第20話 ひらめき!


 自分の本当の名前を思い出せぬまま、異世界で目覚めた青年。


 彼が転生したこの異世界は、ファンタジーゲームの世界。

 リアルゲームワールドだった。


 異世界にも様々な形態があり、物語の中であったり、現実世界と変わらないパラレルワールド、過去や未来の違う時間、異次元、遠い惑星等々と、いくつもの可能性がある。

 主人公カピの降り立ったここは、ゲームの法則が支配する世界なのだ。


 次に、ゲームと一口に言っても……これまた色々あるが、RPG、ロールプレイングゲームと呼ばれるカテゴリーに当たる。

 現実とは違う想像世界を舞台にして、そこに生きるキャラクターなどの役割を演じ、楽しむゲーム。


 (その中でも、より限定するなら……JRPG系に違いない)


 カピはそう感じた。


 ジャパニーズRPG、日本独特のカルチャーが詰まった、ユニークなビデオゲームのジャンルだ。


 彼が日本人であったがために、そう感じたのかもしれないが、手に入れた取扱説明書と、この世界で肌で感じてきた雰囲気が直感させた。

 何が、という、決定的な区別は出来ない……いわば、その醸し出す匂いの違いだ。


 (洋ゲーなら、僕はもっともっと、筋肉ムキムキじゃあないとおかしい!)


 この事で、この小さな差異が分かったところで、今後のサバイバルに何か大きな影響があるのだろうか? きっと何も変わらないだろう。

 しかし…………。


 (知らぬ神より、知る神の方が祈りやすい……)


 閉じた説明書を手に持ったまま、そんな確信をカピは心に抱いた。



 (さて…………まだまだ色々、考えることあるけど……)


 突然、カピの手が輝きだす!

 取扱説明書が、光を放ちながら薄く消えて行っている。

 目覚めたベッドで見つけた、この小冊子を見つけるきっかけとなったメモの紙と同じように。


 「!?」


 (ああっ! まっ待て! まだちゃんと読んでない! まずい、消えるな~)


 カピは焦った。

 どうすればいいかわからず、動揺している、そのわずかな時間が過ぎた時!


 それは起きた。


 ピカッ!


 文字通り、彼の頭の中で光が灯り…………ひらめく!



 『開けマニュアル』

 ――消費MP 1 :トリセツを、いつでも確認できる特殊スキル



 カピは、狐につままれたように、周りの冒険者を見つめる。

 ルシフィス、プリンシア、ロック。


 「……ひ、ひらめいた……」


 カピは言った。


 それを聞いたみんなは、「ああ、なるほど」と、納得の顔でうなずく。

 冒険者として、スキルや魔法を『ひらめく』ことは、既に経験済みの、いうなれば当たり前のことなのだ。



 『冒険者ユニオン』に登録を完了した者は、晴れて『冒険者』となり、『クラス』を持つことになる。

 そして、個人の潜在能力、学習や修行といった努力、書や師匠などからの教えによる学び、生き様や戦闘における発見、等々……、色々な場面で、条件を満たしたとき、新しいスキルや魔法を覚醒するのである。


 冒険者でない者は、たとえ才が十分あったとしても、スキルを覚醒することは無い。


 一例をあげるなら、気配探索スキルを持っていれば、気やオーラと呼ばれるものを察知して、明確に近づく者がナニモノかを、一定の範囲内で探ることができる。

 だが、スキルを持てないユニオンに登録していない者であったなら、いくら鋭い感覚の持ち主で経験豊富でも、ただ、なんとなく誰かがいるような気配がする、といった程度の能力で終わってしまうのだ。



 カピは魔法を唱えるように言ってみた。


 「開けマニュアル」


 目の前に、鮮明なホログラフ、立体映像スクリーンのように説明書が現れた。


 「おお~」


 カピは初魔法に感動する。

 キョロキョロと周りのみんなの反応を見てみるが、どうやら、この映像は自分だけにしか見えていないようだ。


 ……と、説明書が消えた。


 (……なるほど、僕の集中が外れると、自然に消えるのか)


 再度、スキルを唱え、映像を出す。


 意識すれば、自由自在に中身が見られる!


 (これはいい。まあ……確かに、いかにも魔法っぽい、すごい技ではないけど…………慣れれば、プロンプターだっけ、あれみたいに使えて、基本情報をさりげなくチェックしながら、対応できそうだ)



 しばらく、ほったらかし状態が続いていたパーティメンバーが、そろそろ痺れを切らしだした。


 執事のルシフィスが、好奇心に満ち満ちた声で尋ねる。


 「カピ様……それは、さっきの書は、いったい何だったのですか?」


 カピバラ家メイド長で、神業的格闘スキルを持つストライカーのプリンシアも大声で。


 「お坊ちゃま! なんかひらめいたんだね! 新しい魔法かい? それともスキルだったの? ねぇ、さっきのは、すごい技を覚える本だったんだろぉ?」


 彼らの期待にキラキラさせた目を見て、困ってしまうカピ。

 すべてを説明し、話す訳にもいかない。


 「いや~…………そんな、たいしたものじゃ」


 (じっさいのとこ、単に説明書を開くだけの魔法だもんなぁ……どう説明しよう)



 カピは言ってみる。


 「そうそう! さっきの本は……聖書、バイブルみたいなもの。う~ん、経典みたいな……まあ、カピバラ家の領主として、まだまだ未熟な僕に、基本的な教えを伝えたかったのかな? いってみれば、家訓を説いたってことかなぁ……初心忘るべからず!」


 カピの言葉を受けて、マイスターのロックが微笑みながら言った。


 「それで、いつでもその書を見られる魔法を覚えたという訳かのぉ? えらくお堅く、奇妙な魔法じゃな……それがまたカピバラ家らしいというべきか、フフッ」


 何とか、納得してもらえる答えを出せたようだと、カピも安心して話を合わせる。


 「だよね、……まあ、これじゃあ、なんにも役に立ちそうに無いよね」


 しかし、目を輝かせる執事のルシフィスの受け止めは違っていた。


 「カピ様! 何を言っているんですか?」


 「……」


 「その様なことは、全くありません! カピバラ家で代々受け継がれる素晴らしい思想。きっと奥深い考えにより生み出された魔法です。……古今東西、この世には数多くの魔法が存在します……しかし! いったいどこに、こんな特殊な魔法がありましょうぞ、ああ、素晴らしい。ぜひ今度、わたくしにも教えを説いてくださいませ」


 「そ、そう?」


 少し目を丸くして、首をかしげながらカピは言葉を続ける。


 「そんな……みんなに改まって、教えるほどの事は載ってなかったみたいよ……愛が大切、勇気を持てとか、正直にとか……当たり前の事ばっかりだった……けど…………ま、まあ、今度機会があったら、読んでみてもいいけどね…………」


 執事の熱い語りに、他の二人も、なんだか本当は凄い魔法なのではと、勘違いしだしているようだ。


 「やっぱり! さすが、お坊ちゃまだねぇ。特殊魔法の使い手かぁ~カッコイイわぁ」


 「その魔法、うむ……正確には魔法なのかもわからんが……強いて分類するならば、記憶魔法か……俺も、図書室の資料をそうやって暗記出来たら楽かものぉ、年のせいか、最近忘れっぽくていかん。……ほほぅ~、深く考えれば、確かにすごいモンじゃ!」



 (なんか、変な方向に持ち上げられちゃってるな……)


 カピは照れ臭く思いながら考えている。


 黒い箱を探すファーストクエストで得た収穫は、薄っぺらな只の取扱説明書。

 全くたいしたことのないアイテム。


 だが彼はまだ知らない。

 この先、この変哲もない小冊子が、絶体絶命の危機を乗り越える重要なキーアイテムになることを。


 (まあ結果、今回は少し期待しすぎだったわけだけど、……考えてみれば……これは、これを手にしたということは、とっても重要な武器になるんじゃないか?)


 カピは、この世界がゲームの理論に基づくことを知った。

 これこそ最大のアドバンテージ、異世界の住人達との決定的な差だ。


 ほとんどのNPC、ノンプレーヤーキャラクターには、決して知り得ない真実が書かれている書なのだ。


 (謎のメッセージの送り主が、困ったときに開くように言ったのは……取扱説明書の存在が、手品の種明かしみたいに、僕を興ざめさせてしまうことを避ける為なのだろうか?)


 トリックの分からない手品は、まるで魔術かの様に驚き楽しめる。

 逆にタネが分かって観るマジック、タネを見抜いて観るそれもまた、つまらないという訳ではなく、違った角度からの視点で興味深いものになる。

 今まさに、カピは後者の観客となった。


 (だけど……僕だけが、ゲームプレイヤーとして、優位に立っていると考えるには……まだ早い。重大な一点が抜けている。……でも、とりあえずのところ、この点については、しばらく棚上げにしておこう……)


 「おい、坊ちゃん。まだ箱に何かあるぞ」


 ロックの言葉が、カピの思考を止めた。


 説明書の存在ばかりに目が行き、夢中になって、箱の底に残ったものに気が付かなかった。


 「なんだろう? これ」


 それは、一目見ただけでは、皆目見当つかない代物だった。

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