第16話 ファーストクエスト
カピは思いだした。謎のメッセージを。
この屋敷の二階にある主人の部屋の天蓋ベッドで目覚めた時に、見つけたメモ用紙、あの魔法のように消えた、ノートの切れ端に書いてあった言葉を。
『困ったときは黒い箱を開けろ』
(今、まさにその時! 僕は今、大ピンチだ。カッコよく、お金は用意するなんて啖呵を切ったというのに、もしそれが口だけで終わってしまったら! このままだと、尊敬されるべきご主人様の沽券にかかわる!)
一同がそろった、食堂のテーブルで、カピは強く言う。
「何よりもまず最初に! 黒い箱を探さないといけない!」
黒髪の執事ルシフィスが、小首をかしげる。
「黒い……箱ですか? ……」
カピは目を輝かせて、美しいハーフエルフの整った顔を見る。
「そうそう! そう言われてたんだ」
ルシフィスの表情も、途端にパッと明るくなり。
「もしや! マックス様! マックス様からのメッセージですか?」
執事の、その返事を聞いてちょっと面食らうカピ。
(え!? そ、そうじゃないと……思うけど……。どうする? 説明がややこしいぞ)
彼の提案が、予想外の期待を抱かせてしまったようだ。
「……う~んと、……おじいさんというより……カピバラ家、先祖代々の言い伝え、まあ家訓みたいなモノでぇ……家を継ぐ者にとって大事な事らしいよ……」
何とか上手く? はぐらかしたカピの答えに、明らかに気落ちする執事。
食卓を囲む他の使用人たちは、何かないか思いだそうと考え込むような様子。
「みんな、少しでも思い当たるような箱を知らない?」
(厨房の宝箱は違った。まさか、どこかのダンジョン奥深くに眠っている箱の事を、差しているはずはない。もしそうなら、場所の情報が目につきやすくメッセージにあったはず。あの文面は、近くにあるからこそ)
「この屋敷にあるはずなんだ」
カピは確信していた。
赤いお団子頭のメイド長プリンシアが首をひねりながら言う。
「あたしが、部屋の掃除で見かけたってことは……ないはずよぉ」
執事のルシフィスも、同様に。
「通常使用するスペース、玄関から食堂、応接室など、わたくしの目を配る範囲で言いますと、そのような物は……見た覚えがありませんね」
リザードマンの侍で、コック長のリュウゾウマルも似たような感じで。
「厨房は当然として、近所を出歩く時も……見た記憶がないでござるなぁ。そうそう、スモレニィ殿にも、起こして聞くでござるか?」
(さすがに、床の間に飾って置いてあるってことはなかったかぁ)
カピは、簡単に見つかるという淡い希望は捨てるしかないのか、と思った。
執事は少し考えて言う。
「あとは、もう少しマックス様の部屋、今はカピ様のお部屋を……もっと丁寧に入念に調べ探してみるか、……屋根裏、物置小屋などの、ゴミの山を探るしか……それ以外だと…………地下……」
今まで熟考していた、職人のロックが思い出す。
「そうじゃ! ルシフィス。地下だ! 屋敷の地下室。一番奥の宝物庫」
「!? ああ、思い出しました。あの奇妙な部屋ですね、あそこにはもう、何も残っていなかったのでは?」
執事は、ほとんどその場所のことを失念していた。
「いや。あの奥に台があって、ちょうど箱が飾られているんじゃ。色は……確か、黒っぽかった。……坊ちゃん、それの事じゃあないか?」
カピは思った。
(忘れられた、地下室に置かれた箱。間違いない、それだ!)
「それだよ! きっと。さっそくそれを取りに行こう!」
ルシフィスとロックは、何やら顔を見合わせる。
そうして互いに少しうなずいた後、執事がカピに顔を向けて言う。
「分かりました。地下室へ行きましょう」
その言葉の後に、メイドでありストライカーのプリンシアの方を一度見て、またうなずき、彼は続ける。
「ただし、我が家とはいえ、そこはカピバラ家宝物庫。……少々ではありますが、危険が伴います。まずはわたくしとロックさん。そして万が一を考え、プリンシアさん付いて来てください」
メイド長のドワーフおばさんは、力こぶを見せウインクする。
「はいよ、おまかせ! 全員ぶったおれても、あたしが担いで運んだあげるよ~ホイホイ!」
ルシフィスは、カピの了解も得てメンバーに確認する。
「では後ほど。皆さん、準備を整えて、地下階段前へ集まってください」
カピは執事の指示を聞きながら、ワクワク心高まるのを感じた。
(いよいよ始まるぞ! パーティを組んで、最初のクエストの開始だ……)
執事の、少々大げさな準備が気にならないこともなかったが、慎重派のルシフィスの事、冒険者でもない、ひ弱な主人に相当気を使っているのだろう。
そう納得すると、結局最後はこう思った。
(フフフ、ただ家の地下に箱を取りに行くだけの、超簡単な『お使い』クエストになりそうだけど)
このクエストが彼にとって、魂の震えるほど恐ろしい幕開けとなり……。
最後には、驚愕の事実が待ち受けていることを、幸いにもまだ知らない。
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