第23話 お披露目

「今日、わが商会に新たな騎士が加わりました。

 この喜ばしい日を皆さんとともに祝えることをうれしく思います。

 今日は楽しんでいってください」


「おめでとうございます!シュミット様!」

「おめでとう!」

「新たな騎士に祝福を‼炎の武勲を!」

「シュミット商会に繁栄あれ!」


 アル坊やの挨拶が終わると、爆竹のようなものが鳴り響き、ラッパのようなものが吹き鳴らされた。

 待ちに待った、工房に来るなと言われてから10日目、ついに、ついに俺の機体が完成した。


 工業地区から港湾地区へは専用の広い道と鉄道が整えられている。

 鉄道線路4本を使った巨大な貨車に俺の機体がしゃがむようにして乗せられている。


 港湾地区の一角、ローディと勝負したあの場所には30人近い商会の関係者、飛行船ギルド、工房の関係者が集まっていた。

 普段の雑然とした雰囲気ではなく、騎士の部品などもきれいに片づけられていて、そこかしこにはテーブルが置かれて料理と酒がならべらえている。立食パーティ風だ。ちょっとした楽団がにぎやかに音楽を演奏してくれていた。


 実は完成自体は二日前だったが、天気が晴れるのを待っていたらしい。

 待った甲斐があって、今日は抜けるような青空。吹き抜けていく風が気持ちいい。

 わざわざ待たなくてもいいような気もするが、新しく騎士がつくられたときはこんな感じでおひろめをするのが慣習なんだそうだ。

 地球でも新しいシーズンのフォーミュラーカーの発表は盛大なイベントになるし、この辺も似ているな。


 それに、今回はシュミット商会としては大事だ。

 2機目の騎士を持ち、これで再び商売に本格復帰できる。そのカギを握る二機目の騎士のお披露目なのだ。

 俺たちは、シュミット商会はこれから立ち直る、見ててくれ、そして仕事を任せてくれ、というアピールの場だ。


 アル坊やには悪いが、俺の目はしゃがんだ状態の騎士にくぎ付けだった。

 出来あがった騎士は、中世の騎士の鎧の様な外観は変らないが、前に乗ったものよりは若干小さめの全長だ。

 注文通り、肩にはちょっとした盾の様な大きめの装甲が取り付けられ、小さく棘も取り付けられている。

 翼の形状も以前見たものとは少し違っており、補助翼の様な小さめの突起が追加されている。

 全長が小さめなせいか翼が大きく見える。


「どうじゃ、翼には今までやってみたかった工夫を加えておいたんじゃ。

 補助の翼でより近接戦での小回りを利かせられるようにしてあるぞ。

 最高速も高い。

 武器もお主の要求通りじゃぞ」


 声をかけてきたのはガルニデ親方。ワインのグラスを持ちご満悦なようだ。


「完璧だよ、親方」


「なぜそんなことがわかるんじゃ?乗ってもおらんだろうに」


「俺の地元の言い伝えさ」


「またお前さんの地元の言い伝えか。また足が要らんとか馬鹿なことを言い出すんじゃなかろうな」


「違うよ。

 速いものは美しい、さ。こいつは美しい、っていうか格好いいからな。きっといい出来さ」


 戦闘機、新幹線、速く走るものは無駄をなくして美しい流線型になる。


「成程の。お前さんがどこの出身化は知らんが、いいことを言うやつもいるようじゃな」


 ご機嫌でグラスに入ったワインを一気に煽った。

 見た目が背が低くて筋肉質なんで、ドワーフがエールを煽るの図にしか見えない。


「まあいいわ。慣らしは明日以降じゃろうからな。今日は楽しむとよいじゃろ」


 そういって親方はアル坊やの居る人だかりのほうに歩いて行った。


 ---


 挨拶が終わるとあとは思い思いに食事と歓談でいいらしい。


 テーブルの上には多彩な料理が並べられている。

 かご一杯に盛り付けられたパン、鳥の足を焼いたものや、日本にもあったようなキャベツっぽい葉野菜のグリル。トマトっぽいものを使った思しきスープ、トビウオのような羽がついた魚を焼いたもの。

 中央の机の真ん中には鳥一匹を丸焼きにして、腹の中に香草と麦のペーストを詰め込んだものもある。


 試しに鳥の足を焼いたものをかじってみると、ワインか何かを使ったらしいソースでパリッと焼かれた皮の下から、味がきちんとつけられた甘い肉汁が溢れてくる。こりゃ美味い。

 さすがに食道楽街道の最先端を突っ走る現代日本の水準には及ばないものの、この世界は料理は結構美味しい。


 酒についてはワインが主力で、今日もワインを入れた小さな樽があちこちに置かれている。

 食事についてはビールがレアなのと揚げ物がないのは残念だ。いつか鶏のから揚げと枝豆をつまみにビールが飲みたいもんだ。


「まったくてめぇ、女のナリなんだからもう少し見た目を考えろや」


 クリスマスのチキンを食べるように手づかみで鳥の足をかじっていた俺にローディが声をかけてきた。

 グレゴリーとフェルも一緒だ。


「俺は男だからな。見た目は知らんが」


「てめえがヘマやらかしたらすぐにでも俺が変わってやるからな!」


「姉御、楽しんでますか?」


 ワインのカップを手にしたグレゴリーが声をかけてくる。


「ええ、そりゃもう。にぎやかですね」


「当然ですよ。騎士が新しく作られるってのは工業ギルドにとっても一大イベントですからね。

 でも飛行船の新造のときはもっとすごいですぜ」


 確かに騎士1機でさえこれだけなんだから、飛行船の時はもっと大規模になることは想像に難くない。


「ディート、口の周りが汚れてるよぉ。綺麗にしないと、お客さんが来てるんだしさ」


 フェルが目くばせしながらナプキンを近づけてきたので、ひったくって口の周りを拭いた。


「相変わらずつれないなぁ」


 フェルが肩をすくめる。目くばせされた方向から、向こうから挨拶を終えたアル坊やとウォルター爺さん、それに一人の年かさの男がこっちに歩いてくるのが見えた。

 年のころは40歳半ばくらい、ぽっちゃりした体形で愛嬌のある顔立ちだが、目は笑っていない。知性と洞察力そして尊大が同居している感じだ。


「店主、お疲れ様です」


「お疲れさんです」


 グレゴリーとローディ、フェルが頭を下げた。俺もそれに倣う。


「ディート。こちらは飛行船ギルドの運輸部門の責任者、ネルソンさんだ。

 ネルソンさん、こちらがあの騎士の乗り手、ディートレア・ヨシュアです」


「ふーむ、この女の子が……なんですか、アルバート様」


 まあこいつが何を言いたいかは概ねわかる。アル坊やは平然とそれを受け流した。


「彼女は腕利きです。僕はこの騎士を託すことに何の不安もありません」


 年齢が3倍近い相手にも全く物怖じしない。出会ったときからここぞとという場面での強さは既に社長というかリーダーの風格だ。


「ほうほう、まあお手並み拝見、ですなぁ」


 しかし相変わらずこのネルソンとかいうおっさんは小馬鹿にした口調は変わらない。

 なかなかに感じが悪い態度ではあるが、新しい騎士の乗り手が女の子、では馬鹿にしたくなるのもわかるな。


「ネルソンさん」


 ここは一言言っておこうか。


「なんだい、お嬢さん?」


 こういう時は自信たっぷりな態度で。目をそらしてはいけない。


「見ててください。俺たちは半年以内にもう一機の騎士を仕立て見せます。

 その時はまたパーティをするんで楽しみにしててください」


 グレゴリーが、言い過ぎっすよ、姉御、という顔で、アル坊やが、何言ってんですか、ディートさん、という顔で、フェルは楽し気な笑みを浮かべ、ローディはなんとも複雑な表情でこっちを見ている。

 ウォルター爺さんは顔色一つ変えない。執事の鏡。


「……そうですか。まあ名門シュミット商会が再び活動してくれるのはギルドとしても喜ばしい。頑張ってください」


 そういうとネルソンのおっさんは歩み去っていった。

 アル坊やとウォルター爺さんもそれについて行った。


 ---


「お前、正気かよ?」


「姉御、ちっと言いすぎじゃないですかね?」


 三人が立ち去った後にグレゴリーとローディが口を開いた。


「いや、そのつもりで行こうぜ。最初の仕事でできれば一機は捕まえるぜ」


 不利な状況での無謀な行動はダメだが、強気のメンタルは持たなくてはいけない。


「しかしあいつの態度は腹立ちますね。

 姉御の腕を見れば誰だってすごさがわかるはずなんですがね。全く。」


 グレゴリーは不服そうだ。


「グレゴリーさん、侮られるのも悪くはないですよ」


「なんでですか?」


「俺たちを低く見てくれれば見てくれるほど、俺たちが結果出した時のインパクトもでっかくなりますからね。

 バカにされてたら見返せばいいだけです。そうでしょ?」


 結果が番狂わせであればあるほど、世間へのアピール度は高い。

 バカにされておくのも悪くはない。


「成程、さすが姉御だ」


「侮ってくれれば一発目の攻撃は無条件で当てれるもんね。」


 これはフェル。


「ふん、まったく、いい気なものだ」


 などと話してるところに次のお客さん。商会の会計担当、ニキータとセレナ嬢だ。

 そういえば、初顔合わせ以降は俺は工房通いになってしまったし、この二人は書類の整理や飛行船ギルドとの折衝とかをしているから、ほとんど接点がなかった。


「先に言っておく、私はバクチは好かない」


 第一声がそれか。水差し野郎だな、こいつは。


「店主の意向ではあるが、私はこの経過にはいまだに賛成はできていない。

 分かっていると思うがこの機体には我が商会の資金の多くを注ぎ込んでいる。しかもお前に合わせた特注機だ。

 ここまでやった以上は結果を出してもらう。分かっているだろうな?」


 言いぐさは腹立つが、ただ、これは正論だ。

 商会の命綱ともいえる資金をつぎ込んで、しかもこんな特殊な機体を作ってもらった以上結果は出さなければいけない。

 勝ち続けなければシートは人に奪われる。どこだって同じだ。言われるまでもない。


「勿論分かってますよ、分かりすぎるくらいにね。まあ見ててください」


「わかっているならいい。さっきの大言を実現しろ。いくぞ、セレナ」


 ふん、と息をついてニキータは踵を返し、他のテーブルのおそらく飛行船ギルドの関係者と思しき何人かに挨拶をして談笑を始めた。

 こっちには高慢な態度なのに、話に解け込むときのタイミングはうまいもんだ。そこは感心する。


 ああいうう口うるさい事務方がいなければチームも会社もまわらない。

 それと好き嫌いは別なのであるが。やはり俺はああいうタイプが嫌いだ。

 これは本能だな。


「あたしも行きますね。がんばってください!ディートさん!」


 セレナ嬢がぺこりと頭を下げる。そういえばこの子とは話すのさえ初めてだ。

 ほんわかとした口調だ。レトロな片眼鏡がかわいい。


「今回のこの賭けが失敗するとホントに商会がつぶれちゃいますから!

 ホントに頑張ってください!

 あたし、この年でまだ路頭に迷いたくないです!」


 それだけ言うと、パタパタとニキータのほうに走っていった。

 ……OK、了解。なかなかに直球な意見を有難う。

 しかし、この言動はわざとやっているのか、天然系なのか。


 ---


 昼頃に始まったパーティは夕暮れ時まで続いた。

 美味しい酒と料理、にぎやかな音楽。一部いけ好かないのもいたが、おおむね楽しい時間だった。

 楽しめるのは今日まで。明日から試験飛行、そして実戦だ。


 でかいこと言った以上は実現しないとな。

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