第15話 クルワの話
若き新領主カピの粋なはからいによって開かれた、カピバラ家の晩餐会。
テーブルに載っていた、豪華な夕食はあらかた無くなっていた。
人並みの胃袋しか持ち合わせぬカピからすれば、100人前は優にあったのではないかと思われる料理の数々を、わずか数人の部下たちが食べ尽くしてしまった光景を見て、ただただ笑うしかなかった。
ハーフエルフの執事ルシフィスを除き、大いに食べた。
中でも大食いの二人、ドワーフのメイド長プリンシアと大男のスモレニィが、他のみんなが食べきれない残りをすべて食べ。動物に優しいスモレニィが、彼らにもおすそ分けすると言って、どのお皿にも一欠けらも残さず、奇麗にテイクアウトする。
出された特大盛の夕食全てを、見事に、この少人数で美味しく頂くことができたのだ。
すっかり満腹のスモレニィは、テーブルにうつ伏せグーグー寝ている。
プリンシアは、大きくなったお腹をパンパンと叩いて、腹太鼓を鳴らして陽気に歌う、謎の歌を。
久しぶりに、言わば家族そろっての楽しい夕食を満喫した使用人たちを見ながら、執事は、ちょうどよい機会だと思い口火を切った。
「カピ様。皆さん。今後の、とても重要な二つの件についてお話したく思います」
赤ん坊の様に熟睡している大男以外の、視線がルシフィスに集まった。
「一つは、差し迫った、非常に非常に大切な、最重要課題ですので、最後に……」
いつも真面目な執事の、さらに深刻そうな顔を見て、それぞれが真摯な顔つきで深くうなずく。
「ではまずは、もう一つの方から。カピ様にも、しっかりお伝えしておきたい、カピバラ家の現状を……」
もったいぶっているのか、言いにくいのか、少し長く間を取ってから執事は話をつづけた。
「……もはや、この家には、お金がありません。……カピ様、マックス様からこの屋敷の留守を任されていた、わたくしが招いた事態でもあり、大変お恥ずかしい事ですが……黙っているわけにもいきませんので。……現金に関しましては、虎の子もすっかり……あのケチで融通の利かぬ医者めに、持っていかれて……しまいまして」
とても悔しそうにするルシフィスは最後にこう言った。
「1クルワも、残ってはおりません!」
執事は、カピバラ家の財政の背景を主人に説明した。
まず基本的に、カピが支配するカピバラ領の荘園から、毎年、地代収入が入るのは、他の領主たちと変わらない。
簡単に言えば、土地を持たぬ農民などに田畑を貸し、お金をもらうのだ。
支配者貴族と村人という、当然の力関係から、ここで大きな利益を得ることは容易に可能である。しかし、先代の変わり者マックス伯爵が、その地代をわずかな額に、形だけのものにしてしまった。
マックスが偉大な冒険者であったため、あらゆる方面からの収入……例えば、トレジャーハンター、モンスターハンターとしての収入、賞金や、報奨金等々があり、そのような篤志家的なやり方をしても全く困ることがなかったのだ。
「マックス様の…………留守が長くなり……現在は、赤字続きという訳です。また、このような温情篤い方針は、一見素晴らしい事ですが……、周りの貴族との、大きな軋轢を生む要因ともなっているのも事実でございます……」
この世界の領主にとって、いわゆる封建制度に基づき、支配者の地位を揺るがないものにして置きたいのはもちろんのこと。
そこに、国王と、さらに最も力を持つ存在『冒険者ユニオン』との関係が絡むため、余計な厄介ごとを生む、マックスの甘い統治の仕方は非常に目障りだった。
「いうまでもない事ですが、わたくしの独断で、地代を引き上げることなど出来るわけもなく……。今後、カピ様には、ぜひともご一考願いたい件でございます」
おぼろげに、領主の役割を理解したカピ。率直な考えを口にした。
「村の人が、住みやすいのなら……今のままでいいんじゃない? そのうち、人口も増えて、収入も増えたりしないのかな」
執事は首を振り、答えを述べる。
「そう簡単な話ではありません。まあ、もし人口が増えたら、またそれでいろいろ問題も起きるとは思いますが……。現状では、先ほどもお話ししましたように、周りの荘園の主が強い締め付けを行っておりますし……」
理解を求めるように、若い主の目をしっかり見据えて進める。
「もしも、何かの策を講じてでも、カピバラ領内に農民を呼び込み、目に見えて人が流入しだしたと成れば……それを権力者たちが、看過することは有り得ないでしょう。あくまで、マックス様というユニークで豪気な方のなさる気まぐれ、小さな村での特殊事情として、嫌々ながら、見て見ぬ振りをしているだけの事」
新領主も、これは難しい問題だと頭を抱え困り顔でつぶやく。
「なかなか…………、考えてはおくけど……実際面と向かって、今日から僕に変わったから、値段を上げるよって……そう簡単に、言えないよなぁ~」
話を聞いていた人間の職人ロックが言った。
「村人の中にも、今までの恩を感じてるモンもいるだろうが、新参者の坊ちゃんが、急に税を上げるとなると……反発するだろうよなぁ。悲しいが、人間はそういうもんじゃ」
そこへ、コックのリュウゾウマルも加わる。
「若、拙者にとっては、村の人たちがとってもフレンドリーでござるし。よく、食材を、安く、只みたいな額で、分けてもらっているのでありがたいでござるよ?」
メイドも相槌を打って一言。
「そうそう、持ちつ持たれつよ~」
カピを含めてだが、他のみんなの表情から判断すると、執事の財政ピンチの報告を、全然深刻そうに聞いていない。
これではルシフィスがたった一人自分だけ深く思い悩んでいるようで、少々馬鹿らしく、やれやれと力が抜ける。
こっちの件は仕方がないと、ややお手上げ口調で締めくくった。
「はいはい……。もちろん、舵取りを任されていた責任者として、わたくしは今後も無給でかまいませんが……しかし! これから先を考えますと、大変憂慮しておりますことを最後に念を押しておきます」
プリンシア。
「あたしも、別に、お給金はいらないけどねぇ、衣食住は満足だし。……そうだねぇ、娘たちを呼び戻せたら、も~っと楽しいけどさぁ」
リュウゾウマル。
「拙者も、のったでござる! ここで、料理も剣も十分満足に修業ができておるし、この若様に奉公できるなら、幸せでござる! ワッハハハハ」
ロック。
「そういやあ俺も、今までの給料って、どこ置いたんじゃろ? 昔から、マックス様には、超高級材料なんかもガンガン使わせてもらってるんで……その坊ちゃんに、只働きさせられても、文句言えねぇや」
こうして、カピバラ家お給金遅配問題についての、被雇用者たちの意見が出そろった。
カピは雇用主として、みんなの献身的な、嘘でも嫌々でもない本心の発言をじっくり聞きながら考えていた。
普通の経営者なら、この状況を諸手を上げて喜ぶだろう。
潰れそうな会社のために、従業員たちがみんな、無給で働いても構わないと言っているのだから。しかも心から協力的に。
カピも確かに嬉しかった。
お金のつながりではない、まさにカピバラ家はファミリーなんだと思った。
みんなの厚意に甘えればいい、きっと肩の荷も軽くなる。
しかし……カピの直感が、違う! その道は違うぞ! と言った。
「ルシフィス、君の給料は? あと、みんなの分も」
執事は、予期していなかった主人の質問に一瞬戸惑ったが答える。
「わたくしは、月に1700クルワ。皆さんは1500クルワです」
「おやまあ! 口が達者なだけのエルフがねぇ、あたしたちより高いよ~」
そう言って、プリンシアがわざとらしく、頬っぺたを、ぷぅ~っと膨らませて見せる。
「まあまあ、プリンシア殿。執事殿は古株でござるから、当然でござるよ!」
「しかも、数年先輩なんかじゃあなく……俺が生まれる前から、ぐらいの先輩じゃ」
と、コックとマイスターがフォローする。
使用人の、冗談めいたやり取りを聞きながらカピは、小さくつぶやく。
「う~ん。じゃあ目安は、月におよそ1万クルワぐらい……かな……。それで……クルワっていうのが……この世界のお金の単位か……」
若き経営者は、立ち上がると両手をテーブルに載せ、前かがみになって真剣なまなざしで決断発表!
「よし! 毎月の収入、1万クルワ! 僕が何とかする!」
そのカピの発言に、おお~っ!! と、従業員たちが声を上げる。
「みんなの話を聞いて、食べて行くだけなら何とかなる気がした。楽かもしれない。でも、それは……危ない、取ってはいけないルートのような気がするんだ」
それを聞いた執事は、深く同意して、とても嬉しそうな弾む声で言った。
「カピ様! 素晴らしい! わたくしも、決して不安にさせ、無理をさせるつもりはありませんが、正直……カピバラ家を取り囲む空気が、恐らくカピ様の、後継の噂が広まって……やや変わって来ております」
執事の後半の言葉に、その意を汲んでロックとリュウゾウマルが。
「いざという時にそなえ、軍資金が必要ということか? ルシフィス」
「備えあれば憂いなしでござるな!」
若い主人の、見た目に反した意外な逞しさに、感心したプリンシア。
「さすがねぇ、あたしらとは頭の出来が違う! カピお坊ちゃまの、そのガリガリの体は伊達じゃあないねぇ~」
褒めているのやら、よく分からない言葉だが……彼女は褒めていた。
思わず切った大見えに、早くも後悔の念がうっすらと……。
部下たちの期待感で一杯の、輝いている瞳を前にしてカピは聞いた。
恐る恐ると。
「あのぉ……ところで……10000クルワって、どんな感じかなぁ……」
執事、ちょっと意地悪に片眉を上げ。
「どんな感じ……と、仰いますと?」
カピはみんなからの視線をずらすように上目になって。
「どれくらい働いたら……手にできる? 金額なのかなぁ~」
ルシフィス。
「それはまあ、優れた働き手5人分のひと月ですから……カピ様がそうだとするならば、5ヵ月ほど働く……ということになるでしょうか」
プリンシア。
「そうだ! あたしは、初めてもらったお駄賃が1クルワだったね。そのときは、なんだかとってもお金持ちになった気がしたわねぇ……懐かしいわぁ」
リュウゾウマル。
「モンスター狩りで儲けるという手もあるでござるなぁ! あのミミックなら10匹ぐらいで……でも、少々レアすぎて、探す方が大変でござるか……。スライムが大量発生したときならば、十万匹ぐらい駆除すれば! 手間賃で貰えるかもしれませんぞ」
ロック。
「おぅ、坊ちゃん。俺の小屋に作業を手伝いに来るかい? 新米職人で、そうだなぁ……一日2,30ぐらいだが、筋が良ければ50クルワだすぜぇ」
彼らの話を聞いたカピ。
「……」
(……そ、そうすると、一万クルワの価値って、ざっと百から二百万円ぐらいか!? どうしよ~、ちょっとカッコつけて、流れで言っちゃったけど……こ、これは僕にはハードルが高すぎるぞ…………年収じゃあなく月で百万! む、無理だぁ…………どうする?)
頭に浮かぶ、リアルなお金の重さに、がっくりとうなだれ考え込む。
「さてさて、カピ様。あと、皆さんもです、よく聞いてください。お金のことも大切ですが、もっと重要な事、最初に言いました最重要事項の会談について……」
「ああああ!」
カピの大声が、執事のセリフを遮る。
何事だろうかと、全員がご主人様を凝視する。
「すっかり忘れてた」
希望に満ちた瞳。
「黒い……黒い箱!」
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