異世界でレースに参加する。
第53話 (アル坊やの奢りで)フローレンス料理を食べに行こう・上
あの宴の日から2月ほどが過ぎた。
騎士団の対応は非常に早く、宴の3日後には騎士団の本部でシュミット商会と騎士団との間に正式な契約書が交わされた。
契約書はかなり豪華な装丁がされた羊皮紙で作られていて、すぐに作れるものではなさそうだった。もとより準備万端で、宴の日のあれは最終確認を一応しておくか、という程度だったんだろう。
契約から3日後には騎士団から騎士団との契約の証となるプレートが贈られてきた。今は、誇らしげに店頭に飾られている。
修理が終わったシュミット商会の飛行船の気嚢にはメイロード家の紋章が描かれた。
俺はこの世界の人間じゃないから、騎士団との契約がどのくらいの効果があるのかは具体的には分からなかったが、その後1週間でその威光の強さが分かった。
まずロビーで見ているだけでわかるほどに客が増えた。忙しそうなニキータとかアル坊やとかを見ていると、単なる冷やかしではないっぽい。
しかし、騎士団との契約は別に大々的に告知されたわけでもないのに、いったいどこから情報を得ているのかは分からない。
口コミのスピードが地球より速いってことなんだろうか。
騎士団の仕事は騎士団の国境線の砲台や駐留施設への物資運搬だ。
これに加えて、激増した普通の物資運搬も受けている。こんな感じで船に乗る頻度は前より増えた。
しかし、国境線とかを飛ぶのだから相応に危険なはずなのに、海賊からの襲撃はぱったりとなくなってしまった。
まあこれはある意味当たり前で、メイロード家の紋章が染められた飛行船に喧嘩を売りつけるバカはいない、ということだろう。
寝ずに控えていても何事もないことばかりだ。
それに完全に経営基盤が安定し、資金繰りも問題がなくなると、リスクを冒して海賊の騎士を狩る必要はなくなる。もし攻撃されても無難に追い払えば事足りる。
まあそれ以前にそもそも戦闘自体が発生しないんだが。
この状況がいいことなのは間違いない。
レースでいうなら、無理なバクチを打たず堅実に勝てるレースを拾うのが強豪チームだ。商売で言うならきちんとリスクを冒さずに稼ぐのが良い商売だ。
経営は順調らしく飛行船も1隻増えた。事務を行うための職員も増え、商会の規模が大きくなっていることが実感できる。
次の騎士の乗り手も入ってくるかもしれない、という話にはなっている。
ただ俺としては何とも欝々とした状況だ。
俺の出番がないというのは勿論素晴らしいことではあるんだ。だが……出番がないのは何とも物寂しいし、腕がなまる。
以前からやっていた、騎士団員や飛行船ギルドから紹介された乗り手への稽古も続いている。
それなりに忙しい日々で充実はしているが、どうも緊張感がない、というのがこの2カ月の本音だ。
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「おや、ディートさん、今日はトレーニングはもう上がりなんですか?」
夕方、シュミット商会のドアを開けるとアル坊やが一人でテーブルに座って号外を読んでいた。
フローレンスに新聞は無いが、各ギルドが定期的に会報的なものを発行しているし、大きなニュースがあれば号外も出る。紙1枚の瓦版的な感じだ。
「ああ。終わった。今日は一人なんだな」
いつも影のようにアル坊やに付き従っているウォルター爺さんだが、今日は姿が見えない
「セリエとニキータには飛行船ギルドと騎士団に次の仕事の打ち合わせに行ってもらっています。
ウォルターは今日は休みです。奥様の命日なんですよ」
「なるほど」
この世界にも、命日に供養する習慣はあるのか。
「フェルはどうしたんです?」
「そういえば今日は見かけないな」
フェルは普段は何かにつけて側に居たがるが、今日は朝から姿が見えない。
「……珍しく二人ですね」
そう言われると久々の二人きりだ。
フローレンスに来てからの日々は慌ただしかったうえに、誰かがいつも同じ場所にいた。
完全な二人きりはウンディーネ号の船室以来かもしれない。
「そうだな……じゃあたまには二人でどこか行かないか?
なんかこの世界にきて慌ただしかったしさ。フローレンスの名所ってやつを案内してくれよ」
この世界にきて6カ月程にはなるが、のんびり観光を楽しむ状況じゃなかったから、ちょっと名所めぐり的なものをしたい気もする。
俺の提案にアル坊やが考え込む。
「いいですね。じゃあ……
「なんだ?それ?」
「農業地区にある農業ギルド直営のレストランです。
フローレンスで一番古いレストランですよ。建国当初からありますからざっと180年くらいの歴史があります」
「いいな、そりゃぜひ行きたいぜ」
遠征でいろんな国を回ったが、観光といえばまずは現地の食事を楽しむことだと思う。
フローレンスで過ごしてすでに半年ほどになる。機械油亭の夕食は中々バラエティに富んでいて飽きることがないし、屋台とかで売られている食事も結構レベルが高い。
香辛料がないのと米がないのだけが残念だが。
ただ、高級料理とは縁がなかった、というより食べる場所がなかった。建国当時からの伝統あるレストランならとても期待できそうだ。
「じゃあ行きましょう。今日はもうお客様も来られないでしょうし」
アル坊やが新聞をおいて立ち上がった。
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