第75話 二日目第四区画 死線・上

 槍騎兵ランツィラーが突っ込んでくる。

 距離を開けようにも普段より明らかに震電の挙動が鈍い。


 機動力が落ちるのは二重の意味でマズい。

 震電の生命線は機動力を生かした近接攻撃と一撃離脱だ。足を止められるとそれだけで不利。


 そしてもう一つは、乗り手の俺の感覚が狂うことだ。

 いつもより速すぎても遅すぎても、手足のように機体を操ることはできない。


 長丁場のレースを戦うレギュラードライバーは、レース中のトラブルにあわせて感覚を修正するという経験を実践の中で積んでいく。

 だが、俺のようなテストドライバーはそういう経験は明らかに不足している。テストドライバーはトラブルが出たらピットに戻って修理するからだ。


 だが。泣き言を言っている場合じゃない。

 カノンを撃ち牽制するが、槍騎兵ランツィラーがコースを変えて迫ってくる。

 いつも俺がやっていることをやり返されてるようだ。


「くそ」


 いつもなら機動力で間合いをコントロールして攻撃のタイミングを図るが機動力を殺されるとそれができない。

 槍騎兵ランツィラーがパイルバンカーを構える。


 貫通力は凶悪だろうが、射出タイミングがシビアな武器だ。

 近距離ならブレードで勝ち目はある。タイミングをとって切り返してやる。


 その瞬間、槍騎兵ランツィラーがすっと失速した。

 何が起きたのか分からなかったが……ブレーキを踏んだんだ。間を外された。


『かかったな!』


 マズい。こいつ、接近戦もかなり策を練ってきてる。

 とっさに震電を傾ける。


 同時にコクピットに轟音が鳴り響いた。切り裂かれた装甲片が飛んで行く。

 キャノピーに亀裂が入り冷気が入り込んできた。

 パイルバンカーが頭部の装甲をかすめたか。


 ……コクピットを狙ってきやがった、こいつ。レースの範囲内でケリをつけようって感じじゃない。


「殺す気か?」


『一応そういう指示が出ているのでね』


 こともなげに返事が返ってくる。マジか。


「このレースじゃ反則だろ?」


『だれがそれを止めるんだね?周りを見たまえ』


 コースマーシャル役の騎士団の騎士はいない。

 広い空のレースだ。すべてをカバーすることはできないのは当然だが。メインのコースから外れたのが仇になったか。

 ……死んでたまるか、こんちくしょう。ゴールでフェルが待ってる。


 もう一度突っ込んできた槍騎兵ランツィラーのパイルバンカーの穂先を交わす。

 躱しざまにブレードを振るが、まったくかすりもしない。


 近接戦では主導権を握って攻撃のタイミングを取れる側の方が圧倒的に優位だ。

 待ち受けるスタイルは不利。

 今まで機動力で海賊の騎士を圧倒してきたが。相手より速い、というのがどれほど有利なのか骨身にしみた。


「くそっ」


『その状況でまだ抵抗する気力があるか』


 離れ際に槍騎兵ランツィラーがグラヴィティカノンを構える。

 躱す間もなく、震電に軽い衝撃が走った。挙動がまたも重くなる。


「待ちやがれ!」


 アクセルを踏むが、重りを付けられた震電はいつものように加速してくれない。

 槍騎兵ランツィラーが悠々と飛び、あっけなく距離が広がっていく。


 普段ならここで一気にアクセルを開けて距離を詰めて一太刀入れるところだが。

 飛んできたカノンの弾をよける。

 いつもならつめられる距離が詰められないのはもどかしい。


『一つ聞くが……』


 コミュニケーターから声がする。なんだ?


『降伏しないか?もはや大勢は決しているのは分かっているだろう?』


 勝手なことを言ってくれるな、この野郎。


「一つ。俺はシュミット商会所属だ。

 二つ。俺には待ってるやつがいる。

 三つ。俺は海賊に付く気はない。

 以上、三つの理由で降伏する気はない」


 ……と言おうとしたが、喉元まで出かかった声を抑えた。

 勢いで言っても意味がない。冷静になれ。


「……降伏を受け入れる余地があるのか?」


 むしろ、正直言ってそっちの方が以外だ。


『ホルスト氏は確実に邪魔になるし自分たちの下に付くタイプじゃないから殺すべきだと言っていたがね』


「……だろうな」


『もう一人の雇い主は君におおいに興味があるようだったぞ』


 もう一人、とやらが誰かは俺も興味があるが、今はそれどころじゃないし、降伏するつもりもない。


「……勝ったつもりか?まだ終わってないぞ」


『降伏しないなら潔く倒される気はないかね?女を嬲り殺しにするのは好みではない。

 それに、君のような手練れが無様に逃げ回る姿は見たくなのだがな』


「お断りだ。あきらめが悪いのが俺のウリでね」


 足を止められて圧倒的に不利ではあるが、まだ負けたわけじゃない。

 不利な状況でメンタルまで折れたら完全に終わりだ。

 勝つか負けるか、結果はわからない。だが、勝ちをあきらめた奴には勝利の女神は微笑まない。


『ならば仕方ないな』


 もう一度突っ込んできてくれればよかったが……槍騎兵ランツィラーが距離を離していく。

 遠い距離からグラヴィティカノンの弾丸が次々と飛んできた。

 機動力を削がれたこっちはかわすのが精いっぱいだ。


「かかってこい、男だろうが!」


 距離を取られても切り込まれても不利なのは変わらないが、パイルバンカーを当てに来てくれた方がまだ反撃のチャンスはある。


『ふ。挑発は無意味だ。この距離を維持すれば君に勝ち目はない』


 堅実かつ冷静な声が返ってきた。あくまでこちらの足を完全に止める気か。

 優位に奢って突っ込んできてくれればなんとかなる可能性もあったが。

 これでは切り込みもできず、逃げることもできず、攻撃を避け続けるしかない。


 この状況で一番いいのは……他力本願だが、騎士団の騎士が割って入ってくれることだ。

 本来のコースからは外れたが、コースマーシャル役の騎士団の騎士が何機も飛んでいることは間違いない。

 ここにきてくれれば、最悪でも撃墜だけは避けられる。


 あいつも騎士団の騎士が割り込んでくる可能性を考えているはずだ。

 悠長にしていられないことはわかってるだろう。


 それに、これは楽観的な予想でしかないが、このグラヴィティカノンの重くなる効果は制限時間がある気がする。

 まあ、その制限時間が1日とかだとどうしようもないが。


 ただ、騎士の機動を制約できるってのは、食らってみるとわかるが相当強力だ。

 これが相当長い時間効果が持続するならば……たとえ射程で劣っていたとしても消えていったのは不自然なのだ。


 だろう、だろうで自分に都合のいいことしか考えてないが、ネガティブに考えても仕方ない。

 いずれにせよ徹底的に粘ってやる。チャンスは必ず来る。


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