第84話 最終日 苦境の乱入者
段差に乗り超えるときのように機体が左右に傾いだ。
風切り音が変わる。
「くおっ」
とっさに左足をひねって姿勢を整える。機首を下げて一旦雲海近くまで降下した。
何かがはためくような音が左後ろ、ウイングからして、震電の挙動が乱れる。まっすぐ飛ぼうにもハンドルを取られるように、左に機体がぶれる。
ウイングに被弾したのか?と思ったが。だが被弾した時独特の、機体を貫くような振動はしなかった。推進音もおかしなところは無い。
「なんなんだ?」
なんて考えてる場合じゃなかった。
正面に回った2機からまたもや連続して発砲煙が上がる。トラブルの内容把握は後でいい。今は避けなくては。
ガタつく機動を抑え込み、右手のブレードをシールドを切り替えて防御を固める。一発が震電をかすめ、もう一発がシールドをそのまま突き抜けた。
布がぶつかるような音がして、視界が白くなった。
「なんだ!?」
これは布だ。白い布がはためいてキャノピーを遮っている。レバーを操作して右手を体の横に伸ばす。
「これは……ネットか?」
細い紐で編まれたネットが腕の装甲に絡みつき、網の端から袋のような白い布がつけられていた。布が風をはらんで音を立てている。
これと同じようなものが左のウイングにもついているのか。
これは……片方だけの空気抵抗を増やされたんだ。さっきから不自然に震電ブレるのはこれが原因か。
視界の端に、左のウイングに絡んではためく白い布が見えた。
レースでは空力が車の性能に大きく影響する。街中のスポーツカーのつけているウイングは見た目で実際の役割は余り果たさない飾りだが、実際のレースカーのウイングは空力を制御するためもので、飾りじゃない。
高速領域は空力の与える影響は大きい。それはレーサーなら身をもって知っている。
『ほぉ……その挙動を見る限り効果はあるようですね。流石だ』
「なんだと?」
『あの方の発想はいつも我々の理解を超える。
小さな動きで攻撃をかわして突撃する貴方を捕らえるための武器です。この弾は射出してしばらくすると広がるように設計されているんですよ。しかも実弾ですからね、震電のシールドでは止められない』
あの方……こいつは誰かの意向で動いているんだろうが。雇い主ってのは技師か何かなんだろうか。
『あなたのために作った武器ですよ。
「わざわざ説明ありがとな」
コミュニケーター越しにも伝わってくる勝ち誇った感じが非常にむかつく。
しかし、布を風にはらませて空力バランスを狂わせるとは。敵ながらうまいことを考えやがるな。恐ろしく単純な発想だが、効果的だ。
『あなたの震電の生命線は機動力だ。
それを封じられては減らず口ももう叩けないんじゃないですか』
左右にがたつく機体を抑え込んで飛ぶのは普段の倍神経を使うが、それ以上に、姿勢制御をしている左足にも負担がかかる。
このままじゃ姿勢制御をしている左足が持たない。
動きが悪くなったところで機体を壊せてもよし、持久戦で粘っても乗り手の体力を削れればそれはそれでいい、という武器か。
乗り手に負荷がかかる分、グラヴィティカノンより性質が悪いぞ。
『降伏するなら早いうちがいいですよ。
今なら特別です。奴隷ではなく、猟犬として飼ってあげましょう』
「断る!」
『相変わらずですね。
寂しいというならフェルも連れてきてあげてもいい』
「地獄に行け!ゲス野郎!」
『諦めなさい。それにあなたが此処で意地を張る義理はないはずだ。誰もあなたを責めはしませんよ』
「勝負を投げる奴に勝利の女神は微笑まねぇんだよ」
『この状況で逆転を考えるとは、楽観的を通り越してバカですね
まあ足掻いてくれた方が捕まえた時の楽しみも増えるというものです』
2機が
普段ならこれ幸いと、シールドを構えて切り込むところだが。あの武器は有効射程がかなり短いっぽい。実弾の上に弾が広がるんだから当然なんだが。
この状況で2機相手に切り込みはさすがに無謀すぎる。
コースを変えて距離を取ると、一機がブレードを構えてスピードを上げてきた。
「調子に乗るな、この野郎!」
1機ならば……こっちもブレードを構えてアクセルを踏む。
が、スピードが上がれば上がるほど左右へのブレが大きくなる。オフロードを全力でかっ飛ばしているかのようだ。
「くそが!」
機動が安定しない状態でラインが交錯する接近戦は自殺行為だ。極端な話、あいつらは一機落とされてもほかの機体がいる。だが俺は孤立無援だ。相打ちは負けと同じだ。
機動を変えて一気に急上昇させる。
「アクーラ!応答してくれ!」
コミュニケーターに呼びかけるが。相変わらず応答がない。
ネットが外れてくれないかと思うが、それも期待薄だ。
ただ飛ばすだけで左右に震電ががたついて、それを抑え込むだけで一苦労だが、しかし足を止めるわけにはいかない。
逃げようにも、いつの間にか
震電がベストコンディションなら二機相手でも突っ切れるかもしれないが、この状態では……
『相変わらずわからない人だ。なぜそこまでするんです?
アクーラが沈んでもあなたの友人が死ぬわけでもない。胸を痛める必要はないでしょう』
ホルストの声が響く。
『降伏すれば生きていられますよ。死ぬのは嫌でしょう?』
「……で、お前に土下座して生き延びて。アクーラが落ちるのを眺めるのか? 」
レーサー稼業をやってれば死を意識したことは何度もある。
どれだけ安全技術が発展しても、それとこれとは別だ。背筋が凍るようなあの感覚は何度味わっても慣れることはない。
死ぬのが怖くないわけじゃない。フェルを置き去りにするのは嫌だ。
だが。譲れないプライドってもんもあるのだ。
「……そんなのはお断りだ」
コミュニケーター越しにため息が聞こえた。
『強情も此処まで行くと立派なものですね。
まあ、拿捕されてから精々……』
≪……なかなかいいことを言うじゃないですか≫
突然コミュニケーターにもう一つの声が割り込んできた
≪しかし、いつまでたってもこないと思ったら≫
『誰です?』
≪私を放ってこんなところで遊んでいるとは、まったく≫
……システィーナ。厄介なところで、面倒な奴が。
〇設定資料
騎士・
建造者・不明
商人海賊、ホルスト・バーグマンの専用機。名前の通り灰色に塗装されている。
機体の身長位に縦長の装甲板を、左右の肩に二枚づつとりつけている。
イメージ的にはクシャ○リア。
この装甲は防御のためではなく、光学迷彩装置であり稼働するとエーテルを機体周辺に展開し、周囲の景色に溶け込むようにして姿を隠すことができる。
連続使用には限界がある、被弾して装甲を失うとステルスが不完全になる(一部の姿が見えてしまう)等の欠点もあるが、高速機動、かつレーダーやロックオン機構のない有視界での戦闘が主流の騎士の戦闘では効果的な兵装。
ただし、搭乗者であるホルストの操縦の技術がそこまで高くないため本来の性能を発揮できていない側面がある。
武装は連射重視のガトリングカノンとエーテルシールド。
ガトリングカノンは武器専用のコアを搭載しているため高火力の弾丸を連射できる。
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