第74話 二日目第四区画 空戦の変容

 考えるより早く。

 左足を右に目いっぱいひねり、アクセルを踏み込んだ。


 俺の操作に応えて、震電がストレートのラインから右に弾かれた様に飛ぶ。

 同時に何かの発射音と金属が削りあう音が響いた。震電が吹き飛ばされれるように揺れる。


『……外したか』


 何かが装甲をかすめた。おそらく脇腹。こういう時は被害状況がわかるモニターとかがほしくなる。

 左右のペダルを踏んで姿勢を立て直す。震電はいつも通りに反応してくれた。

 助かった。致命的被弾じゃない。

 だが、一瞬遅ければ。かすめる、じゃすまなかっただろう。体がぞっと冷える。


『まだ終わってはいないぞ』


 息をつく間もなく、間髪入れずカノンの光弾が飛んできた。

 ほっとしてる場合じゃない。螺旋のような軌道を取って光弾を避け一度距離を取る。

 何発かがかすめていき、軽い炸裂音のようなものがする。被弾したか?だが不思議な事に被弾した時の爆発とが衝撃がない。気のせいか。


『見事。さすがに接近戦での動きは私より鋭いな』


 すこし距離を開けて改めて槍騎兵ランツィラーを見る。

 左手につけた細長い盾の先端部分、ちょうど手の甲にあたる部分の形が変わっていた。

 カバーが外れたようになっていて、尖った槍の穂先のようなものが見えている。


『こいつはタネが割れると当てにくくなるんでね。できれば初太刀で決めたかったのだが。

 さすがにやるものだ』


「それは……」


射出槍スラッシュランサー、と私は呼んでいる。彼らが開発した新武装だそうだ』


 あの妙に細長い盾。おかしな形をしていると思ってたが、あれは単なる盾じゃなかった。

 内部に発射機構を組み込んで槍を打ち出す、パイルバンカーだ。

 ガトリングガンに続き、まさかこんなものまで見ることになるとは。


『君の戦術は研究済みだ。カノンを見せれば突っ込んでくることはわかっていた』


「接近戦を誘ったのか?」


『何度か試したのだが。

 この武器はどちらかというと迎え撃つほうがより機能を発揮することがわかっていたのでね』


 確かに、射程が短いパイルバンカーは射出タイミングがシビアだろう。迎え撃ってカウンター気味にタイミングを計るほうがいい。

 高機動での空戦では、あれは決して使いやすいとはいいがたい武器だ。


 だが。あの武器はエーテルシールドでは止められない。

 機動力重視で軽装化が主流で、防御はエーテルシールドに頼っている今の騎士相手なら……決して当てやすい武器ではないが、当てればまず耐えられる機体はないだろう。


『一撃必殺、というコンセプトが気に入ってね。こいつにしたのさ。

 どうだね、嫌なもんだろう?』


 当てにくくても、被弾が即致命傷になる近接武器はプレッシャーが半端じゃない。

 万が一当てられたらおしまいだ……切り込んでいいものか。


『迷っているな。だがもう遅い。足枷ははめさせてもらったよ』


「なんだと?」


 アクセルを踏んでも思うように震電が加速しない。

 エンジン出力が落ちた、というより機体が重くなったというか、足に重りをつけられたような感じだ。


「さっきのはまさか……グラヴィティカノンか」


『その通り。よく勉強しているな。忘れられた騎士の装備の一つだ』


 そういえば、エルリックさんが言ってたな。

 カノンの急激な発展に伴い、弾速や射程で劣るため消えてしまったカノンの亜種。雲海のエーテルに反応して騎士の速度を下げる武器だ。

 被弾したはずなのにダメージがらしきものもなく、衝撃も大したことがなかったが。そういうことか。


 システィーナのスカーレット。

 あれは近接戦用機ではあるが、蛇使いサーペンタリウスを使うことを主目的にした、どっちかというとシスティーナの趣味で作られた感のある騎士だ。


 そして、以前戦った海賊の強襲型機。

 あれは、ただ近接武装を装備しただけの急ごしらえの震電の劣化版のような騎士だった。

 だがあれは、そのいずれとも違う。


 グラビティカノンで足を止めてパイルバンカーで仕留める。

 明確なコンセプトをもってくみ上げられた近接戦用機、近接戦を挑む相手を迎撃するタイプの騎士だ。


『近接戦用の騎士は今まではほとんど見かけなかったが。

 君の活躍のお陰で少し増えてきたようだね。彼らもそのためにこれを作ったそうだ』


 俺と震電の存在によって空戦の戦術が明確に変化しつつあることがわかった。そしてそれに対応する、新たな設計思想で組まれた機体もでてきている。


 だがそんな思索は後回しだ。今はここを切り抜けないと。

 距離を取るべきなのか、切り込むべきなのか。

 今までなら切り込みだったが、必殺の武器がある、と思うと迷わずに行くのは難しい。

 槍騎兵ランツィラーが再び迫る。


『もう逃げることはできんぞ』





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