第43話 嵐の前

 ターラントは4層構造で1層が指揮官室、2層3層が砲座と居住区域らしい。

 騎士はプロセルピナとかと同じく、最下層の4層に搭載されている。

 そこには2機の騎士が係留されてた。両方とも震電より一回り大きい。


 スタンダードな西洋の騎士の鎧のような姿。大きめの翼。

 装甲は銀色に塗装され、植物を象ったような浮彫のようなものが施されている。手間のかかった作りだ。

 ただ、近くで見ると、装甲のあちこちに傷やつぎはぎがあった。歴戦の証だ。

 デザインは似ているが、片方は肩や腕の装甲が大きめで、翼も長い。

 似てはいるけど、違う機種っぽいな。


「これは?」


「この機体はレナスといいます。

 右はエーテルブレード、左はカノン転換型のエーテルシールドです」


 近接戦にも遠距離戦にも対応できます、という感じの万能機だ。

 距離を取って戦い敵を船に近づけないようにするのがセオリーの護衛騎士と違って、騎士団なら積極的に海賊を撃墜しに行くときもあるだろう。そのための近接戦用の装備もなくてはいけないわけか。


「カノン転換型のシールドってのは、震電のブレードみたいなもんか?」


「そうですね。シールドとカノンの切り替えが可能です」


「ちょっとまて、あの武器は消耗が激しい、って話だったぞ」


 以前にガルニデ親方がそんなことを言っていた気がする。


「まあ……それは、上質なコアは騎士団に優先的に回されますので」


 ジョルナが口ごもる。くそっ、これだからお上ってやつは。

 資金的にも装備的にも恵まれているのか。


「それで、向うのは?」


「あれは六騎隊長の専用機、フレイアです」


 やはり違う機体か。

 レナスよりフレイアの方が翼が大きく、装甲も大きめで、いかにも指揮官騎という感じはする。


「六騎隊長ってさっきも出てきたな。」


「騎士団は飛行船四隻と六機の騎士で一部隊編成です。

 その六機の騎士をまとめるのが六騎隊長です」


 なるほどね。小隊とか大隊とかそういう規模の話か。


「で、こいつはどんな装備だ?」


「翼からエンジェルウイングというエーテルの翼を展開できます。これはシールドの代わりですね。

 左手はカノン、右手はエーテルジャベリンです。槍のような近接武器としても使えます。それに連射はできませんけどカノンよりはるかに威力の高い弾丸を打ち出せます」


 ちょっと聞くだけで何とも豪華な装備だ。エーテルの翼を展開させてシールドにするとはずいぶん見栄えもいいな。


「お前さんはもう騎士には乗れるのか?」


「僕はまだ第二騎乗なのであまり乗る機会はありません。

 でもサーの訓練のおかげで僕ももうじき第一騎乗を拝命できそうなんです。本当にありがとうございます」


「第一騎乗ってなんだ?」


「騎士団の乗り手は第一騎乗、第二騎乗、第三騎乗に分けられてるんです。この青のラインは第二騎乗の証です」


 ジョルナが自分の制服のラインを指さす。

 言われてみれば制服の形は同じでもラインの色が違っているのが結構いた。

 なんの違いなのかと思ったが乗り手の階級なのか。


「赤のラインが第一騎乗で、優先的に騎士に騎乗します。

 第二騎乗は青です。第一騎乗の乗り手が怪我で離脱したりした時は僕らが乗ります。

 第三騎乗は緑のラインです。訓練生で騎乗は許されていません」


 俺たちのような商船の護衛の騎士は、俺の震電もそうだが、乗り手に合わせて作られてる。そいつしか使わないから乗り手の癖もついてる。

 だからバックアップドライバーならぬ控えの乗り手なんてものはいない。

 まあ商会には予備の乗り手を抱えられるほどの資金的な余裕もないんだが。


 だが軍隊は規格化された機体で編成されているんだろう。だから予備の乗り手を育成しておき、何かあればそいつに乗らせることができるのだ。

 軍隊組織があまりにも個人の資質に頼りすぎていて、メインの乗り手が倒れたらその穴をカバーできません、では困る。

 いずれにせよ、その第一騎乗とやらは、レギュラーシートをもらった状態というわけか。


「それはなによりだ。よかったな」


 俺の言葉に、嬉しそうにジョルナが笑う。

 何人かいた訓練生の中でもフィオリーナと並んで、こいつはかなりの有望株だった。

 体格の良さもあって肉体的にタフで、高速で飛んでもものともしない。

 周囲への目配りも良かった。体力があるから余裕があるんだろうと思う。

 フィオリーナは、体力的には恵まれてないけど、天性の動体視力と勘の良さと根性でカバーしてますって感じだったが、逆のタイプだ。

 多少考えすぎて慎重になりがちなのが目についたが、上官の指揮下で動く騎士団ならこういう性格のほうがいいのかもしれない。


「じゃあ、あの黒いのはなんだ?」


 フレイアの近くで技師らしき男と話している金髪のあんちゃんが着ている制服は黒のラインが入っていて、袖や脛に巻いた布も黒だ。


「黒は六騎隊長です。あそこにおられるのがバートラム隊長です」


 バートラム隊長とやらがこちらに気付いたらしくこちらに歩いてきた。

 細身の体に長い金髪を後ろでやわらかく束ねている。

 黒のスーツとか着せて歌舞伎町あたりにおいておくとホストで通りそうである。

 年のころは20歳半ば、というところだろうか。


「やあ、聞いているよ。君がディートレアか。

 ジョルナを鍛え上げた鬼教官と聞いていたけど、ずいぶんとかわいいじゃないか。

 こんな子が俺の指揮下に入るなんて、そりゃいいとこ見せなきゃないけないな」


 気安げに肩を抱いてくる。

 なんつーか、スカしたあんちゃん、という感じだ。

 こいつが当面は俺の指揮官というわけか。


「もうパーシヴァル公には会ったかい?ガミガミやられたんじゃないか?

 俺も護衛騎士上がりだからさ、よくやられたよ。今もやられるけどな。

 まったく堅苦しくていけすかねえオッサンだよな?」


 此方を見て微笑んでくれた。が、視線は俺を探るように見ている。

 なんせあのパーシヴァル公の直属。一筋縄ではいかない感じだ。


「いや。そんなことは無いですよ。立派な指揮官だと思いました。

 あんな方の指揮下で戦えるのは光栄ですね」


 こういう時は教科書通りの返答をしておくに限る。


「ふーん。なるほどね。

 ともあれ腕の立つ乗り手はいくらいてもいい。でも指揮には従ってくれよ。

 よろしくな」


 なかなかやるな、とでも言いたげな笑みを浮かべてバートラムがフレイアのほうに歩み去っていった。

 敵じゃないからいいが、油断ならない相手だな。


「バートラム隊長は、騎士団の六騎隊長の中では一番お若い方です。

 パーシヴァル公の直属ですから乗り手としては騎士団でもトップクラスです」


「だろうな」


 あの若さで、騎士団のような実力主義の軍隊組織で副団長の直属まで上り詰めたんだからスゴイとしか言いようがない

 まさしくエースってわけか。


「ところで、ちょっといいか?」


「なんでしょう」


「作戦はともかく、騎士団の基本的な戦術を教えてくれ。

 俺は飛行船の護衛しかしたことないからな。いざ実戦になったときに何もわからないんじゃ合わせようがない」


 シュミット商会で震電に乗るときは俺はエースの立場だ。だからわりと好きにやっていて、それにグレゴリーやローディが合わせてくれている。

 だが、今俺に求められているものは、ある意味地球でテストドライバーやセカンドドライバーをやっていた時と同じものだ。

 チーム戦術を理解し、チームを勝たせるための裏方役だ。

 その仕事をするためには、チームの戦術をわかっておかなくてはいけない。


「作戦については……申し訳ないんですが、お話しできません。

 僕もあまり詳しくは聞いてないんですけど」


「それはいいよ。普段の戦術でいい」


「そういうことでしたら。

 普段の海賊との戦いでは、飛行船を展開し砲撃を行い、その後騎士で掃討となります。ただ」


「ただ?」


「今回については分からない部分が多いんです。

 僕たち騎士団は常に海賊を攻撃し掃討する側でした。ですから一次包囲網の方は今までと同じくやると思うんです。

 でも二次包囲網は海賊を迎えうつことになる。こういう戦いは余り騎士団ではやりませんから」


 なるほど。

 正規軍が海賊と戦うときは、確かに掃討戦になるから騎士団側が主導権を握り、攻撃を仕掛け、数の差を活かして押しつぶすような戦いになるだろう。


 しかし、今回は違う。

 攻撃してくるのは海賊側だ、包囲のどこを狙ってくるのか、どのくらいの数がいるのか、それも色々と未知数というわけか。


「ただし、今回は間違いなく海賊はターラントを狙ってくるだろう、とパーシヴァル公はおっしゃっておられました」


「なぜ?」


「海賊の連中は騎士団に打撃を与えに来るはずだ。

 それを考えれば旗艦を狙うのが一番だろう、とのことです」


 一理ある。

 すでに包囲網が完成している以上は、包囲網の外をチマチマつついても意味がない。そんなことをしてるうちに拠点が制圧されれば終わりだからだ。

 この状況では、包囲網にある程度大きな穴をあけなければいけない。そのためには旗艦を狙う、というのはわかりやすい戦果だ。


 一方でわざわざ火力が高く精鋭が集まっているであろう旗艦にご丁寧に仕掛けてくるか、という疑問もあるのだが。

 それに、ターラントを狙ってくる、という読みの割には、あまりにも展開してる戦力が少ない気がする。六騎隊長がいるくらいだし、少なくとも6機と俺の震電を合わせて7機はターラントを守るにしても、だ。


 わざと手薄なように見せかけて攻撃を誘っているのか、それとも精鋭であるからこれで十分だ、と思っているのか。


 ただ、考えていても仕方ない。今回は相手の出方次第なのだから。それに合わせて戦うしかないか。


「わかった。ありがとな」


「いえ。お役に立てて光栄です。サー」


「じゃあ俺は引き上げて出撃に備えるよ。案内ありがとう」


 ジョルナがもう一度敬礼をしてくれた。

 ちなみに、海賊がターラントを狙ってくるはずだと思っている、という情報を俺にしゃべるのは、作戦をしゃべってるも同然である。

 が、気を病ませてもしょうがないのでとりあえず言わないでおいた。

 こいつはいい奴だが、駆け引きには向いてないな。


 ---


 震電が搭載されている飛行船はターラントのすぐそばに配置された。

 バートラムの指揮下なんだから、近くに居るのは当然ではある。


 飛行船に戻るとすでに日が沈み始めていた。

 奇襲をかけてくるとしたら、夜が定番だが、バカ正直に夜に来るかは分からない。

 攻撃のタイミングや場所を決めるのが相手方、というのは主導権を握られているようなもんで、いやな感じだ。

 ただ、拠点が包囲されている、という状況を考えれば海賊側にも時間的な余裕は少ない。早い段階で仕掛けてくる可能性は高いはずだ。


 軽く食事をとり、防寒具を着て、いつも通りに震電の近くの待機部屋で出撃を待つ。

 飛行船の下層部が吹きさらしの桟橋状態になっていて、そこに騎士の待機所がある、という構造はどの飛行船でも共通だ。出撃のために二人の船員が待機してくれてるのもいつもと同じだ。


 2人がちらちらとこちらを見ている。得体のしれない女の乗り手が役に立つのか、と思っているのか、鬼教官と思われているかは分からないが。


 淡々と時間が流れた深夜3時ごろ。伝声管から声が響いた。


「敵影発見との報告!出撃準備を!」


 本当にターラントを狙ってきたか。

 ここまではパーシヴァル公の読み通りだ。


「敵の騎士は最低でも10機以上!15機近いとの報告あり!注意せよ!」


 ……なんだと?15機?


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