第42話 パーシヴァル公との面会

 イングリッド嬢に見送られて再び飛行船に乗り込み、二次包囲網に移動した。


 二次包囲網は一次包囲網より広範囲に展開している。

 どのくらいの規模かは分からないが、よほどの大規模な船団を編成していない限り包囲網は薄くなるはずだ。相互連携が重要になるだろう。


 震電と俺を乗せた飛行船が飛ぶこと30分ほど。

 二次包囲網を指揮するパーシヴァル公の旗艦ターラントに接舷した。

 ダンテに負けず劣らずの双胴型巨大飛行船だ。気嚢や船体が真っ黒に塗られており、何とも威圧的である。

 両舷に大砲の砲口が二列並んでいる。地球の大航海時代の帆船のようだ。


「サー!お久しぶりです!」


 パーシヴァル公の旗艦ターラントで出迎えてくれたのは、訓練にきていた騎士団員だった。

 身長185センチの長身で、ブラウンの髪。ちょっと朴訥とした顔立ちで、人の良さがにじみ出る感じの好青年である。

 今日は騎士団の制服らしいベージュの布地に濃い青のラインが入った服を着ている。どことなくセーラー服っぽい。

 袖と脛も同じ色の布を巻いて絞っている。風をはらませないためだろう。

 確か名前は……


「ジョルナ・ウィットモアです!ここでお会いできて光栄です」


 いかにも好青年を絵にかいたように、快活に挨拶してくれた。


「お前か、俺を鬼教官とかといいふらしたのは?」


「いえ、違いますよ。訓練の内容を話しただけです、僕は」


 ジョルナが慌てたように首を振る。

 まあこいつは人を悪く言うタイプではなかったと思う。

 というか、俺の訓練は午前中はほぼ走りづめ、午後は飛行訓練のスパルタ形式だ。

 訓練内容をそのまま伝えたら鬼扱いされれてもまあ仕方ない部分はある


「冗談だよ。悪いな」


「いえ、そんな。それよりサーの騎乗を見れるのは光栄です。宜しくお願いします」


 背筋を立てて騎士の挨拶である右手のこぶしを当てるポーズをしてくれる。


「ああ、よろしくな」


「では早速パーシヴァル公の部屋にご案内します。ただ、サー」


「なんだ?」


「パーシヴァル公は何というか……ちょっときつい方なので。お怒りにならないでください」


 ---


 ジョルナに案内された部屋はトリスタン公の部屋と同じく大きな長机が部屋の中央に置いてある。ただ、それ以外は壁にフローレンスの絵地図が張り付けられているくらいで飾り気のない、何とも殺風景な部屋だった。

 儀礼的な側面が一切ない、完全な作戦指令室、という感じだ。

 船首部分に位置するらしく、部屋の片面は大きなガラス窓になっており、外の空が見える。


 パーシヴァル公は、銀髪オールバックに整えたあひげが似合う50歳くらいのナイスミドル、という感じの紳士だった。目つきが鋭い。

 黒地に白のラインが入った騎士団の隊服に身を包んでいる。

 外見で最も目立つのは左手が無いことだ。袖だけがふわりと垂れ下がってる。

 腰には装飾が施された剣を指しているが、あまり鍛えている風には見えない。


「パーシヴァル公!お連れしました」


 ジョルナが緊張した面持ちで言う。


「君がディートレアか。私はパーシヴァル・アシュフォード。騎士団の飛行船部隊を統括している」


「お目にかかれて光栄です。ディートレア・ヨシュアです」


 パーシヴァル公が俺を一瞥して鼻をならす。

 彼が俺を見る目はどこかで見覚えがあった。

 すぐに思い出せた。つまり何度もその目を見たことがあったからなんだが。

 監督が新しく契約してチームに入ってきたドライバーを見る目だ。

 レギュラーシートや長期契約とはあまり縁がなくて、あちこちのチームを渡り歩いた俺としては見慣れた視線だ。


「団長殿の気まぐれにも困ったものだ。腕は立つと聞いているが。

 こんな騎士団員でもないものをこの決戦に加えるとは」


 やれやれ、という感じで肩をすくめる。

 まあ予想通りの反応だな。


「ディート君、君は私の指揮下に入ってもらう。

 当面は震電とやらとともに飛行船で待機。状況に応じて私が出撃を指示する。

 出撃後は六騎隊長バートラムに従うこと。

 護衛騎士としては随分ご活躍だったようだが、ここでは勝手は許さない。

 わかったな?」


 バートラム、とやらが部隊長っぽい。

 扱いが悪いのは気にしないにいても、作戦とかの説明がほとんどないのは困るぞ。


「失礼ながら包囲の外側がこんなに手薄で大丈夫ですか?」


 外から見た感じでは二次包囲網に参加している船は決して多くない。

 包囲のどこをついてくるか分からない以上、もっと多くの船を参加させて包囲網を密にしておくべきじゃないかと思うが。


「万全だ。君が心配することはなにもない」


 後ろをつかれるかもしれないからそれに対応する、という目の付け所はいいんだが。

 この人は海賊を甘く見ていたりはしないだろうか。

 優秀な指揮官は、優秀だからこそ、格下を甘く見る場合がある。それが不安だ。


「作戦とかはあるんですよね?」


「無論だ。だが騎士団員でない君に作戦を教えるつもりはない。

 戦闘になればバートラムの指示に従えばいいのだから、君が知る必要はないだろう」


 取り付く島もない、という感じだ。

 俺が海賊と通じているんじゃないか、とでも思っているのかもしれない、となんとなく思う。

 海賊との一大決戦だ。初対面の騎士団員ではない人間を全面的に信用はしないのはむしろ当然と言えるかもしれない


 以前にとあるチームの監督が話してくれたことがある

 監督にとって、遅いドライバーより扱いに困るのは、能力が分からないドライバーだ。

 遅いにせよ速いにせよ、実力が分かっているドライバーはそれに応じて戦略を組み立てられる。しかし、実力がわからないドライバーは戦略に組み込めない。

 大勝負の時にぶっつけ本番の未知数のドライバーは出せない。

 パーシヴァル公もそう思っているんだろう。


「ジョルナ。お前がお客さんの面倒を見ろ。要らないことは話すな。

 では下がっていい」


 手で追い払うような仕草でパーシヴァル公が俺たちを部屋の外に追いやってくれた。

 やれやれ、まったく。


 ―――


「すみません、サー。パーシヴァル公はとても優れた指揮官なのですが……あの通り気位が大変高い方でして」


 ジョルナがすまなそうに謝ってくれる。


「ああ、気にしてないから。大丈夫だ」


 ここまで手厳しいとは思わなかったが、我慢できる範囲だ。


「お怒りではないのですか?」


「まあ、初めてじゃないからな」


 ジョルナは不思議そうな顔をしているが、渡り鳥ドライバーとしてはこういう待遇は初めてじゃない。

 ほんの一時期だけいわゆるトップクラスのチームと契約できたことがあったが、その時の対応と似たようなもんだ。

 エリートチームの監督なんてもののはえてしてああなってしまうと思う。その時は見下されてることに腹を立てて感情的になったもんだが。

 あちこちのチームを渡り歩いたのも、今となってはいい経験になっているな。


「そんなことより騎士団の騎士を見せてくれよ。そのくらいならいいだろう?」


 俺が間近で見た騎士は震電、アストラ、フレアブラスⅡのシュミット商会の3機くらいだ。

 正規軍の騎士には興味がある。


「勿論です。ではハンガーに行きましょう。こちらです」


 ジョルナが案内してくれる。

 トリスタン公の旗艦ダンテもかなり豪勢だったが、パーシヴァル公の旗艦であるこのターラントもなかなかだ。

 壁の板や、階段の手すり、扉の金具一つ一つとっても、一見地味な設えながら随所に作りの良さが見える。

 華やかな感じのダンテに対して、重厚な感じだ。乗り手の趣味なのかもしれない。

 シュミット商会の飛行船のプロセルピナは実用一点張りの貨物船で、比較にならない。

 やはり正規軍。カネがかかってる。


 すれ違う騎士団員にジョルナが俺のことを紹介してくれる。

 恐れをなしてます、という感じで見る奴もいれば、自分にも稽古をつけてほしい、と果敢にいうやつもいる。

 結構女の騎士団員も多い。全員が乗り手ではないんだろうが、男女比は7対3くらいだろうか


「結構女の子もいるんだな」


 訓練生の男女の比率も大体そんな感じだったが、騎士団からの参加組は全員男だったから騎士団は男社会かと思った。

 だけどそうでもないらしい。


「騎士団の団員は志願制です。

 家柄とかもありますが、実力主義ですから。それにサーも女じゃないですか。サーも志願されては?」


「シュミットから離れるつもりは今のところないな」


 システィーナじゃないが、堅苦しいのは性に合わない。


「それは残念です。サーならすぐにでも出世できると思いますのに」


「過大な評価をありがとな」


 この戦いが終わったらどうなるのか。騎士団に入るつもりはないが、訓練は続けさせられるんだろうか。

 ただ、あのホルストが俺を排除しようとしてつけ狙うとすれば、それはシュミット商会にとっても迷惑な話だ。ここでケリをつけておきたい。


 だが……この戦いが終わったら、というのは死亡フラグだな。やめておこう。

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