「不用の用を知る」

ゴジラ

不用の用を知る

「不用の用を知る」




 1 昔話

 

 こんな昔話を聞いたことがある。

 とある県境の山間に小さな集落があった。そこには奇妙な姿をした人間たちが生活していると言われていた。

 絨毯のような質感をした体毛に全身が覆われていて、しかもそれが白馬のような美しい白髪であった。

 彼らは外界との接触を避けるために、いくつもの大きな山々に囲まれた盆地を見つけ、そこで自給自足の生活を営んでいた。しかし、それも長くは続かなかったらしい。

 彼らが発見された当時、人々は彼らを「山神の一族」と呼んでいた。しかし、実際に神として崇められていた訳ではなく、呪われた一族だと忌み嫌う者がほとんどだった。



 2 タケルとチカコ


 山道を軽快に走る車が一台。

 運転席には橋下タケル、助手席には相川チカコが乗っている。二人は交際を始めて3年。自他共に順風満帆と思える交際をしていた。

 そして今日、ようやくチカコの両親に結婚の挨拶をすることになっていた。

 2歳年上のタケルは都内にある大手エンジニアリングメーカーに勤務していた。チカコとは、出張先で宿泊した小さなホテルで出会った。

 「地方都市の山間にある古いホテル」を絵に描いたような外観であったが、最近リノベーションを行ったばかりのようで、内装は高級ホテルに引けを取らないほど美しく整っていた。そこでコンシェルジュをしていたのがチカコだった。

 タケルの一目惚れだった。

 それからは出張という名目で何度もホテルを訪ねた。しかし、それだけでは事足りず、週末になると短い休日を使って東京から数百キロも離れた小さな町へと向かい、チカコに何度も会いに行った。

 タケルの誠実な人柄と熱心なアプローチによって、次第にチカコの心もタケルに傾いていった。毎月一度のデートを重ねること1年。ようやくタケルと付き合うことになった。



 3 山神様


 この日は、初めてチカコの両親に会うということもあって、タケル緊張していた。それでも車窓から見える大自然に溢れた景観がタケルにとっては大きな癒しとなり、焦る心を何度も落ち着かせてくれた。

「私の地元には神話があるの」と言って、チカコは道路案内標識を指差した。

 チカコの指の先には「山神通り」と記された標識があった。「ここには神様が住んでいたらしいわ」と続けて言った。

「へえ。初めて聞いた。どんな神様なの?」とタケルは聞いた。

「全身が美しい白髪で覆われている人間なの」

「神様なのに人間?」

「そうみたい。実際にこの近くの村で住んでいた人たちって聞いてるわ」

「熊かイノシシに見間違えたんじゃないのか?」とタケルは冗談っぽく言った。

「私もそう思う」とチカコは笑った。

「君の地元の人はみんな山神様を信じているの?」

「祖父母の世代の人たちは何人か実際に見たと言っている人もいたわ。私も幼い頃から山神様のことは口うるさく言われていたからね。日が暮れるまで一人で遊んでいると、山神様が連れ去るぞって」

 ふーん。とタケルは感心したように相槌を打った。そして、不意に車を車道の脇に停めた。

「どうしたの?」と心配そうにチカコは聞いた。

「山神様にお祈りをしたいなと思って」

 そう言ったタケルは、車から降りて山に向かって手を合わせた。

 チカコもそれに見習って、車から降りた。そして黙って、タケルの隣に並んで手を合わせた。

「チカコとずっと一緒にいれますように」とタケルは呟いた。



 4 知る


 チカコの両親は結婚を快諾してくれた。チカコを東京に連れて行く事にも理解してくれた。二人は両親の了解を得ることができたことで、改めてこれからの幸せを実感していた。

 

 その日の晩、チカコの父は「渡しておきたい物がある」と言って、二人を離れにある小さな蔵に案内した。

 そして、父はさも当たり前のように「子供が生まれたら、使うように」とだけ言って、見たこともない人間専用の毛刈りの器具を二人に渡した。

 状況を理解することに必死で言葉も出ないタケルとチカコを余所に、父はこう付け加えた。

 「一度刈りとれば、二度と毛は生えてこないから」


                       

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