第22話 ヒーロー誕生


 ヒーローと言えば、物語の主人公を差す言葉だが、一般的に多くは、英雄や素晴らしい業績を残した人、尊敬を集める偉大な人物を想像するであろう。


 この「ヒーロー」という言葉のイメージが、ファンタジー世界やゲーム世界においては、より明確になる。

 そう呼ばれる者は、数々の危険な冒険をこなせる気力体力に優れた最強の戦士であり、勇者である。少なくとも、貧弱な体の青二才の青年が、真っ先にイメージされることは無い。


 平凡な青年が、ゲームプレイヤー名「カピ」として転生して来たこの世界には、「冒険者」と呼ばれる人たちが存在し、彼らは多様なクラス……職種を持っている。

 そのクラスの中に、いわゆる戦士系の職があり、その最高位に位置するのが……そう。


 クラス: ヒーロー、だ!



 バトル経験はおろか虫も殺せぬような、ほっそりとした若者、ついこの前まで『冒険者ユニオン』の事でさえ大して知らなかった……その彼が言った。


 自分は「ヒーローだ」と。


 己自身も、それぞれが秀でた冒険者であり、なおかつ、ヒーローの鑑ともいえる先代のマックス伯爵の勇姿を、間近でよく見てきた彼ら、三人の使用人たちは非常に戸惑った。

 ご主人様のその言葉に。



 ポン! っと手を打ち、メイドのプリンシアが真っ先に戸惑いから抜け出した。


 「そりゃあすごい! やっぱり! さすが、カピお坊ちゃまだねぇ~、ほぉ~この若さでねぇ」


 彼女は、上から下まで、改めてじっくりと若きヒーローの姿をニコニコと眺め、心から、純心に、感心して喜んだ。

 なぜなら、プリンシアはもうすっかり、この新しいカピバラ家の主人、カピが大好きになっていたから。


 カピの腰辺りまでしかない背丈のドワーフのメイド、彼女は少し後ろに回ると、ポンポンと、筋肉の付いてない、やせっぽっちのカピのお尻を叩きながら言葉を続ける。


 「あたしたちドワーフ族はね、魔法を使えないから……強い戦士は山ほどいるけど、ヒーローになれた者はいないんだよぉ。こんなお尻でねぇ……すごいねぇ……。おやまあ! じゃあ、マックス様に続いて、また英雄にお仕えできるってことかい? なんて嬉しいこと! ワハハハッ!」


 ハーフエルフの執事ルシフィスは、驚きつつも、まだカピを冷静な目で見つめている。

 主人の言った言葉は、本当なのか、それとも嘘、何か意図があるのだろうか……と。それほど信じがたい事なのだ。


 (そういえば、カピ様は、自分もクラスがあると……冗談めかして言ったことがあったような…………どういうことなのだ? 分からない)


 職人のロックもまた、色々と思い考えていた。

 彼の持つ称号マイスター、技師系クラスが不得意な戦闘においてさえ、お世辞にも自分より強いとは到底思えないこの青年。

 その彼が、本当に優れた戦士だというのだろうか?

 おそらくすべての冒険者の中でも、10人といないであろうヒーローという称号を与えられた人物だというのだろうか?


 (そうじゃからと言って……あの言葉、冗談とも、……ましてや、俺らを騙そうとしているとも思えん…………)


 「ヒーローってかい! そりゃあ大きく出たね! ……まあ、坊ちゃんが、ここで俺たちに嘘を言っても仕方ない……」


 ロックは執事の方をチラリと見て話を続ける。


 「白黒ハッキリつけたかったら、ユニオンで確かめりゃあすむことだし。……そうだなぁ、仮に、誰かが、いくら自分は大魔法使いだと大見得を切って名乗っても、魔法能力が低かったり、無かったりすりゃあ、決して登録されることがないのは周知の事実……」


 腕を組み、マイスターは自分の中の結論をまとめる。


 「ヒーローだと、登録されたのなら、坊ちゃんにその資格がある。……もしくは将来性を見込んだ、素質かのぉ」



 いまひとつ、素直に喜んでいない二人に、大いに不満なプリンシア。


 「あんたたち! な~によぉ! まさか、今さら焼きもちでもないだろうねぇ、ええ?」


 ロックは彼女に対して笑って言った。


 「フフッフ、まあ、そう言うなよプリンシア。それぐらい、簡単にはハイそうですかと言えない、驚くべきことじゃろ? ……あっ、そうじゃ、もしかして、こいつぁユニオンの登録ミスか? もしそうなら! なおさら前代未聞、そっちの方が面白い……」


 彼はメイドが静かに構えるのを見て慌てる。


 「あ! 待て待て! 冗談、冗談じゃ! プリンシア!」


 年寄りの頑固頭に、でっかいコブを作りそうなストライカーの構えに。



 まだ、相変わらず口をつぐみ思考中の執事に向かって、プリンシアが噛みついた。


 「ルシフィス! あんた、自分がマックス様と同じクラスになれなかったからって、ひがんでるんじゃあないだろうねぇ! 素直に喜びなさいよ! すっごく嬉しい事じゃないの、だってカピバラ家の新しいトップのカピお坊ちゃまが、おんなじ、あのヒーローなのよぉ」


 その言葉に彼は、ハッとする。

 ユニオンを良く知らないカピが、初期クラスではなく上級クラスにまで昇っていたということに、若干引っかかっていたのだが……。


 (そうだ、そうなのだ! カピ様は、…………あの、マックス様の血を引く御方ではないか)


 執事は一言一言かみしめるように話し出す。


 「……稀に、既に幼い頃、両親によってユニオンに登録なされ、のちに素晴らしい才能に開花するという話を、耳にしたことがあります。考えますところ……そう、カピ様の場合も! はっきりと覚えていなかったのは、そういった事情があったに違いありません!」


 いざ言葉に出してみると、ルシフィスには、これがまごうことなき事実なのだと思えてきた。

 そして、些末なつまらないことに囚われ、主人の言葉に疑いを持った自分が、少々恥ずかしくなり、心持ち目を伏せてしまう。



 仲間たちの反応には、多少の温度差があったのだが、カピはそんなことを一考にもせず、ただ嬉しかった。

 自分の言葉が、嘘だと一蹴されなかったばかりか、信じてくれたことに。


 だが彼にはまだ、いくつか付け加えて言っておかねばならないことがある。

 果たして、今知ったステータス能力のどこまでを話すべきなのか考えてみた。


 カピの能力値は、一言で言えば異常、運の値以外はすべて最低の数値。


 (何がどうなって、こんな能力値になったのかは、今のところ見当がつかない。……が、恐らく……ゲームを知らない人が、この能力に設定したんだ…………)


 強さの基準となるレベルの高さが、また異常。最大値のマックスだった。


 (……いくら高レベルのヒーローだと言っても……こんな能力の上げ方じゃあ……ダメダメだ~…………そ、それにレベルが限界なら、僕はもうこれ以上成長できない…………低い能力の数値は……もう上がらない!?)


 カピは、若い主人を尊敬し信頼しきっている、メイドのつぶらな瞳を見た。


 (さすがに、これは……正直に話しても、絶対変だと思われる。こんなネタ職、そう……まさに冗談、お遊びで設定したような、キャラクターステータス!!)



 あらためてステータスの能力値とは何なのか? 現実世界でいえば、天性の才能やポテンシャルにイメージが近い。

 もちろん、努力などでも増加していくのだが、当然のこと職業クラスによって向き不向きがあり、伸びやすさも変わる。


 例えば、戦士が『力』の能力を上げずに、不向きな『知』を無理やり高めていったとする。そうすると、戦士として重要な能力が全く足りず、その者は戦士適性が無い、剣などを振るって戦う者としての才能が全くない、ということに他ならないのだ。


 カピはステータスの上では、高レベルのヒーロー。

 レベルの高さとは、同じく現実で言うなら、経験の多さ、経験を積んで得た結果の評価。飾りじゃない、その人の本当の格。

 通常ならレベルが上がるには、まず相応の時間が必要。

 その経験を積む時間によって、能力も適正に上がっていく、または、上げていくはず。


 つまり本来あり得るのは、高レベルのヒーローならば、ヒーローらしいバランスの能力値に育っている、なっていなければおかしいのだ。



 「あのぉ……僕は、ヒーローには間違いないんだけど……レベルは……まだ、高くないんだよ……ね……」


 カピはそう言って、みんなの反応を見ながら、今の能力値に多少なりとも見合うレベルを仮に想定することにした。

 レベル99、熟練のヒーローが、力の能力が最低の4などと、絶対にあり得ないからだ。


 (何が正しいのか……見当もつかない……迷う……そうだ、年齢ぐらいにしておこうか……)


 「レベルは……20だった」


 執事ルシフィスの表情がパッと輝く。


 「カピ様! おおっ素晴らしい。カピ様の御歳で、もう20に達するとは、立派です!」


 (え? ああ~まずったぁ。そ、そうなの~、低めを狙って言ったのに……)


 マイスターのロックが、ちょっといたずらな表情で片目を閉じて。


 「ほっほう! 初心者レベルは、すっ飛ばしていったってことか……やはり、ヒーローの称号は伊達ではないな、坊ちゃん」


 「そ、それほどでも……、そう? 普通はどれくらい?」


 カピはロックにさりげなく聞く。


 「まあ、そうじゃなあ……。それこそ、人それぞれの努力や才能の差だろうが、冒険者の半分は、レベル一桁って話を聞いたことあるぞ。登録してみただけ、っていうような者も少なくないだろうからのぉ」


 (な、なに! 車の運転免許のペーパードライバーみたいなものなの~!)


 職人は、数回頷くと噛みしめるように言う。


 「しかし、真っ当な冒険者で考えても……20か、20レベルは、なかなかなもんじゃ、うむ……」


 「あたしは、5年ぐらい前だけど……ユニオンで40って判定されたねぇ。どうだい? お坊ちゃま、まだまだだねぇ!」


 ストライカーのおばさんは、そう言ってワハハと自慢げに胸を張る。


 「プリンシアさん、あなたみたいな筋肉バ……エリートと、カピ様を一緒にしないでください……」


 ハーフエルフの執事が横やりを入れ、話を続ける。


 「あなた方、ドワーフ族は特別。まさに戦士に成る為だけに生まれたような方々。そのような、自然に生まれついて与えられた才能と、カピ様の努力の成果を一緒にされても困ります!」


 「なんだって! この無駄に年だけ取った年寄り狐のくせにぃ~! あんただって、ちょ~っとレベルが高いからって、ぜんっぜんっ自慢になりゃしないよ! そっちこそ、お坊ちゃんと一緒にしないでよね」


 「わたくしが、プリンシアさんよりも10も20もレベルが上なのは、歴とした事実ですが、一言も言っておりませんよ、カピ様と比べてどうのこうのなどとは!」


 ドワーフとエルフの揉め事が、またまた始まってしまった。



 カピバラ家で見る、日常茶飯事な風景となりつつある二人のやり取りを横目に、カピの心は急速に落ち込んでいた。


 この世界の真の姿を知り、驚きに襲われ……、さらに、自分の非常に残念で奇妙な能力を見せつけられ、ショックを受け……、その上で、まだまだすべてを話せない秘密を抱え込んでいる。


 この良き部下たち、ますます好きになっていっている素敵な仲間たちの、期待に応えられる領主に成らなければならないプレッシャー、信頼に足る返答をしなければならない重圧。


 (うぅ……、ダメだ。もうこれ以上、上手くごまかしきれない……ここは、この話は、さらっと強引に終わらせてしまおう)


 「まあまあ、お二人とも。そうだそうだ、昔を思い返せば……僕は、とっても運よくレベルが上がったなぁ……」


 (運が良いのは本当だ! 無駄に高い!)


 「でもホント、ちょっといいのはレベルだけ! 見掛け倒しのレベルの高さって感じ。……こんなつまらないことで、喧嘩になっても困るし……ぼ、僕のステータスの話は、この辺で……」


 執事はメイドと繰り広げていた面白い動きを止め、カピを正視する。

 プリンシアも首をかしげ、子供の様な瞳をこっちに向け、どうして? と、あまり納得していない。


 (あ~もう! これ以上嘘はつけない、こ、心が痛いよ~!!)


 「はいはい! 分かりましたっ」


 カピはもはや半分ヤケクソ気味に語りだした。



 「実は、僕は……」



 仲間全員がまた、興味深々に見つめて来る。


 「HPが、何と一桁! 7だってさ、体が弱いみたいだね~とっても。でも! MPはそこそこあって、魔法は使える……肝心の魔法は全然知らないけどっ。それにね、能力値もすべて低い低い! 運だけだね、マシな値だったのは……ハハハハ……ねぇ? いったいどんな修行をしてきたんだか……」


 カピは寂しく天を見上げて続ける。


 「それで、結論! 僕こそは史上最弱のヒーロー! ふぅ~、そういう事で……みんな、期待外れになったと思うけど、情けないご主人を出来れば……気が向きましたら、サポートをお願い……」


 カピは、畳みかけるように自分の情報を、ほぼ正確に、かつ強引に伝え、この話をスパッと切り上げた。


 思えば、短時間に立て続けに、手に余る仰天インシデントが起きた。カピの持つ、精神安定キャパシティも限界、あふれ出していた。


 話し終えると、そのままクルリと背を向け、もはや何も考えることなく、隠し扉の出口へ向かって、入ってきた通路をみんなを置いてどんどん歩いて行く。


 ……と、その時。



 あのトラップが、再稼働した!!!

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