第21話 ステータス
黒い箱の底に、隠れていたかのように残されていたそれは、栞のようなモノ。
説明書の陰になって、気づきもしなかった。
長さ10センチほどの栞、その意匠は、簡易なルーペを模した風。
「なんだろ? さっきの説明書に挟んであったのかな……」
そう言って、青年カピは手に取ってみる。
材質は、はっきりとはしないが、滑らかなプラスチックの様で、厚さは2ミリ程度。
一方に、レンズを思わせるデザインがされ、少し透明になっている。
逆側は、持ち手ということであろうか、金属を思わせる色使いで、滑り止めの螺旋の縞がある。
新米冒険者のカピは、熟練冒険者でアイテムにも詳しいマイスタークラスのロックに尋ねる。
「虫眼鏡!? じゃあ、ないよね…………」
「う~む……確かに。坊ちゃんの言うように、スペクタクルズ系のアイテムの可能性は考えられるのぉ……俺は、見たことがない物だが……魔力反応有りじゃ……何かの解析アイテムかもしれん」
執事のルシフィスも、カピの手元に目をやりながら言った。
「ロックさんが、見たことないとなりますと……かなりのレアアイテムか、よほど古い物でしょうか」
ハーフエルフの彼にも、見覚えがないようだ。
カピは謎の栞を顔に近づけると、片目をつぶり、レンズ越しに覗いてみる。
景色がぼやけるだけで特に何も変化がない。
「フフッ、別に世界の秘密が覗けるわけでもないみたい……」
魔法には縁遠い、ドワーフのメイド長プリンシアが言った。
「アイテムの魔力解析とかならさ、ロックのスキルでも調べられるんだから、きっと、そんなことに使うような、安っぽいもんじゃあないね!」
何か考え付いたのか、口滑らかに彼女は話を続ける。
「カピバラ家の大切にしまわれていた家宝だろう? 最初に取りに来なさいって言った……そうだ! そうだわ! これは、お坊ちゃまのご結婚相手とか、うんそうそう! 赤い糸で結ばれた大切なお方かどうかを、チェックするためのアイテムじゃあないかしら! いってみれば、天国のご両親代わりの目なのよ、愛情をひしひしと感じるわぁ」
小さな両手を胸の前で合わせて握って、キラキラと遠くを見つめるプリンシア。
カピは彼女の飛躍しすぎの発想に、困り笑いしながら言った。
「結婚!? 考えたこともな~い、プリンシア! ハハッ……いるのかもわかりゃしない遠い先の人を見るため!? そんな、どうせなら、今の自分のステータスでも見たいよ…………」
眩しいぐらいにルーペ型の栞が光った!
カピの手から、ブンっと震え消える。
それと同時に、今の彼が唯一使える魔法、マニュアル表示のホログラムと同様、目の前に何かが映されていく。
――――――――
『ステータス』
ステータスとは、一般的には高い位や人の地位を表す意味で用いられるが、ゲームの中では、キャラクター等の現在の状態、能力などを総じて、そう呼んでいる。
『名前: カピ レベル: MAX99 クラス: ヒーロー』
名前とは、そのままプレイヤーのゲーム内での呼び名である。
レベルとは、様々な経験を積むことで上昇し、キャラクターの強さの一番の目安となる。戦闘において大きく影響。高レベルになるほど、上がり難くなる。なお低下することもあり得る。
クラスとは、冒険者ユニオンで正式に認定される職業タイプである。認定の不可はステータスの総合評価で判断される。
『HP: 7 MP: 777』
HPとはヒットポイント。体力の事で、戦闘などで受けたダメージにより減少する。0になることは戦闘不能状態を意味し、その後速やかに死に至る。
MPとはマジックポイント。魔力、魔法を使うためのエナジー量である。0になると、当然ながら魔法、MPを必要とするスキルは使えない。
どちらも、安静状態にて時間とともに回復する。
『STR: 4 INT: 4 AGI: 4 DEX: 4 LUK: 999』
STR、ストレングス。
腕力や、物理的な肉体の強さを表す。戦闘力においての最大の効果値であり、戦士系のクラスに最も重要な能力である。
INT、インテリジェンス。
主に魔法に対する知力や適応力を表す。学問的な知識や、いわゆる頭の賢さは、あまり数値に反映されない。魔法の威力に直結するため、魔法使い系統のクラスには欠かせない能力である。
AGI、アジリティ。
俊敏さを表す。戦闘におけるスピード、技の速さや身軽さなどに影響する。どのクラスでも有益な能力だが、中でもレンジャー系にとって最も重要となる。
DEX、デクスタリティ。
手先の器用さを表す。指先の技術や、戦闘における的確さ、攻撃の有効性などに影響する。この能力も、いずれの職でも有益であるが、技師クラスには欠かせない能力となっている。
LUK、ラック。
運を表す。すべての事象に影響するわけではないが、少しぐらい上げておくと、冒険の役に立つかもしれない。戦闘においては、最終的な攻撃判定に影響する。
『スキルと魔法』
現在習得済みの、スキルと魔法の一覧である。
『
「プレイヤースキル」: プレイヤーのみ使用可能な特殊スキル、頑張って練習しよう!
「???」: ???
「開けマニュアル」: 困ったらいつでもマニュアルをチェックしてね
』
新しく習得すると追記される。
使用条件が満たされず、現時点で使用不可なものは「???」表示となる。
スキルおよび魔法についての詳細は、取扱説明書の該当項目を参考に。
――――――――
カピだけに見える空間に浮かぶ文字、取扱説明書にも項目があった、ステータスが表示されていた。
これが、数値として表される、現在のカピの能力値であった。
彼は、自分自身の事を……文字通り……目の当たりにした!
――ここで、今一度、時間を少し戻して、自分のステータスをまざまざと見せつけられた者の心境を書き綴ろう……。
カピの目の前の空間に、今まさにステータスが逐次表示されていく。
「こっ、これは!」
「……」
『名前: カピ』
(………………名前はカピ……OK、本名じゃあないけど)
『レベル: MAX99』
(!! レベルが99だって!!! すごっ! ホント!? 本当に? めっちゃ強いじゃん…………)
『クラス: ヒーロー』
(クラスは……ヒーロー! そうかぁ、そうだったかぁ~クククッ、……まさに花形の職業じゃん! カッコイイ!)
思わず嬉しさで、にやけてしまうカピ、そして直後、真顔に……。
『HP: 7』
(ヒットポイントが…………7、な、な、7!? そりゃあ、もともと体力に自信がある方じゃあないけど……7ってどうなの? 少なすぎる気がする……雑魚キャラレベルの気がする! スライム並みの気がする!!)
サー……顔が青ざめてしまうカピ。
(だ、断定は、まだ……できないけど……ううぅ……僕は、病弱だ……気を付けよう……ちょっとした段差から落ちても……し、死ぬかもしれない)
ブルブルッと身震いをして、次に目をやる。
『MP: 777』
(MPは、777……ほぉ~、僕って結構、魔法が使えるのねぇ………………)
(…………)
(……何回でも、マニュアルを開けるぞ! ガス欠を気にすることなく……いつでも説明書を読める……ぞ…………)
ふぅ~、と深いため息をついて気を持ち直す。
『STR: 4』
(次は、…………STR……、……4……)
ちょっと目をこするカピ。もう一度見る!
(STR……つまり力が4…………ヒーローなのに? 最強戦士なのに? ん~…………そ、そうだ、5段階評価だ、……こらこら、255段階の4とかだったら、牛乳をふき出してるところだよぉ! ったく……)
『INT: 4』
(つぎ、INTも…………4、……ま、まあ……僕、戦士だし! 賢さは……あえて低めでも……いいもん、ま、魔法なんて……使わなくてもいいもん!)
数値の理解が矛盾していることにも……気が付かないカピ。
『AGI: 4』
(AGI、たしかこれは素早さみたいなものだ…………あ~、そう、これも4ね…………はいはい、力押しの戦士にはいりませ~ん。……盗賊や弓使いでもあるまいし)
『DEX: 4』
(DEXも……4、……4、……OK、OK、同じく器用さも、低くて問題無し! 盗賊じゃあないし! だ、だ、大丈夫……)
『LUK: 999』
(最後? LUK! はいはい~運の良さも4、分かってます、そんなにいりません、盗賊じゃないし!! …………9? …………9…………9……、999?!)
(……)
「……」
「なぜだ~~~!!!」
(なぜ、なぜ、なぜこんなに振った! なぜラックにこんな数値を!!!)
カピの目が真ん丸になる。飛び出そうだ。
(まてまてまて~!!)
カピは最初に振りかえる。
(力の4って! 5段階評価じゃあない!! 4! だだの4! 999の4!!)
タラりタラりタラり、カピの顔に次々と汗が滴る。
(こ、こいつは、……この4っていうのは……まさか! 初期状態のままの数値!? 最低の値じゃないの!!)
有名な絵画ムンクの叫び、カピの顔は……今まさにその状態。
ショック! 大きなショック。
自分の能力数値の、振り方、上げ方、育て方を、完全に間違えていた!
ケアレスミスなのか、勘違いか……何か参考にしていた情報が間違っていたのか?
ゲームをプレーした人なら分かってもらえるだろうか、自分の育てたキャラクター、いわば己の分身、その能力の成長結果が、全くの失敗だったと分かったときのガッカリ感。
人生で、あえて例えるなら、信じて生きてきた道が……間違っていたことに気づく瞬間、頭を抱えて絶望する、そんな状況。
リセットしてやり直したい……そう思う瞬間だ。
(これはだめだ……これはアカンやつだ……やっちゃいけないやつだ……)
同じような意味の台詞が、彼の頭でリフレインする。
カピは吐きそうな顔で……両手を台座につき、首をガックリひしゃげさせ、ドドーっとあふれ出る涙をそのままにした。
――そして、表示は消える。
カピのこのわずかな間におきた、とてつもない出来事。
絶叫マシーンに括り付けられたかのような、心の激しい揺さぶりを、フリーフォールで落ちていった、かつては希望と呼ばれた無残な残骸を知らぬ、周りのみんな。
このどんよりしたご主人を、前にも見た気がする……と、思いつつ、執事のルシフィスはゆっくりと声をかけた。
「カピ様、大丈夫ですか? また、魔法映像が見えたのでしょうか?」
「……うん、……見えた。……僕の、ステータスが見えた……」
それを聞いてロックは目を輝かせる。
「なんだって? おお! それはすごいぞ、坊ちゃん。人の能力を正確に見極める、数値化するアイテムだったってのか? こいつは!」
マイスターは何度もうなずき、感心して続ける。
「そりゃあ参った、かなりの激レアだぞ。……さすが、カピバラ家ということじゃな、そんな最上級アイテムが置いてあるとは!」
まるで自分の事を誉められているかのように、嬉しそうに執事が。
「まったくですね! カピバラ家の偉大さに感動です! ……おそらく、あのユニオンで別扱いで管理されるほどのアイテムではないでしょうか? 実際、ステータスを数値化して見ることができるのは、冒険者ユニオン組織しか、わたくしは聞いたことがありません」
ちょっと詮索好きなメイドは、もう黙ってられない。
「坊ちゃま! で、どんな能力だったんだい? やっぱり、賢さがとっても高いんだろうねぇ……。ねぇねぇお坊ちゃま、教えてちょうだいな!」
転生前の世界で、ゲームをそれなりに遊んできたカピは、今見た自分の能力が非常に奇天烈なモノだったと理解していた。
このまま正直に言ったとて、到底納得してもらえないだろう。
カピは、軽く腕組みをすると、探り探り伝えることにした。
「……クラスが分かった」
「……」
明らかに、みんなの顔に驚きの色が見える。
当然だ、冒険者ユニオンの事もあまり知らない彼が、クラスを持っているとは思いもしなかった。
しかし、ここで思い起こせば、直前に、カピはスキルを閃いた、魔法を使用できた。いくら特殊なタイプだとはいえ、この事実がすでに彼が『冒険者』だということを証明している。
カピは、続けて言った。
「まぁ、……僕…………ヒーローだった……」
冗談なのか、本気なのか、驚いていいのか……ご主人様の言うことでもあり、嘘を付くとも思えない青年の言葉、信じられるような……られないような……。
戸惑い。
黒い箱の置かれた隠し部屋の空気が完全に止まる。
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