第81話 最終日 陥穽

 ≪ディートさん‼どうするつもりですか?≫


 コミュニケーターから騎士団員の声が聞こえた。


「あの機体は灰の亡霊ブラウガイスト。この間の討伐で取り逃がしたホルスト・バーグマンだ」


 ≪なんですって?≫


 驚いた声が返ってくる。

 知らないのか、と思ったが。あいつと直接交戦したのは俺とトリスタン公だけだから知らないのも無理はないかもしれない。


「あいつは俺をご指名だ。俺が相手する」


 ≪……了解しました≫


「一人で正々堂々と挑む、なんてタイプじゃない。周りに注意してくれ!」


 周りは大きめの雲が点在しているだけで、見晴らしは割といい。

 今のところ機影も飛行船の姿もないが……一人で来るタマじゃないし、こいつを搭載した飛行船は必ずいるはずだ。


『まったく随分な言われようじゃないですか』


 コミュニケーターからホルストの声が聞こえる。コミュニケーターに割り込まれたか。

 さっきの耳障りなハウリング、何だと思ったが。どういう仕組みかはわからないが、多分あれが回線ジャックのようなものなんだろう。


「なにか間違ったこと言ったか?」


 高く上空に飛び上がった灰の亡霊の姿が見える。まだステルスは展開してない。なめてんのか?


『私は当然の策を巡らせているだけですよ』


「ああ、そうかい」


 ≪全機、周辺への警戒を怠るな!援護を要請しろ≫


 騎士団員の声が聞こえて、アクーラから出撃したレナスが散開していく。


 昨日までアクーラの周囲を固めていた飛行船の多くはすでにコースの方向に行ってしまっているし、さっき一隻沈められた。

 だが、それでもまだ何隻もの飛行船とそれに搭載されたレナスが周りにいる。海賊が来たところで、多少の数では切り崩せない。


 正直言って、ホルスト自身が出てくるとはかなり意外だった。こういう後ろで策を巡らすタイプの奴が表に出てくるとは。仕留める絶好の機会だ。

 どうせ今後もろくでもないたくらみを巡らすだろうし、マリクの話を聞く限り今後も俺を狙ってきそうだからな。


「今度こそ沈めてやる!」


『そうはいきませんよ』


 キャノピーのヒビを埋めた白いラインは邪魔ではあるが、灰の亡霊ブラウガイスト一機を追う分にはさほど支障はない。


 灰の亡霊ブラウガイストが下がりながら右手のガトリングカノンを撃ってくる。

 槍のように長かった前のバージョンより銃身が短い。取り回し重視にしたらしいな。


『あなたの忠告通りですよ、ディートさん』


「お役に立てて光栄だ。3度目は無いようにしてやる」


 ステルスを時々展開しながら、逃げるように撃ってくる。前戦った時のようにステルスを展開したまま撃ってくるわけじゃない。

 自分からわざわざ突っかかってきたのに、かなり消極的な戦い方だ。


 ……というよりあからさまに誘ってやがるな。

 さっきまでは周りにレナスや騎士団の飛行船がいたが、見えなくなってしまった。アクーラの巨大な姿も雲の向うだ。


 周りに誰も居ないところで正々堂々一機打ち、というのはシスティーナならともかく、こいつについては絶対にありえない。

 どこかに伏兵でも伏せてあるんだろうが。


 周りは青い空が果てしなく広がっていて、大規模な飛行船や騎士を隠せるような大きな雲の塊とかは見当たらない。

 少なくともこの辺りには伏兵はいないと見た。それに、あまりアクーラから離れて孤立するのも気分が良くない。


「ここで終わらせてやるぜ!」


 ガトリングカノンの速射性は前に戦った時と変わらない。

 だが、銃身を短くしたためなのかわからんが、弾がばらける感じだし、シールドで受けた感じ、単発の威力も下がっている。前のように一点集中でシールドを一瞬で割るような性能じゃない。


 左に大きく回り込んでアクセルを全開にした。

 シートに体が押しつけられるいつもの感覚、震電が一気に最大戦速まで加速し、灰の亡霊ブラウガイストが近づく。


 慌てたように灰の亡霊がステルスを展開した。

 空に溶け込むように姿が消える……が遅い。


 操縦の腕が一足飛びに上がるなんてこともない。

 おびき寄せるつもりだったんだろうが、悪だくみが発動する前に切り落とせばいいだけだ。


「食らいな!」


 操縦桿にノックバックのような手ごたえがあった。

 視界の端に灰色の装甲版が飛んでいくのがみえる。ステルスを発生させている装甲が切れて、切り取られた様に灰の亡霊の姿が一部分だけ見えた。

 騎士の一部だけが飛んでいくのが見えるのは、なんかシュールな光景だ。


「わざわざ来たくせに随分お粗末だな」


『さすがにやりますね』


「罠に誘い込むつもりだったんだろうが、その前に終わっちまいそうだな」


 前は夜だったが、今は昼だ。ステルスの一部が切れてしまえばなんとか追いかけれる。

 それに、さっきの慌てた避け方を見る感じ、やはり操縦のスキルは大したものじゃない。

 ただ、こっちも万全の状態じゃないし、今はいつものブレード二刀流じゃない。

 完全に孤立する前にケリつけてやる。


 ≪ディ……さん……応…・…・・…・・…≫


「どうした?」


 コミュニケーターから雑音が聞こえた。雑音の向こうにかすかに声が聞こえる。

 電波状態の悪い所でラジオでも聞いているかのようだ。これは、アクーラからの通信か?


『いえいえ、計画通りですよ』


 雑音が途切れ、やけにはっきりと、ホルストの声だけが聞こえた。

 突然、先を逃げるように飛ぶ灰の亡霊の真横の、青空の一部がパネルが剥がれるように割れる。


「なんだ?」


『もはやあなたは私たちの手の内だ』


 細い金属の骨組みと布がばらばらと落ちる。空に現れた亀裂から姿を現したのは4隻の飛行船だった。


 ---


 前にも見たステルス飛行船か。

 誘っているのは分かっていたが、こんな形で伏兵を置いていたとは。隠れられるものがないから、と油断してた。


「ちっ」


 囲まれるのは不味い。が、さすがに震電もその場で回れ右できるような機動性はない。


 震電の機首をいったん下げて、飛行船の間を縫うように一気に急上昇した。

 天地が逆になったコクピット、宙返りした頭の下で雲海と飛行船が見えた。


 それぞれの飛行船から騎士が次々と舞い降りて、飛行し始める。

 逃げるか。単純な足の速さなら震電についてこれる騎士はそう多くない。

 振り切って逃げる位は可能だ。


「アクーラ、応答してくれ」


 一度後退して、騎士団と合流を図ってもいいんだが。しかし、そうなればホルストは逃げてしまうだろう

 とはいえ、一対一ならともかく、単独で飛行船4隻と5機の騎士と戦うのは無理だ。出来ればレナスが何機か援護にきてくれるがベスト。

 もう一度コミュニケーターで呼びかけるが……返事がない。


 4機の騎士は、2機が俺の退路を塞ぐかのように距離を取って、アクーラの方向に飛んだ。

 空は広いし、震電の機動力なら並みの騎士2機程度は強行突破して振り切ることはできなくはない。


 もう二機は飛行船を守るかのように旋回する。こっちに向かってくる様子はない。

 4機で包囲してくるか、と思ったが。


「手の込んだことをしてくれるな」


『何がですか?』


「たかが騎士の乗り手一人を罠にはめるのに、随分と戦力を動員したもんじゃないか」


 ステルス飛行船に騎士5機まで動員して俺を罠にはめるとはご苦労なことだ。


『おや、何か勘違いをしているようですね』


「なんだと?」


『あなたを捕らえることも目的の一つではありますが、第一目標ではありません。自惚れてもらっては困りますよ』


 第一目標?

 だがこんなところで飛行船と騎士を展開させても何もならないと思うが。

 敵の騎士もすぐに攻撃してくる気配はない。旋回しつつ様子を伺う。

 改めて見ると、飛行船に一隻見慣れないものが混ざっていた。


 4隻のうち3隻は見慣れたタイプの飛行船だ。

 普段よく見る、というかフローレンスのほとんどの飛行船は貨物船と設計を共有しているから、割と形に共通性がある。

 金属フレームで保護された巨大な気嚢。その下にはずんぐりとしたキャビンがあり、倉庫になっていたり客室になっていたりする。そして、最下層には騎士が係留されている、という形だ。


 例外は、アクーラのような双胴気嚢で、気嚢の上に甲板をはっているようなもの。

 もしくは、この世界に最初に来た時にみたウンディーネ号のような、気嚢のフレームに客席を設置したような、特殊な客船くらいだろうか。


 そういう意味では、4隻のうち1隻は異質な形をしていた。

 普通の飛行船より一回り小さい気嚢、そして、細長いキャビン。普通の飛行船なら両舷についている大砲も装備されてないらしく、砲口用の窓もない。

 そして、他の3隻がこの一隻を守るように周囲に配されている。


「なんだ、こいつ」


 前に回り込んだ。

 期首は普通の飛行船は地球で言うところの船の舳先ようにとがっていたり、機種によってはガラス張りの操舵室だったりするが、そのどちらでもなかった。

 機首には二本の角の突起が伸びている。その間には円筒のようなものが突き出していた。


 ---


 あの円筒はなにか、一瞬考えてすぐ思い出した。


 あれは……砲口だ。

 飛行船によくあるような大砲じゃない、アストラや他の騎士がもっているようなカノンの砲口にそっくりだ。

 カノンを搭載した飛行船なのか、あれは。


「砲撃艦……か?」


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