその感情を言葉にしていた。
「亜照奈が必要ないなんて、そいつに決められてたまるかよ……」
「……お兄ちゃん」
「お前は俺の妹だ。お前の1番近くにいるのは俺だろ?お前のことは俺が一番よくわかってる……って言いたいけど」
俺は亜照奈に体を向けて、頭を下げた。
「ごめん……お前が苦しんでいたことに気づいてやれなくて……」
「……大丈夫、お兄ちゃんは今こうして話を聞いてくれてるから。私、もう大丈夫だよ」
「それは嘘だ」
俺は頭を上げて、亜照奈の目をじっと見つめた。
亜照奈はすぐに目をそらす。
「今にも泣きそうな顔をして、そんなことを言われても信じれるわけないだろ?」
「泣きそうって……そんなこと……」
「なんでお前は隠そうとするんだ?」
「……」
「俺はお前のことを守りたい。お兄ちゃんとして、お前には笑っていて欲しいんだ」
俺は亜照奈を抱き寄せて、その小さくてボロボロな体をしっかりと抱きしめてやる。
「父さんや母さんには言わなくていい。でも、俺には全部話してくれ。俺は、お前の1番の理解者でいたいんだ」
俺がそう言うと、亜照奈は俺に抱きつき返してくる。
そして、ついには声を出して泣き始めた。
「お兄ちゃん……」
「……なんだ?」
「私……死んじゃいたい……」
「……」
俺はショックで何も言えなかった。
でも、亜照奈の方がきっと辛い思いをしている。
俺はしっかりと頷いて見せた。
「何回も蹴られて、叩かれて、馬鹿だ、要らない奴だって言われてね……もう、辛いの……」
「ああ、お前はよく頑張ったよ」
そう言って頭を撫でてやると、亜照奈はさらに強く俺を抱きしめた。
「うぅぅ……辛いよ……痛いよ……」
「大丈夫だ、俺がついてるから……」
「もう死にたい……」
「……」
何度聴いても慣れるようなものじゃない。
でも、亜照奈は本気だ。
放っておいたら、きっと本当に死んでしまう。
俺はそれが怖くなった。
「それでもだめだ……」
「お兄ちゃん……」
「死んじゃダメだ……絶対にダメだ!」
気づけば俺も泣いていた。
亜照奈を引き止めるように、強く抱きしめながら。
「でもね、死ぬのも怖いの」
「亜照奈……」
「死んじゃったらお父さんもお母さんも、お兄ちゃんも泣いちゃうかもしれない……。最後が泣き顔なんて嫌だよ……」
「……なら、生きてくれ。死ぬほど辛いなら逃げていいんだ。俺がお前を笑顔にしてやるから」
「お兄ちゃん……」
俺は亜照奈を笑顔にしてやりたかった。
そのためならどんなことでもしてやりたいと思った。
この時の俺にとって、妹というのは1番の存在だったから。
「亜照奈、自慢出来ることが欲しいんだろ?」
「……うん」
亜照奈は小さく頷いた。
「なら、俺がお前に勉強を教えてやる。走る練習にも付き合ってやる。その他の自慢したいこと、全部俺がお前を出来るようにしてやる」
「でもお兄ちゃん、迷惑じゃないの……?」
「気にするな、俺達は兄妹だろ?妹のお願いなら、なんでも聞いてやる。だからお前は妹らしく、あれを教えて欲しいっておねだりすればいいだけだ」
簡単だろ?と言うと、亜照奈は小さな声でうんと言った。
でも、亜照奈はまだ納得していないらしい。
「でも、お兄ちゃんは本当にそれでいいの?そんなことをしてお兄ちゃんになんの得があるの?」
「得なんか要らないよ」
「え?」
亜照奈は可愛らしく首を傾げる。
「得とかそういうのじゃないだろ、兄妹ってのは」
「……そうなのかな?」
「ああ、助け合うことに対価を求めるような関係じゃないんだよ。兄妹だけじゃない。家族ってそういうものだろ?」
「そう……だね。家族だから優しさだけで手を差し伸べてくれる……」
「でも亜照奈がもし、それだけじゃ納得しないって言うんだったら……」
俺はそのお礼をされた時を想像して、無意識に微笑んでしまいながら言った。
「お兄ちゃんのことを好きって言ってくれるだけでいいからな」
「よし、俺が亜照奈の自慢出来ることをたくさん作ってやるからな!」
「……もう……ひとつ出来たよ」
「え?」
「私の自慢出来ることは、自慢のお兄ちゃんだよ。優しくて、私のことをすごく考えてくれる、とってもとっても自慢のお兄ちゃん!」
そんなことを言われた俺は照れるのを隠すのが精一杯で、少しそっぽを向きながら言った。
「お前だって俺の自慢の妹だからな……」
「じゃあ、自慢同士の兄妹だね!」
亜照奈は嬉しそうにそう言うと、涙を拭ってまた俺に抱きついた。
「お兄ちゃんありがとう、大好きだよ」
「……ああ、俺も大好きだ」
そう言って亜照奈を俺も抱きしめ返した。
「あの頃と比べると、お前も結構変わったな」
「そんな昔のこと、思い出さないで欲しいんだけど……」
「でも、あれからいじめられなくなったんだろ?」
「うん、お兄ちゃんが色々と教えてくれたから得意なことも増えたし……」
「やっぱり俺のおかげか」
「……その通りだけどなんか嫌」
「嫌ってなんだよ……酷いな……」
7年前の亜照奈と今のとを比べると、やっぱり思春期って難しいんだなと思う。
あの時みたいに甘えてくれてもいいのにな。
そんな俺の気持ちを察したのか、亜照奈が少し照れながら言った。
「安心して、お兄ちゃんは今でも自慢のお兄ちゃんだから」
「……お前ってやっぱりツンデレだよな」
「そ、そんなんじゃないから!」
亜照奈は顔を真っ赤にして首をブンブンと横に振る
「はいはい、かわいい妹のツンデレが見れて、いい日曜日だな〜」
「も、もぉ……ちがうってば……」
普段は素っ気ない妹だけど、こうしていると時々見せてくれるデレの部分は昔から変わっていない。
「そう言えば、料理も教えたはずだけど……結局それだけは出来なかったんだよな」
「だ、だって……難しいし……」
「料理できないとお嫁にいけないぞ〜」
「それは男女差別だよ!女が料理するなんて決まってないもん!」
「でも、お前が料理できた方が俺は助かるんだけどな」
この家の料理担当は俺だからな。
亜照奈も料理ができるようになったら、2人で料理ができるし、作業負担も半分だし、きっと楽しいだろう。
「別にお兄ちゃんが料理でいるんだから、私はいいもん」
「それって、将来ずっと俺に料理してもらうってことか?」
「そ、そういう意味じゃ……」
「お前、お兄ちゃんと結婚する〜ってよく言ってたもんな?俺もさすがに妹と結婚は無理だけど」
「っ……いつの事言ってるの!お兄ちゃんと結婚とかありえないから!」
亜照奈は顔を真っ赤にして、逃げるように階段を上っていってしまった。
恐らく自分の部屋に行ったのだろう。
まあ、来年高校生になるような妹がお兄ちゃんと結婚する〜はさすがにまずいもんな、色々と。
どことなく安心したのと同時に、甘えてくれないことに少し寂しさをおぼえる。
まあ、亜照奈とはバリバリに血繋がってるからな。
妹もののラブコメ展開には実妹はいてはならない存在だ。
いや、別にそういうのを求めてる訳じゃないけどな。
亜照奈がいなくなって静かになった部屋に残された俺は、溜息をつきながらしみじみと呟いた。
「ちゃんと自慢の兄になれて良かったよ」
これが亜照奈の過去。
つらい思いをして、それでもちゃんと生きた強い妹だ。
そんな彼女は、中二の時に異能力に目覚め、真に人に自慢できる力を手に入れたのだが、あっという間に追い越された俺は複雑な気持ちなわけである。
まあ、とにかく、今でもあの時のことを時々思い出しては、大切な妹が今、笑顔で生きていてくれていることに感謝している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます