第33話 工業ギルドでの邂逅

 工業ギルドはレストレイア工房のすぐそばにあった。

 レンガ造りの横にも縦にも巨大な建物だ。


 工業ギルドはガルニデ親方によると、研究所兼資料室らしい。

 騎士の実験機を建造してしたりもしているらしいので、建物が大きくなるのは道理だろう。

 飛行船、エーテル炉、騎士の建造、武装のみならず、個人用の銃や武器まで含めて工業ギルドに属するらしいので、そう考えると超巨大組織だ。

 日本の感覚だともっと細分化されそうなものだが、この辺は全部工業という大きな枠で括られている。


 重々しい観音開きのドアには、槌やペンチなどを意匠化し、その後ろに炎が燃えていて、それを歯車が囲んでいるという複雑な紋章が金で書き込まれている。工業ギルドの紋章だろうか。


 ドアを開けてみるとシュミット商会のホール少し広い、30m四方くらいのホールがあり、正面にはカウンターがある。

 暇そうな男が本を読んでいて、ドアの空いた音を聞いて顔を上げた。


「どうもお嬢さん。工業ギルドに何か御用ですか?」


 俺はどう見ても工業ギルドの会員には見えまい。なんせ見た目は19歳女の子だ。


「レストレイア工房のガルニデ親方から紹介されてきました」


 紹介状を差し出す。受付の男は紹介状を開けて目を走らせる。


「レストレイアからですか。最近はあそこは評判がいいですね。

 ふむ書庫を見たいとのことですが……」


「ええ。ちょっと今新しい騎士の武器を考えてまして。参考になれば、と。

 俺はあまりそこらへん詳しくないんで、誰かに手伝ってもらえるとありがたいんですが」


 俺はあくまで乗り手で、設計図を見ても何が何やらわからない。

 補助してくれる人が欲しい。


「なるほど……では誰かに……」


「そういうことなら、私がしようじゃないか」


 突然、受付のうしろのドアが開いて一人の男が出てきた。

 白衣のような長めの上着を羽織った細身の長身の男だ。

 銀色の髪をターバンのように巻いた布で押さえている。

 なかなかのハンサムさんで、ガルニデ親方のように現場で機械と格闘する工房の技師と、いうよりラボに籠っている研究者風だ。


「エルリック様が?」


「私では何か問題があるかね?」


「いえ……そのようなことはしかし、他にお仕事が……」


 受付の男の反応から見る限り、結構なお偉方なのはわかる。

 というか、どこかで聞いたことがある名前だ。


「君が噂のシュミット家の魔女ソーサレス・オブ・シュミットか。なんでも革新的な機体を設計したと聞いているよ」


 紹介状を読んだエルリックさんは俺のことを知っていたらしい。


「俺は手伝ったというか、アイディアをだしただけです」


「俺、か。噂通りだね。かわいい女の子なのに男口調なのだね。面白い!

 で、今日は騎士の新しい武装のために来たのかね」


「ええ、まあいろいろと」


 俺は先日の襲撃のことをかいつまんで話す。


「なるほど。それで工業ギルドにきたわけだ。いいね。

 では書庫に案内しよう。いいな、君?」


 受付の人に有無を言わせぬという口調で告げると、俺を手招きして奥に入れてくれた。話が分かる人に当たったのはありがたい。

 でかい組織だと、もっとお役所風の堅苦しいのを想像していたが案外に敷居が低い。


---


 長い石造りの廊下を歩くこと約5分。エルリックさんが案内してくれた書庫は、膨大な本や書類が詰め込まれていた。

 もっと雑然としているかと思っていたが、ほこりっぽいところを除けば、整然としている。エルリックさんも迷わず書庫の奥に進んでいく


「ここが古い設計図の保管場所さ。さあいろいろ見てみようか」


 そういうと巻いてある大きな紙を棚から取り出しておいてあった机に広げ始めた。


「例えばこれはどうかな?これはフローティングシールドだ。

 盾を空中に浮かせて両手を開けるための装備さ。

 カノンがまだ大型で両手で使っていた時に考案された武装だね」


「便利そうじゃないですか。なんで使われなかったんです?」


 人型兵器、というか騎士は腕が2本しかなく、装備する武装には制約が出る。盾を空中に浮かせて両手を開けられるのはかなりのメリットのはずだが。


「操作が難しいというのが一つだったようだね。

 両手でカノンを構えながら別件で盾を操作しなければいけないからね。たいそう不評だったらしい。

 あと、間抜けなことに盾の速度が騎士より遅くてね。騎士が浮かせた盾に衝突したそうだ」


 そりゃダメだわ。


「あとはこれかな。グラビティカノン」


「これは?」


「命中した相手をエーテルの作用で雲海のエーテルに引き寄せるんだ。

 要はスピードを落とすための装備だね」


 これもなかなか使えそうな武器だが。

 使われなくなったのには理由があるんだろうな。


「これは何で使われなかったんです?」


「カノンより射程が短かったのさ。カノンの技術革新が速すぎてね。

 敵味方にカノンが普及して射撃戦がメインになると、射程の短さが難となって使いどころがなかった、と記録されてるよ」


 海賊の騎士が間合いを詰めてくるのなら、使いではあるかもしれないな。


「ほら色々とあるぞ。これはワイヤーケーブルで腕を伸ばして中距離から接近戦を有利に戦うための武器だ」


 有線サイコミュか、これは。

 エルリックさんが次々と設計図が机に広げてくれる。まあなんとも色々とあるもんだ。

 ただ、ここに設計図だけ眠っているということはほとんどが実戦ではほとんど役に立たずお蔵入りになった、ということなんだろうな。


 しかし、F1とかラリーも歴史をたどれば黎明期は今から見ると滑稽としか言いようのないヘンテコな車体が存在した。

 技術が未成熟な時代は試行錯誤の結果、後からみるとバカバカしいようなものも生まれてくる、ということだろう。


 敵に近接強襲型が現れるかもしれない、という前提ならグラビティカノンは使えるかもしれない。

 フローティングシールドは今の技術で改良すれば盾を浮かせた状態で、片手にカノン、片手にショットガン、ということも可能かもしれない。

 やはり詳しいところに聞くのが一番だった。


「この設計図は借りていくことはできますか?」


「うーん。原則は禁止なんだがね。だが、私が言えば……」


 と、そのとき。


「エルリック様ぁ!!!!」


 ドアが開いて大声をあげながら一人の男が飛び込んできた。


「承認いただく書類が山積みになってます!お部屋にお戻りください!!」


「うるさい、今いいところなんだ、邪魔するな」


「ギルドマスター!いい加減にしてください!署名を!!」


 ギルドマスター?


「くだらない。そんなものは妹にでも書かせておけ」


「エレンディア様は議会にご出席です!」


「ちっ、そうだったか。肝心な時にいないとは至らぬ妹だ」


 エルリックさんが首を振る。

 ギルドマスター……思い出した。アル坊やが言っていた。

 フローレンスには建国に多大な尽力をした7大家がある。

 その7大家は、それぞれ議会の議長、フローレンスの学園長や騎士団、各ギルドのマスターを務めている、と。

 その中の工業ギルドのギルドマスターであり、かつての騎士の基礎設計に多大な貢献をしたのがランペルール家。で、その現当主が……


「エルリック・フォン・ランペルール?」


 どう見ても7大家の当主というより研究者なんだが。

 噂では技師としては一流で、飛行船の設計やエーテル炉の改良に力を尽くしている。その反面で政治には興味がなく、妹さんが実務を取り仕切っているとか。

 とりあえず、今見る限り噂には一部の間違いもない。


「その通り。私がエルリック・フォン・ランペルールだ。

 まったく面倒な話だよ。ディート君、ちょっと部屋まで付き合いたまえ」


 無礼を働いてないかちょっと不安になる。というか、そういうことは先に言ってほしい。

 ……とりあえず、俺を知らないのか、とか怒られなくてよかった。


 ---


「まったくくだらない。君もそう思うだろう?」


 ギルドの3階の立派なギルドマスター専用の部屋には、巨大な机に書類が山のように積みあげられてた。

 書類に次々とサインをして蝋で指輪の紋章を捺しつつ、エルリックさんの愚痴は止まらない。


「そもそもランペルール家は技師としてその名をはせたのだ。

 我が家の務めは世界により良い技術を作り出すことであるのに、その当主がこのような雑事に忙殺されるとは。まったく許しがたい愚行だ。

 そう思うだろう?」


 同意を求められても困るんだが。

 エルリックさんの横に立って書類を整えている秘書っぽい人は、いつものこと、と言わんばかりに顔色一つ変えない。


「そもそも政治なんて馬鹿げた騙し合いの椅子取りゲームだ。

 それに対して技術は、正しいか、正しくないか。強いか、強くないか。これほど明確なものはない。

 よし、これで終わりだ」


 最後の一枚にサインをして投げるように秘書に渡すと、こちらを向き直った。


「ディート君。君には感謝しているんだ。

 噂では君の革新的な騎士、震電というのであったかな?のことは聞いていた。

 技術というのは、君のような革新的なことをするものが居なければ変わらないからね」


 俺が黙っていると、エルリックさんは構わず話を続ける。


「そもそも、我々技師にとっては新しいものを生み出すことこそ喜びだ。

 それがここ10年はやれカノンの射程が上がっただの、威力が増えただの。

 既存の技術をチマチマと変えるだけ。

 こんなものは革新とは言わん。停滞だ。許すべからざる停滞だ」


 言っている事はわかる。

 彼としては、いままでの戦術とかセオリーを変化させるような技術こそが革新的な技術、ということなんだろう。それはそれでわかりやすい。

 ただ、レーサーの立場から言うと、最適なセオリーが出来てからその中でどうやって技術の研さんを図るか、というのもそれも十分に革新だ。


 だが、反論はやめておいた。

 いつだってスポンサー様は神様だ。怒らせても得にはならない。


「しかし、いずれにせよ君が言うその強襲型の騎士を海賊が使い始めたとすれば我々としても対応しなければいけない問題だな。

 しかも速やかに、だ。海賊に後れを取るわけにはいかん」


 なんか心配そう、というより嬉しそうなんだが、それはどうなんだ、と心の中で突っ込みを入れておく。


「これは全ギルドの力を結集すべきことだ。被害が出てからでは遅いからな。

 よし。誰かいないか!」


「およびですか?」


 さっきの秘書の人が部屋に入ってくる。


「すぐにすべての工房に布告を出したまえ。

 強襲型の海賊の騎士が現れた。こういうタイプの騎士に対抗する武装を考案すること。

 有効なアイディアを出したものにはランペルール家の名において賞金を出す、とな」


 秘書の人は頭を下げて出て行った。


「どうだ?これでフローレンスの全工房とはいわないが、相当数の工房が新武装の発案に参加するだろう。

 少し待ちたまえ。君の望むような武器も得られるだろう」


 満足気に笑みを浮かべるエルリックさん。

 しかし、設計図を借りて、ガルニデ親方と策を練る、というつもりだったのに。話がとてつもなく大きくなってしまった。

 果たしてこれがいい方向に転ぶか


 ……不安だ。




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