第51話 告白
宴は月が中天に上るより前にお開きになった。9時の鐘が鳴って、それより後もしばらく宴会は続いていたから、終わったのは10時くらいだろうか。
正確な終わりの時間があるわけではなく、ぼちぼちと解散、ということになった。騎士団の裏方はこのあと深夜までお片付けがあるんだろうが、ゲストの俺たちは気楽なもんだ。
一応まだ路面汽車は走っているんだが、酔いを醒ますために機械油亭まで30分ほどの距離を歩いた。
月の光が明るいのと、街灯があるので暗くて不自由することはない
機械油亭の部屋に戻って、ベッドに座り水を一杯飲むころには酒は大体抜けていた。
寝るにはまだ早いが、さりとてやることもない。
地球では一人で別の店で飲みなおすなり、ネットサーフィンするなりと、なんでも時間つぶしはできたが、こっちではその辺は不自由だ。早寝早起きで健康にはなるのはいいんだが。
下の酒場で酒でも貰うかと思ったところでドアがノックされた。珍しい時間の来訪者だ。
「……いいかな?ディート」
フェルの声だ。ちょっと驚いた。あいつの宿は此処じゃないんだが。
「いいぞ」
声をかけるとドアを開けてフェルが入ってきた。
「どうした?まだ飲み足りないのか?」
「そうじゃないよ。座っていいかな?」
「ああ、いいぞ」
椅子に座るのかと思ったらフェルがベッドの横に座った。肩が触れ合う。
なんとなくちょっと腰をずらして距離を置いた。
「……あたしが側にいると嫌かな?」
「いや、そういうわけじゃないんだが」
フェルはいつになく神妙な顔だ。
微妙な沈黙が何か重い。
「……ねえ、ディート」
「なんだ?」
フェルが口ごもる。言いたいことがあるけど、言い出せない、というそんな感じだ。
わりとさっぱりしているフェルとしては、あまり見たことのない雰囲気だ。
手が俺の手に重ねられた。ほっそりしているけど硬くてマメだらけの指が俺の手の甲に触れる。
意を決したようにフェルが口を開いた。
「……あたし」
「どうした?」
「……ディートのことが好きみたい」
「は?」
「女の子同士でこんなこと言うのはおかしいのはわかってる、でも……ホントなんだ。好きなんだ」
真剣な顔でこっちをみる。どうもまじめな話らしい。
「なんでだ?」
フェルが一瞬口ごもって、話し始めた。
「……前も言ったけどさ、あたしはホルストの奴隷だったんだ。本当にひどい目に遭ったよ。本当にね」
何があったのかは大体想像がつくが、その想像よりおそらく酷い話なんだろう。
「もう誰かと深くかかわるのは嫌だった。店主も、グレッグもローディもみんな大事な仲間だよ。でも一緒に居てくれる人とかそういうのはもういらないって思ってたんだ」
はじめて会った時のやけに馴れ馴れしい態度や飄々とした言動を思い出したが……今から思うとおどけた態度で壁を作っていたのかもしれない。
いずれにせよ、こういう時は聞き役に居る方がいい。黙っているとフェルが話をつづけた。
「……初めてディートに会った時はさ、小さくて、細くて、こんなので騎士に乗るなんて無理だって思ったよ。
でもすごく強くて、勇気があって。今回もやらなくていい戦いに参加して。
なんでこんなことするんだろうって思ってたけど、お前の為にって、言ってくれてすごく嬉しかった」
正直言って、戦いが怖くなかったわけじゃない。
でもそれを押さえつけるほどに、自分の力を示す場があったことが嬉しかったってのがある。フェルのためってのももちろんあったが。
「ディートなら一緒にいても嫌じゃなかった……一緒に居たいって思ったんだ」
フェルが口を閉じるてこちらを見る。今度はこちらが応える番だが……さて、ここはどう言ったものか。
「大事に思ってるよ。それじゃだめか?」
「……好きって言っては……くれないのかな」
いつもの余裕綽々な態度やはぐらかすような口調はない。重ねられた手が震えているのがわかる。
なんというか、校舎裏に好きな先輩を呼び出した女子高生みたいな感じだ、まあ俺自身はそんなシチュエーションには縁はなかったが。
勇気を振り絞っていってくれたのは、ひしひしと伝わってきた。
俺が吉崎大都のままだったらいいんだけど、今はそうじゃない。
この体のままで安易に好きって言っていいものなのか
ただ、真剣な目で見つめてくるフェルを見ると、はぐらかしていい場面じゃないことはわかった。
俺の本心を言おうとしたら、俺がこの世界に来てしまった事情を言わないわけにはいかない。
そのことを言っていいのか、と一瞬迷う……が、よく考えると。確かに、俺が異世界から来たって話は、とりたてて吹聴するようなものではない。だが、絶対に秘匿しないといけないような話もではないのだ。
まあ言っても構わないか。
「……変なことを言うけど、俺はさ、この世界の人間じゃないんだ」
何を言ってるんだ?という顔でフェルが俺を見る。
「お前が最初に見破った通り、この体はクリスティーナのだ。中の魂が違うんだ。
俺は吉崎大都。地球の日本ってところから来た」
魔法がある世界であっても、俺のように他人の体に入ってしまうケースはかなりレアらしいし、フェルも聞いたことがない突拍子もない話だろう。
「クリスはおそらくアル坊やのことが好きだったと思う。
俺はあの子にこの世界に呼ばれた、と理解してる。ホントのところは分からないけどな。
だから俺がこの体で人のことを好きって言っていいのか、そこがちょっと気になるのさ」
フェルは無言で俺を見つめている。何を考えているのかは読み取れない。
「何言ってるのか分からないよな。俺もなんでここにいるのか時々わからんよ」
長い沈黙に後にフェルが口を開いた。
「男として育てられたんじゃなくて、ホントに男なんだ……」
「まあな」
「……戻ることは出来ないの?そのチキュウってところに」
「今のところ当てはない。なんでこっちに来てるのかもわからんしな」
自分で言うと、改めてその事実がのしかかってくる気がする。そう、今のところ戻る当ては全くない。
「……ディートがダイトのままなら……あたしを好きっていってくれる?」
改めてフェルを見る。艶やかな銀色の髪と、切れ長の目の凛とした顔立ち。鍛えあげたしなやかな体だけど、出るとこは出てるって感じのライン。日本に居たら美人過ぎるスポーツ選手などと取り上げられるだろう、多分。
今日は酒が入っているからなのか、白い肌がほんのりと赤い。
地球では獣耳付の女の子に告白されることは勿論ないが、告白されたとしたら……
「ああ。もし俺が吉崎大都のままだったら、好きって言うな」
唯一、身長で負けているので微妙な気分になるが、元の体のままだったら俺の方が背が高いしな。
身長になんとなくこだわるのは男のサガなのか、俺が気にしすぎなのか。
「でも、本当にいいの?女の子同士だから変な風に見られちゃうかも……」
「自分で言っておいてそういうこと言うのか?
まあ、俺は男だしな。それに地球じゃ無くはなかったからさ。俺は気にしない」
この世界では同性愛はあまり一般的ではないのだろう。
まあ地球で一般的かと言われると謎だが、今のご時世ではさほど珍しいというほどでもない気がする。
「……すごく嬉しいよ。とっても幸せ」
程よく鍛えたしなやかな腕が俺の首筋に回されて抱きしめられた。
「ダイト、ダイトって呼ぶのはあたしだけだよね、うれしいな」
「一応アル坊やとウォルター爺さんは知ってるぞ。まあダイトとは呼ばないが」
こちらも抱き寄せて指で獣耳に触れた。フェルの体がぴくっと震える。
「耳を触られるのが好きなんだよな?」
「地の精霊人はそこを触られるのがね……でもあたし以外にしちゃだめだよ」
耳の奥をくすぐると息が荒くなる。
なにかをこらえるように唇をかむ顔が可愛い。
「もう…声が出ちゃう……キスしてほしいな」
「前に噛まれてるからなぁ」
初陣の後にキスした時には舌に歯を立てられたのを思い出す。
「あの時は、ちょっと恥ずかしかったんだよ」
「今度は噛むなよ」
フェルが肯定代わりに目をつむる。ちょっととがらせた唇にこちらの唇を重ねた。首に回されたフェルの手に力がこもる。
キスしながら広めの袖から背中に手を回して脇腹に指を這わせた。
「んっ」
フェルがのけぞって唇が離れた。
咎めるような目で睨まれる。
「触り方が手馴れてる……」
「なんだ?」
「そのチキュウってところでは女の子と仲良くしてたの?」
「……まあな。俺も男だし」
裏方とはいえ、一応プロ契約のレーサーなんてやっていたので、そこまでモテなかったわけではないのだ。
「そっか……妬けちゃうな。あたし……かわいくなくてごめんね」
ちょっと前合わせがはだけて、そこから白い肌と鍛えられた体が見える。切り傷の痕や痣があちこちにあった。
「お前は綺麗だと思うぜ、フェル」
「……なんでそう思うの?」
「触ってるとわかるよ。お前がどれだけ鍛えてるか。鍛え上げたものってのは綺麗なもんさ」
プロとして体を作り維持し続けるのは簡単なことじゃない。
鍛え上げた体に触れるといつもは飄々としているフェルの日々の鍛錬が伝わってくる。速く走る車が美しいと言われるように、鍛えられた体も綺麗なもんだと思う。
「そっか……うれしいな。もう一度言ってよ」
「また今度な」
じっと見つめてそういうことを言われるとちょっといいにくい
「意地悪……キスするよ、いいよね?」
返事をするより速く、今度はフェルの方からキスされた。情熱的に舌が割り込んできたのでそのままこちらも舌を絡める。
抱きしめた手に尻尾が振れた。手を差し入れると温かい毛に包まれる。ちょっと硬めの毛が手に刺さってきた。毛足の長い犬をモフモフとなでるような感じだ。
キスしながらフェルが身じろぎする。尻尾が手にまとわりついてくるので嫌がってるわけではなさそうだが。
尻尾の根元を触ると体が硬直して、太ももが絡みついてきた。体がぴったりとくっつく。フェルの体温が服越しに感じられた。
長いキスが終わって唇が離れた。
「そのチキュウってとこにもあたしたちみたいな精霊人はいたの?」
「いや、いなかった。なんでだ?」
「あたしたちにとっては、好きな人に尻尾とか羽根とか鱗とかを触ってもらうのって、すごく嬉しいことなんだ。知ってるのかなって」
「ああ、そうなんだ……」
嬉しそうに笑うフェルを見ると、単にモフりたかった、などとは言えない。
「ねえ、ダイト、あたしは死なない。ダイトを一人ぼっちにはしないよ」
フェルが顔を上げた。飛行船の中で俺を見送ってくれた時の顔でこちらを見る。
「だからダイトもあたしを一人ぼっちにしないでね」
「ああ。約束するよ」
フェルが幸せそうに笑う。なんかこっちも幸せな気分になるな。
「ね、教えて、ダイトの故郷のこと。どんなことしてたの?チキュウってどんなとこ?」
「まあゆっくり説明してやるよ。夜はまだ長いしな」
「じゃあ、お酒でも貰ってくるね」
フェルが立ち上がって部屋から出て行った。
その背中を見ながら、なんか胸のわだかまりが軽くなった気がした。
誰かがどうやってこちらに俺を連れてきた、というのが分かるならともかく、さっぱりわからない。クリス嬢の仕業かとは思うが、それもはっきりしてるわけじゃない。
そもそも転移魔法みたいなものがあっても、それを工房の娘のクリス嬢が使えたというのは考えにくい。
フローレンスで暇な時に少し調べては見たものの、同じような事例の記録とかは見つけられなかった。
こっちにきて以降、俺の周りでなにか帰れることを示唆するような不思議な事が起こった、なんてこともない。
正直言って、地球に未練がないわけじゃない。
レーサーなんて普通じゃない、しかも金のかかる道に進ませてくれた両親に一言でいいから挨拶したい。表彰台に立つ晴れ姿を見せたかった。
契約してくれたチームFTWは今どうなっているんだろうか。シーズンに向けてテスト中だった新車はうまく仕上がったんだろうか。
見たいもの、遣りたいこと、行きたいところ、いろいろあった。
でも、おそらく、地球に戻ることはできないような気はしている。
自分でフェルに言ったように。
この世界で、ディートレアとして生きていくのはいい。だけどそうじゃない本当の俺のことを知ってくれる人がいるってはいいことかもしれない。
階段を昇ってくる足音がして、ドアが開く。ワインの瓶とグラスを持ったフェルが部屋に入ってきた。
「……ありがとな」
「お酒を貰ってきただけだよ?」
フェルが不思議そうに首をかしげる。
「そうじゃなくて、まあ、いろいろと」
「変なダイト。さ、飲もうよ」
フェルがワインを注いだグラスを差し出してくる。
受け取ってグラスを合わせた。一口ワインを飲む。酸味のある味が口いっぱいに広がった。
フェルがまたやわらかくほほ笑む。
アル坊やのためだけじゃなく、こいつのためにも生き延びないといけないな、と思う。
「これからもよろしくな」
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