第7話 美しきメイド……
「ううぅ~ん!」
大きく気持ちの良い伸びをしてカピは目覚めた。
目を開けると、瞳に映るのは元の世界、狭くてぼろい安アパートの一室で寝ていた……なんていう事もなく、昨夜の出来事そのまま、異世界の貴族の寝室だ。
「おお~っ」
と、つい感嘆の声を上げてしまう程、ものすごくスッキリとした清々しい気分で起き上がる。彼は知らないが、一流のヒーラーであるブラックフィンの功績だ。
「100パーセント全回復って感じだなっ」
朝日に照らされる、カピバラ家当主の寝室を改めて見回す。
「すっかり明るい! うわ~広いなぁ、やっぱり」
彼がこの異世界に突然転生してきて、与えられた新たな自分。
この屋敷を所有する新領主『カピ』という役を、早くも違和感なく受け入れ始めていることに気づく間もなく、ウキウキとベッドから飛び降り、さっそく部屋を見て回る。
寝台のすぐ近くにはドアがあり、開けてみるとシャワー室で、浴槽やトイレもある。
「へ~すごい、これ……水洗トイレだ……」
カピは特に神経質で潔癖症という訳ではなかったが、これはとてもありがたかった。
これから先の冒険において、かなりワイルドな環境に身を置かねばならぬ状況が、当然あるとしても、いきなりでは無いというのは。
ふと壁を見て、カピの動きが止まる。
鏡だ。そこに映る自分の姿を見つめる。
「……」
彼の頭に一瞬よぎった考えは、杞憂だった。
「うん、いつもの自分の顔だ……」
身に着けている上品な寝巻が自分の物でないこと以外は、見慣れた容貌だった。
「?」
鏡の掛かった壁のドアに近い部分に、スイッチらしきものがある。
「まさかぁ」
天井を見ると、ランプ。
謎のスイッチを……何がONだかOFFだか分からないが……押してみた。
天井の明かりが灯るわけでもなく、周りを見ても特別変化がない。
「電気なんて……ないよね…………あるの? この世界にも……」
思わず首をひねる。
だが、この調子で、新世界の隅々に一つ一つ驚き、仕組みを突き止めて行ってもキリがない。
電気のことは、あとで軽く尋ねてみようと思い、探索の方も切り上げた。
トイレで事を済ませ、寝室に戻る。
こうして明るい中で部屋をよく見ると、ベッドの反対側に机なども置いてあり、目的が寝床オンリーという部屋ではないようだ。
新しい自分の身分は、執事なんて職業の人も雇っている、貴族のお金持ちということらしいので……。
もしや「お召し物をどうぞ」などと言われながら、多くの召使いに囲まれ、手取り足取り何もかもやってもらえる王様のような生活が始まるのかとも、少し空想したが……。
ベッド横のテーブルに、カピが屋敷へ到着した際に来ていたであろう服が、畳んで置いてあるのを見つけた。
手に取ってみると、薄い黄色系カーキのシャツ、モスグリーン色で厚手のズボン。
彼はさっそく寝巻を脱ぎ、それに着替えることにした。
「……」
両手を広げ、ニューファッションを確かめる。
「……貴族というより…………農夫の子供って感じ。……まあいいか、堅苦しくなくって。それにけっこう動きやすいや」
あとすぐわきに置いてあった靴は軽めの、皮のブーツだった。
ちょうど一揃いの着替えが終わると、タイミングよくドアがノックされ声がした。
「カピ様、執事のルシフィスです。入ってもよろしいでしょうか」
「あ、どうぞ」
「失礼いたします」
ハーフエルフの執事が、優雅さをあふれさせつつドアを開け入ってきた。
彼を描くとすれば、光彩の緑以外は、白と黒で塗ってしまえそうだ。
彼の存在は、昨夜、生まれて初めて目にした異形の姿だったが、こちらも自分の新たな立場同様、もはやカピはごく自然に受け入れている。
執事が軽いお辞儀をして若き主人に挨拶する。
「おはようございます。本日は、家の者達を紹介しますので、主として皆に挨拶をして頂きます」
ニッコリと笑顔を見せながらカピは言う。
「うん、わかった。楽しみだなぁ!」
ルシフィスは、まっすぐ立ちカピを見る。こうして並ぶと、お互いの背丈はほとんど変わらない。
「ところでカピ様、昨夜はよく休めましたでしょうか?」
肯定の意味を込めうなずくカピ。
「一応、御爺様……マックス様の流儀にならいまして、こちらが寝室も兼ねたカピ様のお部屋と、勝手ながらさせていただきましたが……もし何か、別々に部屋を用意して欲しいなど……不満ごとあれば、…………何なりとお申し付けください」
まだ、すべての関係性を知ったわけではなかったが、マックスという前の領主がカピのおじいさんで、その後を継いでこの屋敷の主人になるのだと理解していた。
(かなり偉い人で、執事さんも尊敬しているみたいだけど……まあ僕は僕だし……飾らずにありのままで行こう)
「問題ないよ。おじいさんの考えグッドだね。この部屋だけでも、僕には持て余すぐらい広いよ」
執事は軽く頭を下げて、それではと、これからのことをカピに伺う。
「一階、玄関ホールの大広間に、皆を呼び集めましょうか?」
彼は少し考え答えた。
「……いや、呼ばなくていいよ。みんな仕事もあるだろうし、僕から会いに行く。それにお屋敷の中も一通り見てみたいからね」
「そうですか……はい、分かりました。そのようにしましょう」
カピにすれば、自分から訪れることは普通のことだったが、この世界に色濃く存在する階級社会において、使用人の元へわざわざ主人が挨拶に回るなどと、普通の思考なら考えられないこと。
執事は、その提案を聞いて思った。
(なんだろう……このどこか懐かしい感覚…………そうか……)
カピを見つめる彼の顔に、久しぶりに柔らかな笑顔が浮かんだ。
(フフフ……やはり腐っても鯛……おっと失礼、…………マックス様の孫という事か)
ルシフィスは背を伸ばし、すっと姿勢を正す。
指を綺麗にそろえた右手を胸に当て、左手を後ろで腰に軽くあてると優雅なお辞儀をし、自己紹介を始めた。
「では改めまして、わたくし自身の紹介から。名はルシフィス。種族はハーフエルフでございます」
ちらりとカピを一瞥。
(へぇー、エルフではなく、ハーフエルフなのかぁ)
と、心の中でカピは納得する。
「名家、カピバラ家の執事として、今後はカピ様をお支えしたいと思っております」
そこまで言った後、執事は体を下げ片膝をつくと、深く頭を垂れ言葉を続ける。
「この家ある限り、この命を賭け忠節を尽くすことをお誓いいたします」
執事の大層な挨拶の姿を見て、慌てたカピは口を開く。
「ちょ、ちょっと! そんな、ひざまずかなくてもいいですって!」
そして若干、引いた笑顔になり、両手を胸まで挙げて振る。拒否のジェスチャーをして。
「そ、それに命を? なんて~大げさな……ハハ、ハ」
すっと立ち上がるルシフィス。カピに顔を近づけ肉薄する。
「カピ様! 口から出まかせをと、お思いですか? わたくしごときの命で、この家をお守りできる、その時あれば必ず! 必ずこの命をもって証明してご覧にあげます」
「わっ、わかりました、わかりました。いちおう……メモして覚えとくから」
カピは執事の、あまりの真剣さに驚き、冗談めかせてその場ではそう答えたが……。
(このことは、きちんと覚えておこう)
心にしっかりと刻んだ。
(『家ごとき』で、彼の命を落とさせるなんて、馬鹿な真似はさせられない……)
新たな主人は、ルシフィスの思いを篤く受け止めていた。
これで最初の忠実な部下の挨拶がすんだ。
次へ向かうため二人して部屋を出ると、だんだん性格が見えてきた執事の彼が、思い出したかのように言う。
「カピ様」
名前を呼ぶトーンも少し違う。『さま』の方が上がっている……。
彼の言葉は続く。
「初日なので、わたくしが朝起こしにまいりましたが……。次回からは、このようなつまらないことは、わたくしにではなく、メイドに頼むようにしてくださいね!」
(それ、なんか違う……なんか違うから、全然頼んでないし)
と、カピは思った。
だが!
執事のセリフの最後!
『メイドに頼むよう……』『メイドに』『メイド』が強烈に耳に残ってしまい……。
「メイドさん!?」
などと、思わず大声で口走ってしまった!
それを耳にしたルシフィスは、怪訝そうに。
「そうです……。わたくし、何かおかしなこと言いました? これからカピ様の身の回りのことは、遠慮なく何でもメイドの方にお申し付けください」
「な、ななな、何でも?」
(あっ、もうカピの馬鹿!)
ここからしばし彼は『期待で胸を膨らませすぎモード』に入り込む……。
「なっ何でもって……そそそ、そんな……ま、まあ、……まあメイドさんですからね、べっ別に……別にふつーに、お世話になるだけだし……」
顔を赤らめ、動揺しまくっているカピを、全く理解できぬルシフィス。
「……何をそんなに、喜んでらっしゃるのか、照れてるのか、困ってるのか、まったくもってさっぱりですが?」
「あはははは、べ、べ、別になんでも…………、ち、ちなみに~メイドさんは何人いらっしゃるのでしょうか? 執事さん!」
カピは昨日の夜とはまたぜんぜん違う、ウキウキワクワク感を感じながら楽しい想像を続けていた。
(全く根拠のない予測だけど……フフフ。昨日、窓から眺めた感じの、このお屋敷のサイズだと、最低5人はいるよなあ~、ああ、そうなると全体の使用人の数は何十人にもなるのか? 今日中に挨拶終わるかなぁ)
「一人だけです」
執事は、カピのワクワクをぶった切った。
「財政難なので」
執事は、カピのウキウキに追加ダメージ。
カピは攻撃に少し怯んで、目をパチクリさせる……が。
「そ、そうなの? まあ……いないよりはマシですよ……ね……。では! その紅一点、そうなっては、まさにアイドル的存在のメイドさん! 彼女の、彼女のお名前を!」
こう言って食い下がるカピ。
「もうすぐなので、本人を紹介する時でよいのでは……」
カピの目が訴える、早く教えてと。
呆れる執事は根負けして言った。
「ふぅ、分かりました。……プリンシアさんです」
カピは思わず笑顔ではしゃいでしまう。
「おお! ビンゴ! かわいい名前きたよ~! ねえ、まちがいなく美人でしょ! うん、間違いない! でしょう執事さん?」
彼の、期待感は再び高まる。
もともと、外見の美しさに興味ないハーフエルフの執事。ましてや他種族の事など何をかいわんやであった。
「あいにく、わたくしには美醜をどうこう言えるセンス、そのようなものを持ち合わせていませんので」
「……」
またまた、どうか教えてくれという主人からの無言の圧力。
「……まあ、しかし、彼女曰く、故郷ではとても美人で有名だったそうです」
口元を緩ませる笑い、しかしグッとカピはこらえる。
(分かっている! カピ様に抜かりはない)
「もしや、昔は……っていう、枕詞が付くなんてことは、よもやないでしょうな? 執事殿?」
カピのこのテンションに、一鳴りとも共鳴できず、ついて行けないルシフィス。
半ば投げやりの声で最後の言葉を告げた。
「現在、大変お若く、美しい女性です」
(よ~し! 不安要素はすべて排除した~)
カピは小さいが、とても力強くガッツポーズをした。
一階への階段を降り、玄関へつながる吹き抜けホールの大広間へ、カピと執事はたどり着いた。
そこには、メイドと大男の使用人がおとなしく二人で並んで待っていた。
遠目で見たカピは驚く。
「わぁ」
二人の背の格差が三倍ほども違う!
メイドは小さく可愛らしい。
(男の人は……巨人族か!?)
カピは両目を何度かパチパチする。
(いや……違うぞ…………)
混乱する脳をいさめながらも、今一度よく見る。
男の背丈が大きいことは、違いないが……メイドの背が……低い……。
(あれ? メイドじゃあなく……誰かの子供かな……)
歩みによって少しづつ近づく、距離が狭まっている。
(いやいやいや、違う! そうじゃない……)
ダブルナックルが、カピの期待感を粉々に打ち砕く!!
目が点になる。
そんな顔みたことないというのならば、よく見るがいい! それがいま彼の顔。
メイドは、ドワーフのおばさんだった。ひげ面の。
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