第8話 拳とダイアモンド


 カピが転生してきたここは幻想世界。

 中世の雰囲気が漂う、剣と魔法の世界。


 そこには、人間以外にも美しい妖精や、恐ろしい化け物、多種多様で魅力的な生き物であふれている。

 黒髪のハーフエルフの執事がいて、赤い瞳の悪魔の魔王がいる。


 そして……ドワーフのメイドもいる!



 メイドのプリンシアは若く美しい。

 間違いない……決して嘘ではない!


 故郷で挙げた彼女の華やかな結婚式の陰では、数多くの男性が涙した。

 生きる希望をなくしてしまった者も、一人二人ではない。


 ただし……もちろんドワーフの男だ。



 カピは考えた。


 (プリンシア……彼女はドワーフのおばさんだ。若い女性だって? ちょっとまて、その若いと断言した執事、彼はなんだ? 彼はハーフエルフ……)


 カピはまだ知らないが、若きハーフエルの執事の年齢は122歳。


 「おいおいおい~!」


 この物語の主人公。青年カピ……やがて英雄になる漢。


 だがこの時ばかりは、あふれ落ちる涙を止めるすべ、何一つ無し!



 屋敷の一階中央の大広間で待っていたのは、ドワーフのおばさんと、どこかフランケンシュタインの怪物を思い起こさせる大男。

 二人は、新しいご主人と執事が階段を降りてくることに気が付き、満面の笑みで迎え入れた。


 メイドのプリンシアが、元気よく声をかけてくる。

 彼女の声は、ちょっとしゃがれていて、頼もしいおばちゃん風。


 「おやまあ! 元気になったのかい! お坊ちゃま! この偏屈エルフが、お坊ちゃまはゆっくり休ませるから、あたしは近づくなって、うるさいんだよ!」


 偏屈エルフとは、執事のルシフィスのことのようだ。


 両手を腰に当て胸を張って彼女は話し続ける。


 「こっちはねぇ、3人も娘を育てたんだ! 机とにらめっこしてる執事なんかより、よっぽど看病の経験があるんだからねぇ!」


 待望のお坊ちゃんとの初対面に嬉しくて、元気いっぱいのメイドとは正反対に、涙目でしおしおと力なく、壁に手を当てうなだれているのは若き主人だった。



 ドワーフメイドの背丈は、せいぜい1メートルほど。

 逆に体の幅は、超がっちり、背ぐらいありそうな感じで、例えるなら、動く筋肉の樽だ。それだからといって、動きは全くギクシャクしていない。

 すべての関節が、柔らかくなめらか、分厚い筋肉が邪魔をすることもなく、ゴムのよう。


 そんな彼女の肉体を包む服装は、おそらく……いや、絶対に特注の服。

 白いエプロンの付いた、ゴシック調の黒いメイド服。


 ヘヤースタイルは赤砂色のごわっとした髪の毛を後ろでまとめて、お団子結びにして、白い波型のカチューシャをつけている。


 体形の事を横に置くとすれば、一般的なイメージ通りのメイド姿だが、決定的に違う点が一か所ある。


 両手にナックルをはめている!


 指の部分がない、赤い皮手袋で……拳の部分がキラキラ光っている。

 女性の大好きな、宝石を飾る位置にしては、あまりにも個性的すぎる!


 肌は、ちょっと日焼けした小麦色。力強い眉に、茶色のつぶらな瞳。

 口の周りを丸く短いひげが覆っている。それはまさに泥棒ヒゲの形。



 カピは『美少女メイド』という、男子の強い希望的固定概念に囚われていたため、その姿を見て、一時、魂の抜け殻状態になってしまったわけだが、彼女は決して醜くはない。


 彼女を見た女子の皆さんなら、きっと口々に言うだろう。


 「プリンシアちゃん、超カワイイ~」と……。



 執事が主人に促すように言った。


 「カピ様? いつまで感動して泣いているんですか。プリンシアさんも、無駄にうるさくはしゃぐのは止めて、そろそろ自己紹介をお願いします」


 まだまだ、自分の嬉しさを喋り足りないメイドは不満げだ。


 「いいじゃないかさ! 待ちに待ったご主人様が、ついにこの屋敷にやって来たってのに、喜んで何が悪いのさ! ねぇええ?」


 そう言って彼女は顔を斜め上にあげ、隣の大男に同意を求めると、男もうんうんっと子供の仕草の様に大きくうなずいた。



 そうして、一拍間をおいて、メイドはカピの正面に体を向けた。


 軽くウインクをして会釈すると、ぼわ~っと両拳が光りだす。

 筋骨隆々の両腕を肘を横に顔の前まで上げて、拳を向かい合わせに揃えて当てる。


 ガツッ! ガツッ! 互いに打ち付ける、キラキラっと星がいくつも飛び……彼女のオーラの波動だろうか? 拳から放たれた波紋のようなエネルギーに、周りの者は心地よい圧を感じた。


 「あたしは、プリンシア! カピバラ家メイド長! 冒険者クラスはストライカーだよっ! よろしくねっお坊ちゃま」


 カピは、まるで格闘家の達人のような、かっこいい挨拶に感動を覚えた!


 彼女の見せた動きだけで、ストライカーというのが拳による打撃に特化した戦士であること、そして、プリンシアの強さと優しさが良く現されていると感じたからだ。


 「すごい! よろしくプリンシア!」


 見慣れているのか、大して興味ないのか……執事が、カピの感動をよそに言う。


 「プリンシアさん、あと……年齢もお聞かせ願います。なぜか、カピ様がさっき気になさっていましたので」


 それを聞いて、なっ何を言い出すんだ! この真っ黒い人は!! とばかりプルプルと首を振るカピ!



 ドワーフのメイドは、子犬の様にカワイイつぶらな瞳をパチパチさせて……。


 「んまあ~いやだよ~まったくぅ~。うら若き乙女に年を聞くなんてぇ……。もう! 照れるねぇ~32歳!」


 少女のような仕草で、上目づかいでカピを見る。


 「でもねぇ~お坊ちゃま……あたしは人妻だよ~……うん?? ドワーフ妻か!」


 そう言うと、ガハハと豪快に笑いながら、バンバンと隣の大男をたたく。


 「あ、そうだ。お坊ちゃま、あたしはいつもこの……」


 そう言いながら、カピによく見えるようにモミジのような両手を見せる。


 「ダイアモンドナックルをはめてるわけじゃないのよ~。今日は、初めましてだから、正装して来たのよ! こう見えて……見ため通り、あたしは、わりとお淑やかなの! それとねぇ……」



 ハーフエルフの執事は、まだまだ永遠に続きそうなドワーフおばさんのおしゃべりを遮るように割って入り、大男の紹介に入る。


 「こちらの彼は、スモレニィさん」


 プリンシアは、ぶぅ~っと頬っぺたを膨らませ、仕方なく口を閉じた。


 名前を呼ばれた大男は、照れたように頭の後ろに、でかいごつごつした手をやりながら挨拶を始めた。


 「お、おらは、ス・モ・レ・ニィだ…で、です。よろしく…だ…お願いします…だ」


 言い終わると、頭が床につきそうなぐらい、深々とお辞儀をした。


 「こ、こちらこそ、カピです。よろしくお願いします」


 そう言ってカピもお辞儀を返した。


 頭を下げ合うその二人の様子は、主人と召使というより、まるでお見合いか、重要な商談をしているようだ。



 人間の大男の体は、真横にいるドワーフと比較すると、さすがに筋肉の見栄えは劣るが、バランスの良い肉付きだ。

 半袖シャツを着て、やや短足に吊りズボンをはいている。足は大きく、ごつい革靴。

 短く刈った焦げ茶色の髪、浅黒い肌。左目辺りに大きな古傷があり、眼窩がつぶれている。残った右目は小さくて表情豊かとはいえないが、時折、少年のような輝きを見せる。


 「カピ様、彼はお分かりのように、頭の方が少々鈍い方なので。たいへん恐縮ですが、何か命じる時は、ゆっくりと簡単な言葉で説明して……」


 執事がすべてを言い終わらないうちに、メイドが口を出す。


 「何言ってんだい! この皮肉屋エルフが! スモちゃんは、全然鈍くなんかないよ、バカにするのもいい加減におしよ!」


 「わたくしは、別に馬鹿になどしてませんが」


 ルシフィスは、平静を保たまま静かに反論をする。


 「カピお坊ちゃま! スモレニィはね、この屋敷にいる使用人の中で、誰よりも一番役に立つ人だよ! 嘘じゃないよ! スモレニィに比べりゃあ、あたしや、そこのうるさい執事なんて、ぜんっぜ~んいなくったっていいお荷物さ!」


 ゴホン! 執事は咳ばらいを一つして言う。


 「一部分を除き、ほぼ同意いたします。彼には、主に力仕事の雑務をはじめ、家畜の世話を担当していただいております」


 ルシフィスは、カピをじっと見て。


 「カピバラ家に現在二頭いる馬が、常にベストコンディションで管理できているのは、全て彼のおかげでございます」


 メイドも畳みかけるように教えてくれる。


 「そうだよ! 動物が大好きなんだよスモちゃんは。美味しいミルクや卵を食べられるのもスモちゃんのおかげ。心が優しいから、きっと通じるんだねぇ。他の誰が面倒見たって、こんな出来になりゃあしないよ!」


 彼女たちの気持ちがカピにも十分伝わってくる。


 (町から新しくやって来た、主人の僕が……もしかすると不必要な使用人を、冷たく切るかもしれないと思っているんだね……)


 カピは愚鈍な大男、スモレニィを黙って見つめた。


 お世辞にも、外見が良いわけでも、頭が切れるわけでもない。彼は象徴のようだ……魅力もない、価値もない、役立たず、社会のお荷物、ゴミ。


 (心が奇麗だって? フフッ、そんなものに価値なんてあったかな?)



 カピは、この異世界に訳も分からず転生してきた。


 (目覚める前のあの世界で……のみ、認められる価値観には……もう意味がない)


 彼は笑顔で言った。


 「じゃあ僕も、早く飲んでみたいね、その新鮮な美味しいミルク」


 「お、おら…たいしたモンじゃないけんど…なんか嬉しい…だ」


 そう言って彼は顔を真っ赤にして照れた。


 愚鈍な大男スモレニィ。

 彼は必要だ、この物語を、カピをラストまで導くために絶対に必要だ。



 執事は、みんなのやり取りを眺め、これで大体二人の紹介は十分済んだと感じた。他に言っておいた方が良いことを忘れていないかと考え、一つ思いつく。


 「そうでした、カピ様。最後に一つ。彼は、この屋敷の者で唯一冒険者ではありません。ユニオンに登録していない人間です。……一応、付け加えておきます」


 「あ、はい。そうですか」


 カピはそう言って、執事の言葉に一度はうなずいてみたものの……少し腑に落ちない。その点を聞いてみることにした。自分は世間知らずのお坊ちゃんなのだから。


 「あのぉ……、さっきから少し気にはなっていたんだけれど。その冒険者って、普通に探検に出かけたりする人の事を……さして……言っているんじゃあないよね……。ユニオン!? って何?」


 何の気なしに尋ねたカピ。


 執事とメイドは顔を見合わせた。


 普段、全くそりの合わない二人が見事に声をそろえて……。


 「なんですって!?」「ありゃまあ!?」


 『冒険者ユニオンを知らない!? ですと!!』


 奇麗にハモった。

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