第9話 冒険者ユニオン


 非常にまずいことになった。


 青年がこの新世界に転生して、奇妙にキュートな名前『カピバラ家』の新領主という、突然あてられた役を、そつなくこなせそうだと楽観視し始めていた矢先……早くもピンチが訪れた。


 青年カピは、いぶかしげに鋭い眼差しを向けてくる、召使いの面々を前にして言葉に詰まる。


 彼は、彼らに「ユニオンとは? 何のことなのか」と問うた。


 この『冒険者ユニオン』と言われる、ナニモノかは……彼らの反応を見るに、この世界の常識らしい。

 そのことを知らないというのは、「空気って何? 生きるために必要なモノなの?」と聞いてしまったぐらい、ヘンテコな質問だったようだ。


 異世界の青年は焦った。


 (うっ……、自分自身で、全く原因が分かっていない、この世界に突然やって来た成り行きを……ややこしく、絶対に信用されようもない成り行きを、暴露し説明しなきゃならない破目になった……)


 ハーフエルフの美しい執事の……聡明な判事のような碧の目。ドワーフの小さくも逞しいストライカーの……何もかも破壊しそうな光る拳。そして……怪物のような大男。


 カピは背中に汗を感じながら彼らを見る。


 (まずい……ダメだ。そんな話をしても、気の狂った貴族の跡取りとして……どこかに……そうだ……屋敷の地下室かなんかに……、秘密裏に幽閉されかねない…………)



 「い、いやだなぁ~もう~。冒険者……ユニ、オンでしょ? しっ知ってるよ~」


 彼は頭をフル回転させる。

 まだ完ぺきに蘇ったとは言えぬ脳に蓄えてある、ファンタジー世界の知識をありったけ引っ張り出し、今までの会話と照らし合わせた。


 (何かの共同体か? 一般的な社会なら、まず浮かぶものとして……地域における公共組織、または宗教組織か…………でも少し違う気がする)


 カピはひらめいた。


 (あっ、そうだよっ。ゲームでは、よく職業ギルドなんかがあったり……あと……! 冒険者ハンターや賞金稼ぎの組織、ランクやお金のやり取りを管理する組織が存在する! きっとそれだ!)


 「あれでしょ~う? 冒険者登録して、こう~ねぇ…………職? クラスってのを決める所でしょ? も、もちろんご存知ですよ~。…………ま、まあ、詳しくは、そう! 詳しくはないので、もうちょっと教えてもらおうかなぁ~なんて思って、質問しただけだよ~」


 視線をそらしながら、ひゅ~ひゅ~と苦手な口笛を吹いたりしている、おちゃめなご主人。



 「……」


 カピにとって恐ろしい間が一瞬空いて……。


 「そうよねぇ~! カピお坊ちゃまは、王都の学生さんだったそうだし。あまり興味ないわよね……」


 そう言う笑顔のドワーフ。

 メイドのプリンシアはすっかり得心した様子。


 「おらも…よく知らないだ…よ」


 大男の使用人スモレニィも同調する。


 「……なるほど、言われてみれば。プリンシアさんの言われる通りですね……」


 そう執事が口を開き話し出す。


 「あなたの意見に賛同することがあるなんて珍しいですが……」


 そのいらぬ一言に、ムッとするメイドを気にせず続けるルシフィス。


 「カピ様は、本来なら学問の道を進もうかという御人。優れた研究者、学者には、世の中の事に一切関心を持たない、その道一筋の超一流の人物も多くいらっしゃいますからね」


 一人うなずきながら、納得のハーフエルフ。



 この世界の人間ではない! と疑われてしまうと思ったのは、カピの過ぎた心配に終わった。

 このピンチ、あっさりと事なきを得たのだ。


 彼らはその後、知識のない愚かさを責めるような上から目線ではなく、よもやま話を交えながら『冒険者』について入門編の理解をカピに促してくれた。



 ーー『冒険者』とは


 『ユニオン』に登録することで、初めてなることのできる者。

 間違ってはいけないのは、名乗ることのできる……ではなく、成ることのできるである。


 登録するために特別な資格は存在しないが、『エンゼル』と呼ばれる管理者に、ユニオン施設で適正チェックを受け、合格しなければならない。

 審査と登録にはお金が必要。噂では不適正でも、巨額の登録料を払い込めば合格できるという話がある。


 晴れて、冒険者になると、魔法やスキルが使用可能になる。

 ユニオンが何らかの方法で封印を解き、眠った能力が開花するのだと言われている。


 逆に言えば、冒険者にならなければどんなに才能があろうとも、魔法もスキルも決して使えない。


 そして冒険者は、4つの基本職から好きなクラスを選択する。

 ユニオンから能力にあったお勧めのクラスは提示されるが、どう選択するかは個人の自由である。


 その後は、各々の特性や、修行、経験を経て、様々な上位クラス、ユニークな派生職に就くことができるようにもなる。

 ただこれは厳しい道のりで、成した冒険者の数も少ないので詳細は分かっていない。




 カピは冒険者の基本を学んだ。が、すぐに大きな疑問を持つ。


 (それで…………自分は冒険者なのだろうか?)


 ユニオンと呼ばれる所に行った記憶も、何か登録した記憶も、そのようなもの全く思い当たらない。

 魔法はもちろん、スキルなんて言うものも、使えそうな感覚は今のところゼロだ。


 (きっと、まだ何のクラスにも就いていないんだ……とどのつまり……無職……)


 「はあぁ~」


 カピは深いため息を一つついた。


 前世界での、多くの若者が、ふと抱く将来の不安、それが懐かしくも胸をよぎり、口から息となって漏れた。


 落ち込んでいるカピを目に留めて、執事は話し出す。


 「かく言うわたくしも、もはや冒険者としての活動には興味ありません。当たり前ですが、別に冒険者でなくとも、素晴らしい人たちはたくさんいます。冒険者なんて所詮は、そんな方々に支えられている存在にすぎないとも言えます」


 ルシフィスは、大男の人間を見て続ける。


 「先ほどもお話ししたように、こちらのスモレニィさんには、とても良い仕事をいつもして頂いています。ユニオン加入者かどうかなんて、その人の本当の価値とは無縁なのです」


 執事の温かいフォローを耳にしつつ、カピはこの異世界の心地よさを感じていた。


 もちろん、世界全体ではなく、先代の領主マックス伯から受け継がれた、このカピバラ家独特の、この場だけのものかもしれない。


 それでもカピはこう思った。


 (なんかイイじゃない! もっと自由に、この世界を楽しんでみよう!)



 執事の大きな瞳が、やや半開きに……主人を見つめ口を開く。


 「しかし、しかしですよカピ様…………。あなたは、この栄誉あるカピバラ家のトップ。その、その至高の地位にお座りになられるお方が……冒険者ユニオンを良く知らないなんて!」


 手を額に添え上を向きながら嘆くルシフィス。


 「お勉強もいいけど、お坊ちゃま。あたしんとこの、おてんば達なんてね! オムツが外れるころにはもう『ユニオンに連れてけ~! 連れてけ~ママ』ってのが、口癖でしたよ! ガハハハッ~」


 そう言いながら、大笑いのメイド。


 執事ルシフィスの語りは、ミュージカルのような大げさな身振りと共に続く。


 「あなた様の御爺様、マックス様は! 真に最強の勇者! おお! 思い出します、素晴らしき勇壮を……。マックス様のクラスは、戦士系頂点、最上級のヒーロー! ああ~ぁ、それに比べ……カピ様は……」


 最後に、両手を掌を上に肩まで掲げ、首を振り深い深いため息をついた。


 (お~い、これ見よがしにガッカリ感を出すな~、さっきまでの慰めはなんだ~!)



 カピの悲しき心の叫びを聞くことは無く、執事はさっそく歩き出し、次の使用人がいる場所へ向かう。


 メイドたちの笑顔を背に、あとを追いかけるカピ。


 道中の廊下で、カピは思いつく。


 「ところで……、執……」


 と言いかけたところで、カピは言いかえる。


 「ところで、ルシフィスは…………何のクラスなの?」


 前を行く執事の表情は見えない。彼は即答した。


 「わたくしの職業は執事。カピバラ家執事です」


 「そうじゃあ、なくって!」



 「冒険者クラスは…………内緒です」


 そのまま振り返ることなく、なお一層の速足で角を曲がっていった。

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