第82話 最終日 砲撃艦

『その通り。お分かりですか?あなたはあくまで第二目標ですよ』


 ……狙いは俺じゃなかった。アクーラだ。


 カノンは原理はよくわからないが、ビームとかレーザーのような光学兵器に近いものらしい。

 騎士が使うものは、高機動で飛ぶ騎士同士での打ち合いに使うから、狙い撃ちできる、いわゆる有効射程はそこまで長くない。

 それに、距離が離れれば威力も落ちる。


 だが、ただカノンの光弾自体はかなり遠くまで届く。

 そして、騎士に装備されたものよりはるかに大口径のあれならば。そして、的が大きければ。

 大口径のカノンでこの距離から狙い撃ちもできるかもしれない。


 補給と修理の拠点であるアクーラを落とされれば、騎士団の遠征にはおそらく多大な支障が出る。

 普段はアクーラは騎士団の飛行船に厳重に守られているだろうが。メイロードラップの時はガードが薄くなる。

 特に、今回のように、俺のようなダンラスがいて護衛の飛行船が先行してしまうときは。


『砲撃しなさい!』


「させるか」


 近づこうとしたが海賊の騎士がラインをふさいできた。

 厄介なことに二機とも灰の亡霊ブラウガイストと同じ、ガトリングカノンを装備している。


 1機分でも大変なのに、2機から撃荒れると、文字通りの弾幕だ。流石にかわし切れない

 しかも、狙い打って落としに来ている、というよりスペースを空けて、俺を飛行船い近づけさせない動きだ。


「アクーラ!砲撃が来る!」


 言ってどうなる門でもないかもしれない。だが、せめて警告だけでも、と思ったが。

 コミュニケータからまったく応答がない。通信範囲外ではないはずなのに、なぜだ。


「応答しろ!」


『ははっ、無駄ですよ』


 あざ笑うかのような声が聞こえた。

 コミュニケーター越しにでも、勝ち誇った感じが伝わってくる。


「何か……しやがったのか?」


『さっき飛行船を落とした時に置いてきたんですよ。

 回線妨害装置ラインジャマー、というものだそうですが』


 そんなもんまで作っているのか。

 灰の亡霊ブラウガイストのステルス、槍騎兵ランツィラーのパイルバンカー、ステルス飛行船、そして回線妨害装置ラインジャマー

 どれも、とてもじゃないが、海賊が作れるものとは思えない。一体なんなんだ。


『さあ、では。特等席で見物しなさい、騎士団の肺に刃が突き刺さる瞬間をね』


「てめぇ!」


 砲撃用の飛行船がわずかに機首の方向を変える。

 あれの砲撃を受けたら……アクーラには100人近くは乗り込んでいたはずだ。

 救命ボートなんてものは無い。撃墜されれば……間違いなく全員死ぬ。


「撃たせるか!」


『なっ!!』


 左右から近づくのは騎士と飛行船が邪魔していて無理だが。前からならどうだ。

 アクセル全開で旋回して、前に回り込む。撃つ前に止められるか。


『砲撃やめ!やめなさい!』


 慌てた声がコミュニケーターからから響く。

 左手のカノンを構えたその時、砲口の中に光が瞬いた。ヤバい。

 左右のブレードとカノンをシールドに切り替えて震電を上昇させる。


 同時に目の前に光がはじけた。



 ……レースでスピンしたところで横っ腹に後続車が突っ込んできたときがある。

 轟音と体がばらばらになるかと思うほどの衝撃、360度回る視界。車ごと地面にたたきつけられたところは覚えていない。あの時だけはさすがに死が見えた。


 その時を超える一撃。頭が振り回され、口の中に血の味が広がる。あの時と同じように目の前が真っ暗になった。


『なんというバカだ!信じられない!』


 最後に、誰かの声が聞こえた。


『なんてことだ、捕らえろという……』



 ---



 ……


 温かい吐息が顔にかかって、唇からやわらかい感触が離れた。

 額が触れそうなほど近い所にフェルのいつも通りのすました顔。頬がちょっと赤く染まっているのは酒のせい、では多分ないな。


 機械油亭の俺の部屋。背中には洗い立ての白いシーツとちょっと硬いベッド。

 あおむけになった俺に覆いかぶさるようにフェルが体を寄せてきていて、その向こうには天井からつりさげられたがランプが見えた。


 滑らかな肌が触れ合うのが心地いい。ちょっと体温が低いフェルのひんやりした体が酒とかいろんなもので火照った体を冷やしてくれる。

 四つん這いみたいな姿で俺を見下ろすフェルの銀色の瞳がちょっと険しかった。

 耳が寄るようにピンと立っている。怒ったときの仕草だ。


「上の空……」


「……あ、いや」


 明日の仕事のことを考えていたんだが、どうやらバレたらしい。

 ちょっと怒った顔でフェルがもう一度顔を寄せてくる。逃げようにも、俺はあおむけで上にのしかかられているから逃げようがない。


 下唇にキスされた、柔らかい感触が下唇を包むが……やばい、これは。

 このあとに何が起きるか分かって身をよじろうとしたが……遅かった。


 精霊人独特なのか、フェルのものがそうなのか他とキスしたことがないから分からないが、ちょっととがったフェルの犬歯が唇に刺さった。


「いってぇ」


 針で刺されたような痛みが敏感な唇から脳天に突き抜けた。

 怒るとこれをフェルはよくやってくるのだが、甘噛みくらいならともかく、本気で噛まれるとこれが本当に痛い。


「お前な……」


 いくらなんでも、と抗議しようと思ったが……悲しそうな、というか寂しそうなというか、そんな目で見つめているフェルを見ると何も言えなくなった。


「……あたしのことを見てよ……ダイト」


 そう言って、俺にのしかかるように肩に顔を埋めてきた。ぴったりと肌と肌が触れ合う。

 さっきより体温が下がってる気がする。


「……二人きりで居るんだよ?」


「ああ……」


 保守的な社会、というか地球でも歴史的にはそうだったらしいが。同性愛に対するフローレンスの住人の目はかなり控えめに言っても温かくない。


 俺は男だが見た目は女ということで、無意味なトラブルを避けるために公共の場所ではベタベタしない、という約束をしてある。

 代わりに二人きりになる時間は普段の澄ましたというかクールな印象はどこへやら、という感じで甘えられるんだが。


「……一人にしないでよ」


 涙でちょっと湿った頬とさらさらした短い銀髪が俺の頬に触れる。泣いているような、震える声が耳元で聞こえた。

 2人きりの時間は、俺が思う以上にフェルにとっては貴重で大事なんだろう。


「……御免な」


 黙ってフェルが俺の首に手を回してくる。俺もしなやかな体を抱き寄せた。


 そうだっけ。約束したんだった。



 一人にはしない、と。




〇設定資料


 飛行船・一角獣アインホルン


 建造者・不明


 小型の砲撃用飛行船。通常の飛行船と比べて一回り小さい。


 通常の飛行船は大砲を両舷に備えているが(ただし、騎士に対してはほとんど当たらないため申し訳程度の威嚇の色合いが強い)それらを排し、船体に専用のエーテル炉と大口径のカノンを装備している。

 長い砲身を船体に縦に通し、機首から砲撃を行う。

 騎士に搭載されたカノンと比べ威力はかなり高く、通常の貨物船程度であれば胴体を貫通するほどの威力がある。


 エーテル炉を使用した砲撃艦自体は技術的には実用可能で、フローレンスでも建造できるが、エーテル炉の製造コストが高いこと、騎士団は海賊討伐を主任務としており、大口径大火力の砲撃専用艦の需要が高くないこともあり、実際は建造されていない。



 なお、本作中世界では飛行船同士の砲撃戦は通常は発生しない。

 これは至近距離から大砲の打ち合いを行うと、高確率で共倒れになるためである。


 飛行船同士が近接した場合は、お互いに牽制し合いつつ離脱するか、上を取る等として相手の飛行船に乗り込みをかけることになる。



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