第41話 包囲戦・一日目
フローレンスに戻って2日目。騎士団の大型飛行船がシュミット商会の飛行船を曳航して帰港した。
護衛付きだから大丈夫だとは思っていたけど、実際に戻ってくるとやっぱり改めて安心する。
飛行船はドッグ入りで修理、けが人は病院で治療になる。けがが重いものには魔法治療も施されるらしいが。
いずれにせよシュミット商会はしばらくは休業になってしまいそうだ。
3日目の朝にはレストレイア工房から震電の修理完了の報告と騎士団からの出撃依頼があった。
右腕を落とされたという被害を考えればかなり早い。量産品のようにパーツのストックがあるとも思えないのだが。
埠頭に行ってみるとアル坊やといつも通りのウォルターさん、ローディ、グレゴリーがいた。
フェルは治療中らしく今日は姿が見えない。
「まさかうちの乗り手が騎士団の討伐に参加することになるとはね。
ディート、気を付けて」
アル坊やがGJポーズをしてくれる。
「手前とは決着がついてねぇんだ。死ぬんじゃねえぞ」
ローディは心配してはくれているようだが相変わらず素直じゃない。
決着ってなんの決着なんだ。
「姉御、気を付けて。武運を祈ってます」
グレゴリーは騎士の乗り手の挨拶をしてくれた。
少し離れたところでは、ガルニデ親方とイングリッド嬢、騎士団の飛行船の船員と思しき人が何かを話し合っていて、その向こうでは震電の搭載準備が進んでいる。
よく見ると右腕のデザインが前と変わっていた。ちょっとごつい感じになっている。
「あの、親方、腕はあれでいいんですか?」
「流石に一から腕を組みなおすと時間がかかりすぎるのでな。
今建造中の騎士の腕を流用したんじゃ。すまんな」
「バランスとかは大丈夫ですか?」
左右非対称型の機体はそれはそれでロマンがあるけど、そういう見た目の話はさておき、心配なのはバランスだ。
震電のそして俺の戦闘スタイルの生命線は機動力だ。左右バランスが狂ってイメージ通りに飛べないのは困る。
「重量配分は問題ない。左右で合わせてあるからな。武装も同じじゃ。
ただ、腕の形状の違いがどの程度影響を与えるかはスマンが分からん」
ここから先は乗り手で何とかするしかない、ということか。
急の修理では仕方ない。
ガルニデ親方の目の下にはクマが出来ていて、いつも威勢がいいというか、エネルギーが満ちている顔にも疲労の色が濃い。
いかにも徹夜明け、という感じだ。
「わかりました。多少のブレは俺が何とかします」
「頼むぞ」
「では飛行船に乗ってください。出発します」
イングリッド嬢が話しかけてくる。
いよいよ決戦の場に出撃か。
―――
この船に乗っている間は出撃準備はしなくてよい、とのことだったのでガラス張りの操舵室で空を見ながら過ごさせてもらう。
操舵室の真ん中には方位磁石のようなものと高度計が設置されている。
システィーナの言っていた、竜の爪の6階層の方角というのは、前の部分が方位を、後ろの数字が高さをしめしているらしい。
地球の海は平坦だけどこちらは海面はなく立体だから、高度の概念が含まれるのは言われてみれば当たり前だった。
システィーナの話ではフローレンスから4日、ということだったが、おそらく船足の速い飛行船だったんだろう。
3日目にはすでに包囲網をしいている騎士団の飛行船と遭遇した。
「今のは2次包囲網の飛行船です。一次包囲網までもう少しお待ちください。
そちらにトリスタン公もおられます」
イングリッド嬢が説明してくれる。
どうやらホルストの拠点を囲むように2重の包囲網をしいているらしい。
それから1時間ほど飛んだところに、一次包囲網はあった。距離を置いて大小さまざまな20隻近い飛行船が編隊を組んでいる。
飛行船が速度を落とし、包囲の中心にいる巨大な双胴飛行船に近づいていく。
「あの大型船がトリスタン公の座乗艦ダンテです。まずは公にご挨拶していただきます」
「了解です」
「敵の様子をご覧になりますか?」
イングリッド嬢が望遠鏡を差し出してくれる。
「ありがとう」
気配りの人だな。お偉方の護衛だからそうなるのだろうか。
ありがたく受け取って望遠鏡に目を当てる。
レンズにぼんやり移ったのは、浮島というより、どちらかというと小惑星帯のような感じの場所だった。
小島みたいなのを想像していたのだけど、ちょっと違う。騎士より大きめのくらいの岩が無数に浮いている。
システィーナが嘘をついていなければ、この岩場の奥にホルストの拠点がある、ということになる。
包囲をし始めてどのくらいたつのか。震電の修理をした時間とかから逆算しても、おそらくまだ本格的な攻勢にでているほどではあるまい。
どう攻め込むべきなのか。
「渡し板の設置が完了しました」
頭の中で色々考えているうちに、飛行船が接舷したらしい。
操舵室に入ってきた船員が声をかけてきた。
イングリッド嬢が俺を促す。
「では、まいりましょう」
---
流石に双胴飛行船だけあって、ダンテはシュミット商会の貨物船と比べると中がけた違いに広い。
結構な距離を歩かされ、何ヵ所かで騎士団員のチェックを受けさせられる。
ようやく、会議室のような広間でトリスタン公とおそらくその参謀が出迎えてくれた。
「よく来たな。お前のような優秀な乗り手が参戦してくれたことをうれしく思うぞ」
別に自発的に参戦したわけではなく、むしろ有無を言わさず引っ張り込まれた感があるんだが、まあそれはいい。
流石に騎士団長の旗艦だけあって、会議室は飛行船とは思えない豪華さだった。
凝った作りの戸棚が並び、本や酒瓶らしきものが整然と収められている。
壁にはタペストリーがはられていた。
中央には長机が置かれ、その上には空域の地図や、小さな船の模型が置かれている。飛行船の配置図だろう。どことなく第二次世界大戦の机上演習風だ。
今日はトリスタン公は、乗り手用の防寒着を着て、手には指揮棒のような細い棒を持っている。
防寒着は白地に金糸で紋章が刺繍されていて、地球のレーシングスーツのようにスリムなつくりだ。俺のはもう少しモコモコしていて動きにくい。
うらやましいぜ。この件が終わったら一枚融通してもらおう
「こちらもお会いできて光栄です。どうですか、状況は」
「正直言って、やっかいな場所に陣取っているな。小賢しい奴だ」
いいながら、指揮棒で絵地図を指す。
「岩の間が狭いから騎士での切り込みがしにくいうえに、岩の間にワイヤが張ってあるからうかつに飛びこめん。
それに岩のあちこちに防御砲台が設置されている。
当面は砲撃を加えて圧力をかけるしかない」
そんな話をしている間にも断続的な砲撃音が響いてくる。
岩場全体が要塞状態になって、そこに立てこもっているいるわけだ。
空中に島が浮かんでいて、飛行兵器がある世界で籠城戦をみることになるとは思わなかった。
そうなると不安なのは海賊の動向だ。
援軍の当てのない状況での籠城策は愚の骨頂だ。城に引きこもって防衛体制をとっている、ということは、なんらかの援軍の当てがあると考えるのが妥当だろう。
俺は地球の戦史に詳しいわけではないが、そのくらいのセオリーは知っている。
「ここが囮で背後をつかれる可能性とかは考えてますか?」
俺の指摘にトリスタン公が驚いた顔をする。
「ふん、お前もパーシヴァルと同じことを考えるのだな。
戦略を学んだこともあるのか。乗り手として優秀なだけではないとはな」
「パーシヴァル?」
「騎士団の副団長閣下です。パーシヴァル・アシュフォード様。
飛行船部隊の指揮官であられます」
イングリッド嬢が補足してくれる。
「あいつのことは好きにはなれんが、そういう駆け引き面については信用できる。
お前も同じことを考えているのなら、お前は2次包囲網で待機しろ。
パーシヴァルの読みでは、まずは背後をついてくるだろう、とのことだからな」
好きになれん、というところは引っかかるが。鋭い読みだ。
防御力の高い城をあえて包囲させておいて敵の目を引き付け、別動隊が後ろをつく、というのは地球ではありがちな戦術だが。
あまり籠城戦とかのセオリーがなさそうなこの世界でも、そういう風に考えを巡らす人はいるわけだ。
「じゃあそうします。
ただ俺は部外者なんですがね、行っても大丈夫ですか?」
トリスタン公やイングリッド嬢は俺のことを知っているが、他に騎士団で俺のことを知っている奴はあまりいないはずだ。せいぜいが俺が稽古をつけた訓練生くらいか。
いきなり部外者が行って面倒ごとになるのは困る。
「お前のことを知らない騎士団員はおらんから安心しろ。
かわいい顔して訓練は鬼の如し、しかし効果は絶大、と皆が知ってる。
お前の訓練を受けた連中は目覚ましく進歩したからな」
なるほど、鬼教官扱いですか。
まあ言われても仕方ないことはやったが、あの訓練はむしろ俺の方が大変だったというのに。なんか理不尽だぜ。
「当面はパーシヴァルの指揮下に入れ。期待しているぞ」
「ここに来た飛行船を使って、そのまま二次包囲網に加わっていただきます」
さて、どうなることやら。
まあでもシスティーナクラスのが出てくることはあるまい。
アイツより強いのが出てこないだろう、というだけで少し気が楽だ。
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