第85話 最終日 彼女の流儀・上

『システィーナ?なるほど』


 非常に不味い展開だ。

 ただでさえ数で負けていて、しかも灰の亡霊ブラウガイストを抑えなきゃいけないのに、ここでシスティーナのラサが加わったら。


『……システィーナですか。参加しているとは聞いていましたが』


 ≪ああ、何をしているかと思えば。ホルストですか……≫


『丁度いい。手伝いなさい。

 あなたの御執心のディートレアですよ。仕留めるチャンスだ』


 ≪ふむ……≫


 興味なさげな声がコミュニケーターから聞こえる。


『どうしたんですか』


 ≪どうしたもこうしたも……呆れているんですよ≫


『はあ?』


 ≪まったくあなたたちはいい度胸をしていますね、感心しますよ≫


 言葉と同時に、唐突にラサがカノンを海賊の騎士達に撃ちかけた。


「え?」


 完全な不意打ちだったんだろう。光弾に追い散らされるように、騎士たちがバラバラに散った。


『何のつもりですか!?』


 ≪分かってない阿呆ですね。戦いは対等でなくてはつまらないのです。

 それを、多数で囲んで嬲るなどという無粋に私を巻き込もうとは≫


『我々を裏切るのですか?』


 さすがにこの行動は予想外だったらしい。ホルストの声にもちょっと動揺っぽいのが混ざっている


 ≪私もあなたも海賊ではありますが共通点はそれだけでしょう。

 あなた方とは仲間でもありませんし、行動を共にしてもいませんし、部下でもありませんが?≫


『なっ?』


 ≪裏切るとは心外ですよ≫


 何をバカなことを言ってるんだ、って口調でシスティーナが言う。

 前にも思ったんだが、あんまりこいつは海賊っぽくない。一匹狼の騎士の乗り手の方が似合ってるな。


『……正気ですか?』


 ≪勿論ですよ。

 そして、私は私の楽しみの邪魔をするものは許しません≫


 ラサのカノンから再び光弾が撃ちだされて、飛行船の気嚢に立て続けに突き刺さった。

 気嚢の一部が爆発し被膜から火の手があがる。飛行船が傾いた。


 ≪ディートと遊ぶのは無粋な邪魔者を全員片づけてからにしますよ≫


『この!イカレ女が!殺しなさい!』


 ホルストの号令で、海賊の騎士達がカノンを撃ちかけた。

 何発もの光弾が空を切り裂き、狙われたラサが鮮やかに左右に切り返して飛ぶ。光弾がラサを追うように飛ぶが、ことごとく空を切る。まったく速さについて行けてない。


 ラサがカノンを撃ち返すと、海賊の騎士達の軌道が乱れる。あのスピードで飛びながら狙いは的確だ。

 震電と違ってラサはカノンを使っての中距離戦が主体だ。俺のように無理に突撃する必要はない。

 そして、距離を開けて同種の武器での撃ち合いをするなら、動きが早い方が有利に決まってる。


 二隻目の飛行船にラサが一気に迫る。

 慌てたように飛行船の両舷の大砲が火を噴いた。砲煙が煙幕のように広がる。が、砲撃を予測したんだろう。降下してかわしているのが見えた。


 煙を蹴散らすように急上昇したラサから、二隻目の飛行船にカノンの光弾が撃ちこまれた。

 気嚢から真っ黒い煙と赤い火が吹き上がり、その炎の中をラサが駆け抜ける。

 あっという間に二隻の飛行船がほぼ行動不能になった。こいつはなんてソロモンの悪夢ですか


「なんだこいつ……」


 見ていると、ラサがくると反転して、追う騎士に対して赤い光弾を放った。ボムカノンの方だ。

 完璧なタイミングで巨大な火球が膨れ上がり、追ってきた海賊の騎士が避けることもできず火球の中に突っ込む。

 騎士の四肢が吹き飛び、装甲の間から火を噴きながら騎士が雲間に消えていった。


 一撃必殺とは……シャレにならん威力だぞ、あれ。

 知らぬが仏。あんな大火力と知っていれば前に戦ったときあそこまで大胆な戦い方はできなかった。


 しかし、こうしてみると……桁外れの強さだ。対峙した時は夢中で戦ってるだけだが、はたから見るとその凄みがよく分かる。

 おそらく震電で戦うならスカーレットよりラサの方が相性が悪いだろうが、そういう問題じゃない。もう一度やったら勝てる気がしない。中距離から完封されるのが目に見えている。

 戦いを楽しむような行動をしなければ俺じゃとても歯が立たないな。


 ≪ディート、ぼけっと見ていないでさっさと手伝いなさい≫


「手伝うって……」


 ≪せっかくお膳立てをしてあるのに何をグズグズしているのですか≫


 そう言ってカノンで火を噴く飛行船を刺す。


「まさか……あの炎の中に飛び込めってことか?」


 ≪何を恐れているのです。そのまま不自由な状態で戦う気ですか?死にますよ?≫


「だがな……」


 ≪それとも、まさか私が戦ってるのをのんびり見物しているつもりじゃないでしょうね?≫


 さすがに炎の中を突っ切るのはかなり怖い。

 震電には火薬とかは載せていないが、飛行船には大砲用の火薬が積んである。それが爆発したらさすがに耐えられない。


 ≪肉を切らせて骨を断つ、でしょう。腹をくくりなさい≫


 まさか異世界人から日本のことわざで説教されるとは。

 だが、確かにこのままでいるわけにはいかないのも事実だ。

 まあこのまま放っておけばシスティーナが全部片付けてくれそうではあるんだが。曲がりなりにも俺の為に戦ってくれてるところで、高見の見物は気が引ける。


「ちっ、やったるわぁ!」


 震電を火を噴く気嚢に向けてアクセルを踏んだ。茶色の巨大な気嚢と、その気嚢を焼く火の手が一気に迫る。

 目をつぶりたくなるが、我慢して息を止めた。


 茶色の気嚢の裂け目に突っ込むと、視界が火の赤と黒の煙に染まる。飛行船の気嚢の細い金属の骨組みが震電にあたって音を立て、振動が伝わってきた。

 火の中を飛ぶのは背筋が冷えたが、熱は感じない。キャノピーと装甲があるんだから当然か。


 バキバキという金属音と何かが焼ける音、長く感じた数秒の後、視界が青に戻った。

 気嚢を抜けた。

 キャノピーをの割れ目を埋めたパテが少し解けたらしく、にじんだようになっている。

 左に重りをつけられたようなガタつく挙動が消える。


 ≪とれたようですね≫


 袋のように風をはらんでいた布が一部焼けて抵抗がなくなったんだろうか、絡んでいた網が切れたのか。まだ風切音がおかしいが挙動はいつも通りに戻った。

 翼についていた布が黒い墨になって散っていくのが見えた。ぶっつけ本番の無茶だったがうまく行ったか。


 ≪具合はどうです?≫


「なんとか行けそうだ」


 ≪結構。では片付けましょうか≫


「おうよ!」


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