第44話 開戦
「15機以上?ディートさん、迎撃に出てください」
「ちょっとまて、誤報じゃねぇのか?」
騎士15機。これはちょっと信じられない数だ。騎士団基準で数えても、六騎隊長の部隊二個半分、飛行船で10隻に匹敵する。
装備が恵まれた騎士団でさえこの規模になるんだから、小型飛行船が多い海賊だと飛行船はもっと多いかもしれない。
4つとかそれ以上の海賊団がホルストの影響下にいるってことなのか。
「わかった。行くぞ」
あわてて立ち上がり、手袋とコミュニケーター内蔵の頭巾を取る。
俺が装備を整えている間に2人の船員が震電の襲撃準備をしてくれている。一人は係留索の解除レバーにとりつき、もう一人は頭部の装甲を上げている
乗り慣れたシートに座りベルトを締めた。
「よろしくお願いします。風の乗り手に炎の武勲を」
「まかせろ。鬼教官の強さを見せてやるぜ」
「期待してます!ご武運を!」
船員が笑って装甲とキャノピーを閉める。
右腕が修理上がりで今までと少し感覚が違うかもしれない。注意しなくては。
「降ろします、3、2、1、降下!」
少し落ちたところで軽めにアクセルを吹かした。
まずは震電の挙動を確かめる。いざ接近戦になったときに違和感に気付くのでは話にならない。
ぐるりと飛行船の周りをまわるように飛ぶ。
左右に旋回すると多少右にぶれるような気もするが、許容範囲だ。これなら何とかなるな。
多少バランスが崩れたからといって、機体の力を引き出せなくなるのではプロ失格だ。
むしろ、この短期間で腕を付け替える改修でも左右のバランスをとってくれたのは助かった。
フローレンスに帰ったら親方に礼をいわないといけない。
「こちら震電のディート。応答を!」
『こちらバートラム。速い出撃だな。いい腕だ』
コミュニケーターからバートラムの声が聞こえる。
初めて会った時のチャラい感じはまったくしない。
ターラントの周囲には月の光を浴びて銀に輝くレナスと、淡い光を放つエーテルの翼をはやしたフレイアが飛び回っていた。
「状況は?」
『哨戒中の騎士が海賊らしき騎士を発見した。機体数は今のところ不明だが10機以上だ』
防衛任務だからなんだろう。騎士を飛ばして偵察をしていたわけか。
商船の護衛では四六時中騎士を飛ばしてる余裕なんてないから、見張りの早期発見だよりになっちまうが。
偵察機を飛ばせるのは人手に余裕がある騎士団ならではだな。
『最初にターラント旗下の飛行船が砲撃を行う。巻き込まれないでくれよ。
砲撃終了後は騎士が先行し、射撃戦を開始。ラインを維持して飛行船への海賊の接近を止める』
「ちょっと待て、おい。
そんな数で負けてるのにそんな消極策じゃ、押し込まれるんじゃねぇのか?」
『これは命令だ。従ってもらう』
「俺の震電は飛び道具が無いんだが」
『なら後列で待機しろ。突出してくるのがいたら切り捨ててくれ』
数で負けている側が射撃戦をしたら余程こちらの練度が高くても厳しい。
それに、ただでさえ数で不利なのに俺を後列に下げるとは……命令だというなら従うべきなのか
考えているうちにターラントとその周りに展開する飛行船の大砲が火を噴いた。
黒い夜空に真っ赤な砲火がひらめき、雲のような砲煙が漂う。
砲弾が飛んだはるか向こうの空で次々と爆発が起きた。轟音がキャノピー越しに小さく響いてくる。
遠目にみていると、きらきらと輝きながら騎士が一機落ちて行った。
「爆裂弾か?」
『鉄の外殻に火薬と鉄片を詰めたものだ。よく知っているな』
地球でも同じものがあったのは、ヨーロッパで遊びに行った戦史博物館で見たことがある。
こっちにもあるわけか。しかし騎士を破壊できるほどの威力があるとは。
『二射目を確認後、レナスは隊列を組み俺に続け。
震電は後列で待機し、万が一俺たちのラインをくぐって切り込んでくる海賊の騎士がいた場合はそれに対応すること』
大砲の第二射が轟音を響かせた。
今回の砲撃はあまり大きな効果を上げられなかったらしく、無傷のまま騎士が突撃してくる。
そもそも高機動兵器に単発の大砲を当てようというのが無理があるともいえるが。
『騎士たちよ!我らの強さを示せ!』
レナスとフレイアがカノンを撃ちながら突撃していった。
こうなると俺は後ろから見守るしかない。
レナスやフレイアの射撃は的確で、さすがの精鋭という感じだ。
中でもバートラムのフレイアは特に目立っている。見た目的にもウイングからエーテルの翼が生えていてわかりやすい。
騎士の性能もあるんだろうが、的確に相手の先を読みカノンで敵を誘導し、単発のジャベリンを打ち込んでいる。ジャベリンを受けた一機がきりもみ状態で吹き飛び雲の海の沈んだ。
一撃で完全に行動不能にできるんだから大した威力だ。
被害は海賊の方が明らかに大きく、うまく弾幕を張り数に勝る海賊を寄せつけない。
しかし多勢に無勢だ。
加勢したいが……やることがないのがもどかしい。
レナスの一機がカノンの光弾を立て続けに受けた。大きく吹き飛ぶのが見える。
「おい!」
自然に声が出た。
翼がへし折れてそのままバランスを崩し雲の海に沈みかける。
が、寸前でかろうじて立ち直った。よろよろと雲海近くを飛んでいる。
戦闘継続は無理だろう。
今はお互い射撃戦のさなかでそれどころじゃないが、無防備状態ではあと1発でも食らえば撃墜されて乗り手ごと雲の海の藻屑だ。
「一機やられたぞ!」
『やむを得ん。今は耐える時間だ』
多分何らかの思惑はあるんだろう、それはわかる。が、犠牲前提の消耗戦は見ていられん。
「切り込みの命令をくれ。俺が注意を引いてやる」
『命令に従えといっているだろうが。お前は後方待機だ。後で出番が来る』
にべもない返事が返ってくる。
騎士団に義理はない。だが、戦いに参加した以上、目の前で犠牲が出るのをただ見ているのは受け入れられない。
「数で負けてる相手と悠長に射撃戦していたらこっちの方が先に壊滅するぞ。
俺が切り込めば少しはそっちへの攻撃も減るだろ。その間に攻撃して数を減らしてくれ」
『命令に従え!』
「どうせあれだろ?
あえて手薄にしておいて敵を引き付けて、援軍が展開するのを待って包囲しようとか思ってんだろうが」
コミュニケーターが沈黙する。
『……なぜそう思う?』
「パーシヴァル公が敵を侮ったあげく足元をすくわれるような間抜け指揮官じゃないなら、増援の手配くらいしてるはずだ。違うか?
それなら俺が切り込んで注意を引くのも悪い話じゃないはずだ」
敵をここに引き付けて包囲する作戦であるなら、俺が切り込んで時間を稼げばいい。
「だが、何も策がないっていうなら今のうちに言ってくれ。バカの指揮下で死ぬのは嫌なんでな」
再びコミュニケーターが沈黙した。
そうこうしている間にも撃ち合いは続いている。
カノンの光弾が次々と飛び、飛行船やレナスをかすめる。
「さっさと決断してくれ、隊長さんよ。
それに、俺は騎士団じゃないんだから別にどうなっても構わんだろ」
『ちっ。行け!』
「上から回り込む。援護頼む」
アクセルを踏み震電を加速させる。
フル加速で上昇し高空の雲の影を回り込みいったん姿を隠した。
今まで戦力外で後ろに下がっていたせいか俺への警戒はなかったようだ。こちらには攻撃は来ない。
「こちら震電。準備完了。切り込むぜ!」
返事を待たず雲を突っ切り一気に急降下する。
上から眺めると、海賊の騎士は形も大きさもまちまちでいかにも寄せ集め、という感じだ。
一番大型のカノンを持っている騎士に狙いを定める。
そいつが射撃の手を止めた。パイロットがこちらを向いた気がする。
震電の陰かなにかが見えたのかもしれない、が。
「遅い!」
長い銃身のカノンをこちらに向けるより速く、ラインを交錯させブレードをたたきつけた。
そのまま一気に雲海すれすれまで降下する。見上げると、そいつはウイングと腕の一部が無くなっていた。
まず一機。
ぺダルを操作して機体を水平に戻し雲海すれすれを飛ぶ。
あえて雲が噴き上げるように飛ぶ。
少しは目くらましになるか……周りにカノンが次々と着弾し雲が白い柱のように吹き上がった。
周りを見わたすと左前方に大きめの雲が見えた。
機首を上げ迷わずに突っ込む。視界が真っ白にそまり、一瞬あとにまた夜空が開けた。
離れすぎては囮の意味がない。震電を反転させる。
「シールド、来い!」
視界がエーテルシールドの薄白い幕に覆われた。
ジグザグに飛んで弾をかわしながらもう一度切り込む。
カノンの光弾が次々と俺に向かって飛んでくる。
シビアなコーナーにフルブレーキで突っ込む感覚、背筋が凍りそうになるような恐怖と頭が沸騰しそうになる高揚感。
殺気の籠った弾丸がきわどい距離をかすめていく。
今までの二対一くらいなら機動力でかわし切れたが。
さすがに5機以上から同時に撃たれるとかわし切れない。
二発が連続してシールドに着弾した。
エーテルシールドの表面が撓み、衝撃で震電が後ろに弾き飛ばされた。
ハンマーで殴られたようにコクピットが揺れ頭がシートにぶつかる。バランスが崩れたところでもう一発くらったか。
一瞬意識が遠のきかけたが歯を食いしばって耐える。
「あぶねぇな、このやろ」
キャノピー越しに見える左の肩装甲に大きくえぐられた様な傷が穿たれていた。
頑丈にしておいた肩装甲にあたったらしい。
アームの操縦桿を動かすが幸いにも腕に動きには支障がなかった。
アクセルを踏むと機体ががたつき、左右に少しぶれた。
装甲にとはいえ直撃をくらってるんだからダメージがないわけはないか。
だが、ベストコンディションじゃない車体を振り回すことはよくある話。ここからが乗り手の腕の見せ所だな。
再加速して突っ込んでいるときに、此方にカノンを向けている騎士の一機に光弾が次々と突き刺さった。
そいつが大きくバランスを崩す。ウイングに命中したっぽい。戦闘不能になったか?
「ナイス援護!」
そのまま一気に切り込む。敵の隊列が崩れてばらばらに飛んでいく。
「その首貰うぜ!」
機動力は震電の方が上だ。それにシスティーナに比べれば遅すぎて話にならない。
逃げる騎士の一機に狙いを定めて追いかける。慌ててこちらを振り返ってカノンを撃ってくるがもう遅い。
すれ違いざまにブレードで腕ごと胴を薙ぎ払う。
操縦桿から手ごたえが伝わり、視界の端でバランスを崩して落ちていく海賊の騎士が見える、
「どうだ、少しは減っただろ」
『敵増援三機増援接近中だ!』
「マジか!?」
コミュニケーターからバートラムの声が響く。
まだいるのか。なんて大部隊だ。
カノンの光弾が激しく飛び交う夜空がキャノピー越しに見える。
少なくとも3機は沈んだはずなのに、あんまり減ってる感じがしない。
騎士団の飛行船も流石に無傷ではいられないらしい。気嚢から煙が上がっている船が視界の端に見える。
即墜落ということはない様だが……
「まだくるのかよ。どんだけ大勢力なんだ。ていうかこっちの増援はまだか、オイ」
敵の増援は来るのに、此方には一向に動きがない。
辛うじてレナスとフレイアが敵の騎士の突破を妨げているが、多勢に無勢ではいずれは抜かれる。
ホントに策があるのか不安になってきた。
実は敵を侮っていて何の備えもない、なんてことは……
そのとき、ひときわ大きな爆発音が響いた。
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