第76話 二日目第四区画 死線・下

 期待に反して、騎士団の騎士はいつまでたっても来てくれない。

 粘ってはいるが……躱し続けるにも限度がある。

 被弾がかさんでしまって、震電の機動力はもう普段の半分程度になってしまった。いつもの軽やかに飛ぶ感覚はもうない。


『では仕事の仕上げだ』


 こちらの様子を見て優位を確信したのか、槍騎兵ランツィラーがまっすぐに距離を詰めてきた。


 この展開は予想できていた。


 騎士団に割って入られる前に仕留めに来るはず、というのもあるが。槍騎兵ランツィラーは直接攻撃の武装がパイルバンカーしかない。

 とどめを刺しに来るなら必ず一度は距離を詰めざるを得ないのだ。

 相手に主導権を握られていることは変わらないが、ブレードの届く距離に来てくれれば、一刺しするチャンスはある。


 逃げるように飛ぶがすでに震電のスピードは見る影もない。見る見るうちに距離が縮まっていく。

 接触まであと5秒。


 こっちに切り札はある。

 最後のストレートの競り合い用につけた装備だが、まさかこんなところで使うことになるとは。


 以前、仲良くしていた格闘家に聞いたことが有るが、より近い距離で大きく動く方が視野の問題で人間の目はその動きをにくくなるらしい。

 ならこれもなるべく近い位置で使う方が効果が大きいはずだ。

 逃げながらタイミングをうかがう。


『終わりだ!』


 槍騎兵ランツィラーがパイルバンカーを構える。

 失敗したら死ぬ。だが。

 死ぬかもと思ったことは今まで何度もある。150キロ近いスピードでサーキットを走るのはいつだって死と隣り合わせだった。

 生還の細い糸を掴むのは、いつだって自分次第。


 接触まで2秒。

 キャノピー越しに槍騎兵ランツィラーの姿が大きくなる。

 コクピット内の始動レバーを引き、唇をかみしめた。


 槍騎兵ランツィラーが尖った穂先をこちらに向ける。

 俺があいつなら、此処で仕掛ける。その瞬間。

 アクセルを目いっぱい踏んだ。


 同時に、文字通りはじかれるどころか、下から突き上げられるように震電が真上にすっ飛んだ。


 俺の切り札は、レースの最後のストレートの競り合い用につけたブースター。

 一瞬だけ爆発的にエーテルを噴出して瞬間的にとんでもない加速を得られる、いわばニトロ的なものだ。


 ただ、機体にも俺にもかかる負荷がきついと言われていたが……想像以上だった。

 ドラッグレーサーのスタート並みの急加速、全開飛行時よりはるかにすさまじいGがかかり目の前が暗くなる。


 衝撃が走り体が左に傾いた。

 震電のバランスが崩れたのか。被弾したか。それともブースターの効果か。


「かはっ」


 唇から刺すような痛みが走り、フラットアウト寸前から意識が引き戻された。

 八重歯が唇を切り裂いたらしい。皮膚が避ける痛み、血が吹き出し口の中に鉄の匂いが広がる。

 もう一度唇を噛んで無理やり意識を覚醒させる。


 ブースターで上に飛んだ以上、あいつは下にいるはずだ。機体をひねり視界を下に向ける。槍騎兵ランツィラーの背中が見えた。

 こっちの位置を見失ったのか。槍騎兵ランツィラーが失速しながらこっちを向く。

 あいつがこっちを認識するよりわずかに、こっちが正気に戻るのがはやかった


『何が起こった?』


 ここで決める。

 切り札のブースターも使った。

 もし、加速されて距離を取られたら……今度こそなすすべはない。


 左手のカノンのトリガーを引いた。連射された白い光弾が尾を引き、雲に着弾する。狙いが定まらない。


「当たれ、この!」


 震える左手を無理やり動かして、銃口で槍騎兵ランツィラーの軌道を追う。

 次々に打ち出される弾跡が槍騎兵ランツィラーに迫り、3発が捕らえた。バランスが崩れたのが見える。


 アクセルを踏み付けた。

 俺の操作に応えて震電が力を振り絞るように加速する。装甲のあちこちから軋み音が聞こえた。


「頼むぞ、震電」


 一気に距離が縮んだ。

 槍騎兵ランツィラーの動きが鈍い。カノンを向けるかパイルバンカーを構えるか、一瞬迷ったか。その一瞬が命取り。


「死ね!」


 狙いを定める余裕はないが、どうせ周りに騎士団の騎士はいない。もう殺し合いになってる。コクピットにあたろうと知ったことか。

 すれ違いざま抜きざまにブレードを振りぬいた。


 ---


 視界の端で槍騎兵ランツィラーが大きくバランスを崩すのが見えた。

 左腕が無くなっているが……まだとどめにはなってない。


「とどめだ!」


 切り返して槍騎兵ランツィラーを視界にとらえた。

 狙いを定めてアクセルを踏む。左手のパイルバンカーが無ければ近距離では何もできまい。

 槍騎兵ランツィラーの姿が大きくなる。ここで倒す。


「くたばれ!」


 ブレードを振り上げたその瞬間。


『そこまで!』


 コミュニケーターに突然声が割り込んできた。

 タイミングを外されて震電が槍騎兵ランツィラーとすれ違う。しまった。ていうか、誰だ、こいつは


「邪魔するな!!」


『ディートレアさん、勝負ありです。それ以上の攻撃はルール違反です!』』


 一瞬誰だかわからなかったが……騎士団の奴か。

 あわててもう一度切り返し、槍騎兵ランツィラーの方を向き直る。


『ははっ、いい援護だな』


 振り返ったときには槍騎兵ランツィラーが体勢を立てなおしていた。


『……感謝するよ。騎士団員君』


 そのまま上空に飛び上がっていく。


「逃げるのか、卑怯者!」


『すばらしいな、ディートレア』


 そのまま槍騎兵ランツィラーが上空に重なる雲の間に消えていく。


『……騎士の操縦はまだ粗いが、刹那の判断とそれに身をゆだねるハートが素晴らしい。

 その境地に至るには長い時間がかかるが、まだ20歳にも届かぬ若さでよく極めたものだ』


 機影はもう見えないが、コミュニケーターから声だけが聞こえる。

 追おうにも震電もまだ挙動が鈍い。俺自身もまだ意識が朦朧としている。追える状態じゃない。


『ここで倒されるわけにはいかん。また会おう、近いうちにな。ディートレア。

 分かっていると思うがグラヴィティカノンの効果はじき切れる。

 レースをつづけたまえ。健闘を祈るよ』


 余裕を感じさせる声がコミュニケーター越しに遠くなっていく。

 ……逃げられた。


「くそっ、くそったれがぁ!」


『えっと……あの?』


 状況がつかめない、という騎士団の団員の声がコミュニケーターから聞こえてきた。

 この野郎。要らない時に来やがって……。





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