第34話 白昼の襲撃

 工業ギルドでの予期せぬ騒ぎから2週間経った。


 今日の予定は、セレナの買い物の付き合いだ。なぜ俺がそんなことをしないと行かないかは謎だが、その後は2時の鐘のころにフェルと待ち合わせて、一緒に工業ギルドへ行くことになっている。


「お姉さま、まだ話が大きくなったことを気にしておられるんですか?」


 セレナが心配そうに聞いてくる。


「まあな。補強するなら静かにやっておきたかったよ」


「でも、いろんな人が知恵を出してくれればスゴイ装備も出来上がるかもしれませんよ。

 それに店主やウォルターさんも言ってたじゃないですか。

 商会としては、ランペルール家とつながりができるってすごいことなんですから」


 異世界から来た俺としてはよくわからないが、7大家がフローレンスに与える影響力は相当にすごいようだ。

 エルリックさんの布告は1日もしないうちに工業地区中に知れ渡り、結構な数の工房が近接戦用の武装の開発に取り掛かっているとか。これもランペルール家の影響力だろう。


 たしかに、より多くの人が知恵をだしてくれる方が素晴らしいものはできやすい。ただ、あまり大掛かりにやることは海賊を刺激することにもなりかねない。

 今のところ強襲型機に襲われたという話を聞かないことは幸いだが。


「で、買い物はあとどのくらいなんだ?」


 ……返事がない。


「どうした?」


 後ろを振り向くと、セレナが立ち止まっていた。その真後ろに知らない男が立っている。


「なんだ、アンタ?」


「貴方に会いたいという人がいます。一緒に来てもらえますか?」


 そう言って男が手を上げた。その手には銃が握られている。


「こんなところで、正気か?」


 人通りが少ないとは言え、こんな街中で白昼に仕掛けてくるとは…

 男はそれに答えなかった。選択の余地はないか。


 ---


「ようこそ、シュミット家の魔女ソーサレス・オブ・シュミット様。

 高名な貴方にこんな形でお越しいただくことになって申し訳なく思いますよ」


 銃を突きつけられて連れてこられたのは、おそらく元酒場という感じの建物だ。机といすが転がっていて、部屋の中央の大きなテーブルに俺たちは座らされている。

 セレナが不安そうな顔で俺の手を握ってくる。

 彼女は単なる事務担当で荒事の経験はないから不安だろう。安心しろという代わりに手を握り返す。


 目の前に座っているのは優男、という感じの30ちょっと前くらいの男だ。そいつが合図すると、側に控えていた男がお茶を出してくれた。

 ブラウンの少し短めに整えた髪にこれまたブラウンの目。眼鏡を掛けていて物腰柔らかな印象を受ける。

 服装も商人とかが来ていそうなごく普通の、地味で目立たない感じだ。

 ただ、愛想よく笑っているようにみえるが、目は笑ってない。張り付いたような、という感じの笑みだ。


 男の右側には俺たちに銃を突き付けてここまで連れてきた男。左は腰に剣を吊るしたチンピラ風の男。

 ドアと俺たちの間にも二人いる。多勢に無勢というのもあるが、入り口まで遠い。セレナを抱えて逃げるのは難しそうだ


「いかがですか?いいお茶ですよ?」


「誰が飲むか。どんな毒や薬が入ってるかわからねぇのに」


「それは残念。まあいいです。用件を単刀直入に申しましょう。

 ディートレアさん、今あなたの貰っている報酬の5倍を保証します。

 私の部下として騎士に乗っていただきたい」


 手荒い歓迎だったから海賊の手合いかと思ったが、どこかの商会の引き抜きなのか?


「もちろん震電と同等以上の騎士を用意いたしますよ」


「俺はアルバート店主に恩がある。裏切るつもりはない。

 そもそもてめえ誰だ?名前くらい名乗れよ」


「申し送れました。わたくし、ホルスト・バーグマンと申します」


 商業地区やシュミット商会に出入りしてそれなりになるが、まったく聞かない名前だ。


「……商人海賊?」


 横でセレナが小さくつぶやいた


「知ってるのか?」


「自分で船を持ったりしないであちこちの海賊に力を貸している海賊だって……昔聞いたことあります。

 でも2年くらい前に騎士団の討伐作戦で死んだって話だったとはず」


「さてどうでしょうかね。しかしお詳しいですな、小さいお嬢さん。

 シュミット商会は優秀な方が多いようだ」


 海賊版の経営コンサルタントってわけか。ろくなもんじゃないな。

 影武者を立てて生き残ったのか、それとも名前を名乗る2代目なのか。


「俺に海賊になれというわけか?」


「その通り。何か問題がありますか?」


 ホルストがこともなげに答えてお茶を一口すすった。


「そもそも、騎士の乗り手にとって大事なのは報酬でしょう?誰が払おうがカネはカネです。気にする必要はない。

 5倍が不満なら上積みをしてもかまいません。あなたにはその価値がある」


 2時の鐘が聞こえてくる。

 俺が黙っているとホルストが話を進めた。


「そもそも、今あなたが進めている新武装。あれはよくない。

 護衛騎士と我々、正面から近距離で撃ち合えばどうなるか、この間であなたにもわかったはずです。

 我々にもあなたたちにも多大な損害が生じるでしょう。飛行船も無事では済まない」


 そう言ってホルストが一呼吸おいてお茶に口を付けた。また笑みを浮かべる


 「ですから、そんな野蛮な真似はやめましょう。遠間から撃ち合う分にはお互いに損害が少なくすむ。

 我々は無益な殺生も破壊も望むところではありません。時々船をいただいているだけです。お互いに安全にね」


 この間で、あなたにもわかったはず、だと?


「まあそんなことはどうでもいいのです。

 いかがですか?ディートさん。5倍だ。悪い話ではないでしょう」


 地球では単なるテストドライバーだったので、5倍の年俸提示なんてものも、破格の契約で引き抜き、なんてのも初めてだ。もしそういうことがあったら、俺は移籍しただろうか。自問自答する。


 少し考えたが、答えはノーな気がした。より条件のいいところに移籍するのはプロとしては正しいのかもしれない。

 だけど、世話になったチームを金に釣られて離れる、なんてことをやる奴は、同じように切り捨てられると思う。そういうのは何度も見てきた。

 それに、こっちの世界来た時に誓った。この世界にいる限り、アル坊やの力になる。


「お断りだ」


「カネでは靡かない、とそういうことですか?」


「いくら積まれてもシュミット商会を離れる気はないし、海賊になる気もない」


「なるほど。ではこういうのはいかがです?」


 左側の男が銃を抜いてセレナの額に突き付けた。

 俺の手を握っているセリエの手が強張る。


「本当のところ、あなたの親や恋人とかをお連れしたかったのですが、調べても、そういう人は見つけられなかった。

 アルバート店主がどこかから連れてきた、という以上の情報がない。不思議なものです。

 クリスティーナというレストレイア工房の娘に似てる、という話も聞きましたが別人のようですし」


 中が違うだけで入れ物は同じだが、なかなかよく調べている。


「だが、あなたは今までの話を聞くになかなかに仲間思いで義理堅い様だ。

 彼女の命と引き換えに私に従う、これではいかがですか?」


「むりやり従わせて、俺があんたのための働くと思うか?」


「まあ最初はそうでしょうね。でもそれはそれで悪くはない。

 それに人間は環境になれるものですよ」


 すぐ使えなくても敵の戦力を削げればOKというわけか。

 合理的で感心するよ。


「どうですか?彼女の命、大事でしょ?」


 セレナがおびえ切った顔でこっちを見る。絡んだ指が俺の手に食い込んだ。


「もしてめえが引き金を引いたら……」


「引いたら?」


「俺は騎士団に入る。

 で、最強の強襲型部隊を組織してお前を空の果てまで追いかける。月まで逃げたら、月の裏で待ち伏せしてやる。

 生きたまま雲の海に投げ捨ててやる」


「今の状況でそれを言えるのは大した度胸ですね。

 ですが、あくまで従わない、というならあなたを殺すしかない。

 従ってくれるのが一番だったんですが」


 今度は銃口が俺の額に向いた。

 ひっと、セレナが悲鳴を上げまた俺の手を強く握る。


「私は商人です。商売上のリスク要素は取り除かなくてはいけない。

 最悪あなたをフローレンスから排除するだけで我々としては悪くない。働いてくれなくてもね。

 だがあなたを殺したくないのは本当です。

 もう一度言います。5倍の報酬で私の下につきなさい」


「で、俺がお前の下についたら。

 強襲型機を使って護衛騎士と飛行船を狩るのか?」


「察しがいいですね。

 あなたがいなければ我々を止められるものはいない。稼ぎたい放題ですよ」


「このクソ野郎!」


 ののしってみたものの状況は改善しない。

 どうするのが最善だ?ここでノーと言えばこいつは俺を殺すだろう。

 今少し話してわかった。人を殺すなんてなんとも思ってない。まあ海賊にモラルを求めてもしょうがないが。


 机を蹴飛ばして不意打ちでもかけるか。

 と思ったが……さすがに武装した5人相手には勝目はなさそうだ。ウンディーネ号での制圧は我ながらできすぎだったし、あれは3人全員に不意をつけたからこそだ。


 少し離れたところに居る二人が厄介だ。仮に上手く3人相手に不意を付けたとしても、セレナを守りながら2人を制圧するのは難しい。

 俺が撃ち殺されたらセレナも無事には済まない。一度従うふりをして隙を探るべきか。


「意地を張っても意味はないですよ。

 あなたがうんと言わなければ、ここで死体が二つ並ぶか、死体を一つと奴隷が一人生まれるかのどちらかです。

 さあ、返事を」


 ``ディート。黙って聞いて``


 突然俺の耳の横で声が聞こえた。

 誰だ?という声が出かかったが、かろうじて押し殺す。

 目の前のホルストや周りのチンピラ、セレナの誰にも今の声は聞こえなかったらしい。空耳か?


 ``合図したらセリエと伏せて。いいね……3``


 空耳じゃなかった。


 ``…2……1…``

「さあ、どうするんです?私も気が長い方ではない」


 どちらにしても有無を言わせずか。何がなんだかを考えてる暇はないらしい。

 何が起きるかはわからないが、この声の主が味方なのは確かだ。信じるしかない


「さあ!」


 ``ゼロ!``


 カウントダウンと同時にセレナの肩を抱いて横に飛んだ。


---


 何の前触れもなく天井でなにかが割れる音がした。天井を向くと、ガラスがきらきら輝きながら降ってくる

 天窓が割れた?全員の目が天井を向く。

 セレナの上に覆いかぶさるようにして床に伏せる。


 二人で床に転がったのとほぼ同時。

 ドアが音を立てて開き、銃を構えていた男の右手に3本のナイフが生えた……ように見えた。

 投げナイフが突き刺さったと気づくのに一瞬の時間がかかった


「ぎゃあ!」


 男が右手を押さえてうずくまる。はずみに暴発した銃弾が俺たちの後ろの壁をえぐった。


 ドアから銀色の塊が飛び込んでくる。

 その銀の塊がドアと俺たちの間にいた男2人に目にもとまらない速さで蹴りを叩き込んだ。顔から血がしぶき、男が倒れる。


 テーブル側にいたチンピラが剣を抜き銀の塊に向かって突きだすが、くるりと体を回転させてかわすと肘撃ちを鳩尾に打ち込む。銀の髪がたなびく。

 姿勢を崩した男の顔を手で払いのけると、真っ赤な血が噴き出した。

 チンピラが顔に手を当てて転げまわる。


 この間わずか数秒、まさに電光石火。


 ようやくだれだかわかった。フェルだ。銀の髪としっぽが伸び、普段は白い手足の肌からも銀の毛が生えている。指先には血に染まった爪。

 精霊人は先祖返りメタモルフォースという魔法が使える、と聞いていたが、それか。


 フェルがオオカミというよりヒョウのように軽々と跳躍しホルストに飛びかかった。

 ホルストが椅子から立ち上がり何かをつぶやく。突然部屋の中に風が吹き机がなぎ倒された。

 フェルの体が風に阻まれて空中で押し返されるように引き飛ばされる。

 空中でくるりと一回転して着地した。


「ディート、セレナ、無事かい?」


「フェル、助かった!」


「懐かしい顔だな。フェルメール。来るかもとは思っていたが本当に来るとは、さすがだ」


 フェルがホルストを見て表情が一変した。


「あんた……ホルスト・バーグマンか!」


 知り合いなのか?


「首輪が恋しくなったかね?いつでも戻ってきたまえ。昔のようにかわいがってやるぞ」


「殺す!」


 フェルが銃を抜いて引き金を引く。が弾は風の壁に押し返されて勢いを失いポトリと落ちた


「銃などでは私は傷つけられない。わかっているだろう?」


 これは……魔法だ。この世界にきて3カ月近いが、使い手があまり一般的ではないから初めて見た。

 いつも飄々としているフェルが凄まじい目でホルストをにらみつけている。


「ディートさん、交渉決裂で残念ですよ。また会いましょう」


 風の壁の向こう側でホルストが会釈をしてもう一つのドアから悠々と出て行った。

 逃がしたのか……それとも危機は去ったなのか、判断がつきかねた。


 ---


 ホルストが出ていき、後には4人の男が残された。

 3人は顔に深い爪痕が刻まれ、一人は右手に3本のナイフが突き刺さっていて戦闘不能だ。

 一人で出て行った、ということは全員捨て駒だったわけか。


「助かったよ。でもどうしてわかったんだ、ここにいるのが」


「この姿になると嗅覚も何十倍も鋭くなるんだ。

 待ち合わせの時間になっても来なかったからさ。においを追ってきたんだよ」


 肩くらいに切りそろえた髪が腰くらいまで伸び、しっぽも足元まで伸びていた。手足の肌からもところどころに銀の毛が生え、顔は毛で隈取のようになっていて、普段と全然雰囲気が違っていた。

 足は裸足で、手足の指からは小さめのナイフのような鋭い爪が生えている。

 いつもの和風っぽい上着は来ておらず、ホットパンツにゆるめのTシャツのような格好で目のやり場に困る。


「こいつらは騎士団か自警団に引き渡そう。たぶん何も知らないと思うけど」


 部屋の隅に落ちていたロープで4人を縛りながらフェルが言う。

 自警団は民間警察組織みたいなもんで、騎士団は軍隊の警務部隊だ。

 海賊は原則的には騎士団に引き渡す。


「あのさ、フェル、あの声はお前だよな?」


「そりゃそうだよ。あれは精霊魔法。秘密の話シークレットトーク。見えてる相手にしか使えないけど、風の精霊を使って声を届けられるんだ」


「魔法なんて使えたのか」


 今までそんなそぶりはなかったが。


「精霊人は多かれ少なかれ魔法は使えるよ。今までディートの前で使う機会はなかったね、そういえば」


 魔法が無ければ奇襲もできなかっただろう。

 本当に助けられた。


「あとさ……」


 と聞こうとしてちょっと言葉に詰まった。

 ホルストとフェルは間違いなく面識がある。そして、それは旧知の二人の楽しい再会、なんてものじゃない。

 聞くべきことではないか。


「……ああ。あたしはあいつの奴隷だったんだよ。

 本当に運よく逃げ出せてさ、たまたまシュミットの先代に助けられたんだ」


 質問を察したらしく、こともなげに答えてくれた。

 フローレンスには公式には奴隷制はない。だが海賊の間ではあるということか。

 奴隷、しかもフェルのような女がどう扱われるか、なんて考える間でもない。

 嫌なことを思い出させてしまった。


「……すまん。悪かった」


「あいつは金のためなら何でもやる、奴隷取引だろうが麻薬の売買だろうが。真正のゲス野郎さ。

 ディートがあんなのの下につくやつじゃなくてよかったよ」


 フェルが吐き捨てるように言う。

 そして、もう一つ。今日のことで確定した。

 この間で、あなたにもわかったはず、だ、とあいつは言っていた。

 あの強襲型機の襲撃はあいつの差し金だ。明確に俺たちを狙ってきたんだ。おそらく警告のために。

 で、今日のこれだ。お互いに宣戦布告に近い。


 こうなってほしくなかったが……そのつもりはなかったが俺が世界を変えてしまった。

 色々と腹をくくらないといけない。




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