第14話 最初の晩餐


 その部屋にいる、みんなが笑っている。


 強大な力を持つ有力領主たちに囲まれた、小さな領土の新領主として、この異世界に転生してきた名も無き青年。

 彼は英雄マックス伯爵の跡を継ぐ、この館の若い主人カピとして歩き始めていた。


 初日から、恐ろしいモンスターにアバンギャルドカットな髪形を施されたカピ。

 みんなの新しいご主人様は、ちょっと恥ずかしいその髪型を隠すため、メイドのプリンシアが見つけてきてくれた蒼い帽子、つば付きのキャップを被っていた。


 帽子の真ん中には、我が家、カピバラ家の頭文字がバッチリ付いている。


 その輝かしい一文字は「C」でも「K」でもない。


 ひらがなの「か」


 (……これは、非常に……ダサいのでは?)


 と、カピも思った。当然。


 しかし、プリンシアがもう一つの選択肢として、持ってきてくれていたのは……。


 「坊ちゃん、その帽子は嫌なのかい? お手軽にかぶれてイイと思うけどねぇ……。ほいさぁ、じゃあこっちヘルメットもあるけど? やっぱり、これかい! 黄色い頑丈な方が良いかい!」


 プリンシアは、カピとは違う観点、防御力の高さという点から吟味してそう言った。


 どっちにも「か」は、きっちり付いている。

 これは…………迷わせる!


 カピは考え抜いた。険しい選択の道を潜り抜け、たどり着いた答え。


 部屋の中でも、常に安全メットなのは……明らかにおかしい。


 「スミマセン。ぼ、防御力は気にしないので……こちらのキャップを選ばさせていただきます……」



 カピを見て、みんなが笑顔。


 屋敷の一階の食堂に集まった一同は、盛大な夕食会を始めた!




 数十分前、最初に執事ルシフィスがコック長のリュウゾウマルに呼ばれ、この晩餐室に入ってきた。

 あまり、あることではないが、ルシフィスは言葉を失う。


 リュウゾウマルが、リザードマン特有の大口の口角を目一杯上げ、どうだと言わんばかりの得意顔で、コック帽を頭から取り胸に当てて、お辞儀をする。


 「どうぞ、こちらへ執事殿。カピバラ家晩餐会へようこそでござる!」


 数々の料理が、所狭しと並ぶテーブル。その中央に座っていた……この計画の首謀者、主催者のカピが立ち上がって、片手をエレガンスに返し、近くの席を示す。


 「さあ、座って。ルシフィス」


 執事は驚きに包まれながら、指図されるままに主人に促された席に腰を下ろす。

 右から左へ、一流料理人が最高の腕を振るった、間違いなく絶品の豪華な食事を見渡しながら、やっと言葉が出た。


 「ざっと拝見しましたところ。素人のわたくしの推測ではありますが……。コック長? これらの料理の材料には……か・な・り・の高級食材が、多数使用されているのではありませんか」


 さすが執事殿、よく分かっていると、満足げに肯く料理人。


 「さて……、ではどういう、からくりで……そんな食材を用意できるお金、いったい何処から出たのでしょうか」


 コック長は、何やら主人とアイコンタクト。


 「まさか! ツケや借金などと、カピバラ家の評判に傷をつけるような、愚かなことをしてやしないでしょうね?」


 品格をとても重んじる、プライド高い執事ルシフィスの声が強まった。


 カピバラ家唯一の料理人リュウゾウマルも、執事との長年の付き合いから、このような反応が返ってくることは、ある程度予想出来ていたが、今回はさすがに少々の反発心も芽生えた。


 リザードマンの真ん丸目玉の瞳が細まり、執事と同じく強めの声で切り返す。


 「まったく執事殿、そんな堅苦しいことを! 若様の歓迎会ですぞ! そうでござる、たとえ悪魔から金を借りたとしても、何の問題もないと、拙者は言いたいでござる」


 執事の、尖った顎が少し上がり、笑顔で部下たちの、そのやり取りを静かに見守っていた主人カピの方を向く。

 ……ルシフィスの口から次の言葉は出てこない。


 「フハハハッ! まあそう心配召されるな! 今回の軍資金の出どころは……執事殿もとうにご存知でござる」


 「……」


 コック長からそう言われたが、彼には何のことを言っているのか理解できない。


 その反応に、満足したかのような微笑で、リュウゾウマルは答えを言った。


 「この支払は、お宝モンスターの置き土産でござる! そう! ミミックからのドロップ!」


 聡明な執事はやっと思いだした。

 厨房で倒した宝箱型モンスターのミミックが、宝石類を落としたことを。



 「あ~、勝手に使っちゃまずかったかな? ルシフィス」


 謙虚な主人の、確かめのお言葉に対して、深々と頭を下げる執事。


 「いいえ、めっそうもございません。あれは、リュウゾウマルさんが仕留めた訳ですし……。わたくしも、この家の行事を預かる身として……、カピ様に、歓迎の儀を何一つご用意できていなかった己の愚かさを、今、重ねて痛切に感じております」


 カピは、いやいやと軽く首を振って優しく声をかけた。


 「別にさぁ、僕の歓迎会とか、お偉いさんを呼んでのパーティとかは、どうでもいいんだよ。たださぁ、せっかくだから、この家のみんなと……そう、新しい家族と楽しい食事をしたいと思ったんだ」




 ルシフィスは……気付きだした。

 この若い人間の凄さに。


 見た目は、明らかに只の人……いいや、彼から見れば子供。


 (しかし……何か違う。冷静だとか、頭が切れるだとか、知識が豊富だとか……そうではない、もっと特殊な…………上手くつかみきれないが……特殊なスマートさがあるのだ)


 青年の黒い瞳の奥から、秘密を抜き出そうかとでもいうように彼は見つめる。


 (かなり冷静な方だと、自負する自分でさえ……あの厨房の一件では、すっかり周りが見えなくなっていた……)


 カピの瞳は秘密を語ることなく、にっこりと夕食を楽しむ自分の仲間たちを見つめている。


 ルシフィスは、ほんの、ほんの僅か、恐怖を感じた。


 (いったい誰が? 誰があの場で、ついさっき命を落としかけた直後に、『バラバラになりかけている』この家を、まとめる為に必要な夕食会を開くと即断できる? し、しかも、当たり前のように、モンスターがドロップした宝石を資金源として利用する……ですと!?)


 彼は熟練の冒険者などではない、先日まで一介の学生。


 だが執事は確信する。


 (コック長が思いついたのではない。……カピ様だ! すべてあの方が耳打ちしたのだ)



 夕食会は大盛況だった。他愛もない色々な話で盛り上がった。


 英雄マックス御爺さんの豪快な伝説の数々。

 み~んな溜まっていた、執事の毎度毎度の細かな指示や小言への、不満や愚痴をここぞとばかりに吐き出す……そして笑う。

 今は修行の旅に出している、メイドのプリンシアのおてんば娘たちの話。

 スモレニィが一生懸命に、たどたどしくも話してくれた、領内にある温泉や、動物とのエピソード。

 コックとマイスターのややマニアックな刀談義。

 カピバラ家の保有する国宝級アイテムの話。


 みんなで時間を忘れて喋り、笑い合った。


 カピはみんなを見て、また笑顔になる。


 右手に、ハーフエルフの執事ルシフィスが座り、その隣は、頑固職人のロック。

 左手に、ドワーフのメイドの小柄なプリンシアと、大男スモレニィの大食いペア。

 やや離れて、厨房に近い方にリザードマンでサムライ兼コックのリュウゾウマル。


 もしかしたら、このまま、平凡だけれども楽しい日々を過ごしていく。

 ここのみんなで、そんな日常を繰り返して毎日暮らしていくんじゃあないかと、カピは思った。


 誰一人欠けることなく、エンドロールを迎える。

 そんな素敵な日常物語が彼の頭には浮かんだ。



 だが……。

 それは有り得なかった。


 この世界で目覚めた時から、彼はあるものを得る代わりに、大きな代償を払う……決して逃れえぬ宿命が待っているのだ。



 何もせずに何かを得ること……。


 生というものが、大きく、重く、測り知れない価値があり。

 死というものが、その生を与えられた者すべてが、向かい合うべき究極の枷だというのなら……。


 レザレクション、蘇ること……。


 それは許されざること。


 この世界に、その魔法は設定されていない。

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