第21話 セットアップ

「じゃあディートさん、今日からしばらくレストレイア工房に行って、機体のセッティングについて打ち合わせてください」


 試合の翌日の朝、アル坊やに指示された。


「そういうもんなのか?」


「ふつうはそういうものではないんですけどね。

 でも今回はディートさんに合わせたのを作るわけですから行かないとダメでしょう」


 それは確かにそうかもしれない。俺のイメージしている機体はこの世界の常識とは相当違っているだろう。


 ということで、俺はいまレストレイア工房に来ている。目の前には俺の未来の愛機がたたずんでいた。まだ骨組み。しかしだからこそワクワクが止まらない。


 機体の作製過程にまでパイロットが口を出せる、というのはちょっと驚きだが、一昔前のF1とかだとトップドライバーがマシンの設計に意見を言ったりするのは当たり前だったと聞く。今は空力、エンジン、あらゆる部分で専門化が進んでいるのでとても無理だが。


 しかし思えば感無量だ。

 俺の機体か。

 地球ではテストドライバー兼控えレーサーだった俺は、人の車で走ることはあっても、自分の車で走ることはなかった。


 オレのキャリアでは要求はいつだってする側じゃなくてされる側だった。

 俺としてはこうしてくれればもっと速く走れるのに、と思っても控えの立場ではそれを言い出すことはできなかった。


 言ったことはあったが、立場をわきまえろ、という目で見られただけだった。

 それが、俺の意見のままにセッティングされる機体が与えられるのだ。自分だけの機体。

 なんていい響きだろう。俺だけの……

 

「どうしたんじゃ?おい」


 喜びに浸ってぼんやりしていた俺にガルニデ親方が声をかけてくる。


「いや、まあいろいろと」


「どういう風なセッティングにするか、お前さんにはイメージはあるのか?」


 機体のセッティングか。イメージはあるが実現できるのか。

 まあでも、せっかくなんで好きなように言わせてもらおう。俺の要望は3つだ。


 1つは機動力。

 今の見たところでは、おそらくこの世界の乗り手は機体の速度性能を引き出し切れていない。

 その時点で俺には優位があるわけだが、近距離での切り合いを想定する以上、スピードは速いに越したことはない。

 この世界に機体の性能を引き出している奴だっているだろう。そういうやつと相対したときのことを考えても、限界が高い機体の方がいいに決まっている。


 2つめは肩の装甲の強化。

 これは近接戦でタックル駆けたりすることを想定した。華麗に剣で切り倒せれば一番いいが、乱戦になることも当然あり得る。

 レースもそうだがクリーンなだけでは勝てない。ぶつかって壊れました、では話にならない。


 3つ目は近接用の武器だ。

 左右の腕にエーテルシールドを装備し、トリガーを引くことによりシールドをブレードに切り替えられる武装を要望してみた。

 飛び道具は一切なし。遠くに弾を飛ばすためのエーテルをすべて近接戦の攻撃力と機動力に割り振れるならそうしてもらいたい。


 我ながら割り切った作りだが、遠距離攻撃はグレゴリーのアストラに任せる。

 そもそも銃なんて撃ったこともない俺が遠間で撃っても当たるかなんて怪しいもんだ。

 それなら、射撃戦に慣れたアストラがけん制して敵の軌道を制限し、俺が距離を詰めて仕留めるほうがいい。

 勿論、俺が追った敵をアストラが仕留めても構わない。

 チームでやるときは個人の手柄は二の次。全体で目的を果たすのが大事だ。


「なるほどな。何とも思いきった注文じゃな」


 という要望を30分ほどかけて熱意をもって伝えてみた。

 俺の話を聞いたガルニデ親方が感心した、というか呆れたというかそんな表情で言う。


「まあなんというかお前さんの思いは伝わったわい。

 しかし儂が想定したものよりはるかに近距離戦に特化した機体じゃな」


 確かに、俺の要望はこの世界の空戦のセオリーとはおそらく真逆に近い設計だろう。

 ていうか、こんな極端な機体を作ってくれるんんだろうか。


「まあ安心して任せい。

 ウイングの形状変更には少し時間がかかるが。他は大したことはないからの。お望み通りのものにしてやるぞい」


「ブレードとシールドの切り替え武装とか大丈夫なんですか?」


 武装に関してはダメもとに近い感じだったので要望がすんなり認めらえてこっちが驚いた。

 作れないならエーテルシールドと剣、という組み合わせでもよかったが。


「自分で注文しておいて何を言っておるんじゃ、まったく」


 そんなことを言いながら親方が棚をあさって一枚の設計図のようなものを見せてくれた。俺にはもちろんチンプンカンプンな謎の図面にしか見えないのだが。


「ほれ、シールドからカノンのように弾を打ち出す装備はあるからの。それを改造すればできるじゃろ。

 エーテルを食いすぎるんで使っておる騎士はずいぶん減ったがな。

 弾を飛ばすんじゃなくブレード状にするならそこまで負担にはならんじゃろう」


 かくして、3つの要望はすべて通った。ほぼ理想通りの機体に仕上がりそうだ。

 新人ドライバーならぬ新人パイロットが自分の好きに機体の設計に口を出せるとか、ほんとに恵まれている。

 異世界に来た甲斐があった、というか飛ばされてきたけど悪いことばかりじゃないな。



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