第20話 空戦2戦目

 3日後。


 港湾地区の一角には騎士の乗り手のための訓練や、整備のためのスペースがある。

 騎士を収納するための倉庫のような背の高い建物があり、交換用と思しき手足のパーツ、装甲板がそこかしこに置かれている。



「正直言いまして、店主。私もローディの意見に賛成です。

 護衛騎士を建造した上で、きちんと仕事をこなすことが大事です。

 海賊狩りなど。無茶をしてもう一隻か、もう一機失えば我が商会は終わりですぞ。

 それを分かっておいでか」


「俺も賛成できませんぜ、店主。

 そりゃ俺だって海賊の機体を倒すことはできますよ。

 でも無傷でっていわれると難しい。

 捕まえても、こっちにも損害が出ちまったら……」


 ニキータとグレゴリーがアル坊やに色々と言っているのを聞きつつ、俺は出撃準備をしている。

 前に騎士の乗った時とおなじような、綿入れの防寒具と頭を覆う頭巾。


 練習機はあの飛行船の護衛騎士と比べると若干小さめだった。装甲も簡素でそっけない。

 武装もあの時に比べると小口径のカノン。

 エーテルシールドはなしで、普通の金属製の丸い大盾を持っている。


 これが訓練機、ということは、やはり、片手に連射式の銃、左手に盾、というのがスタンダードなんだろう。


「ニキータ、グレゴリー、君らの心配も分かるが、全ては試合の結果を見てからだ、それでいいだろう?」


 二人が渋々という感じで引き下がる。

 アル坊やがこっちを向いた。


「これより模擬戦を行う。

 ディート、ローディ、両名とも準備は良いな?」


「俺は大丈夫だ」


「こっちも良いぜ、店主」


 ローディも装備を整えて準備万端という感じだ。

 俺の防寒具は普通の灰色のものだが、ローディのは炎のような赤の刺繍が入っている。

 自分専用のレーシングスーツみたいなもんか。


「言うまでもなく、相手を破壊する様な真似は言語道断だ。

 分かっているね」


「泣いてわび入れるんなら今のうちだぜ、お嬢ちゃん」


 ローディが挑発的に言うが。


「そんなつもりはない」


「じゃあ両名とも搭乗。コミュニケーターはお互いにも僕にもつながっているから。

 勝負ありと思ったらグレゴリーとも相談の上で僕から指示する。

 お互い正々堂々と戦うべし」



 飛行船では騎士は飛行船の下部につりさげられていたが、陸上では足場を組んでそこから乗るらしい。

 前と同じようにシートに身体を沈め、4点シートベルトを締める。

 操縦系も前と全く同じようだ。右手、左手のレバー、左足の操縦ペダル、右足の加速減速ペダル。

 その外側には歩行用のペダルがある。陸上ではこれで歩くらしい。

 前回は全く関係なかったから教えてもらえなかったわけだ。


 足の間にはサーチ。これは標準装備なんだろう。

 これがなければ高速の空戦で相手の位置が全く分からなくなってしまう。


 操縦席に乗り込み、前進ペダルを踏むと騎士が歩き始めた。

 お互い陸地から長く伸びた鉄の桟橋に乗り、そこから飛び降りる。

 落ちてから発進というところは飛行船の時と変わらない。


「では両名聞こえるか?飛行体制に入ったら戦闘開始だ。

 5秒後に発進せよ。5!」


「4!」


「3!」


 このレース前の高揚感はいつだってたまらない。

 赤のシグナルが青に変わる瞬間が目に見えるような気がする。

 エンジン音がないのだけが残念だ。


「1!0!試合開始!」


---


「いくぜ!」


 少し落ちたところで、アクセルを吹かした。前と同じく、周りの雲がウイングから放出されたエーテルで吹き散らされる。


「さて、サーチ起動」


 サーチのターゲットラインは斜め上を指していた。ちょっと落ち過ぎたらしい。


『俺が上、てめえが下だ!そこで這いつくばってろや』


 声とともに斜め上からカノンの弾が降ってきた。左足を捻りジグザグに飛んでかわす。

 お互いに移動しながらの砲撃戦、しかも距離が遠ければそうは当たらない。

 護衛騎士のセオリー通り、という感じ距離を保ちながら撃ってくる。


 上を取っているのはタイマンだからだろう。護衛に徹するなら上を取るより、飛行船との軌道に割り込める方が大事のはずだ。

 倒す気満々だ。中々やる気があっていいな。


 ローディの機体のスピードは俺と同じくらいだ。

 だが、俺はアクセルはまだ奥まで踏んだ状態じゃない。

 それでも俺と対してスピードは変らない。

 本当のこの機体のスペックはまだ先がある、そしてあいつはまだそれを知らない。


「力の差を見せてやるよ、坊や!」


 アクセルを床まで踏みつけた。

 一気にスピードが跳ね上がる。グンとシートに身体が押しつけられた。

 マックスならこのくらいのスピードは出るわけだ。


 カノンの弾が飛んでくるが、俺の軌道のはるか後ろに着弾し雲が吹きあがる。


『なんだ、テメェ、なんだその速さは!』


「こいつはこのくらいスピードがでるんだぜ!お前さんが使えてないだけさ」


 かかとを踏みこみ一気に急速上昇する。

 ときどき視界が白くなる。雲を突き破っているときだ。

 今まで上を向いていたターゲットラインが水平になり、下を向いて行った


「どうした、俺が上じゃないのか?」


『クソが!負けられっかよ』


 といっても俺の動きにはついてこれない。

 単純にスピードに差があるのだ。おそらくこちらの方が1.5倍は早い。


 多分これは、みな限界までは踏めないのが原因だろう。

 地球のレースであれば、万が一ドライバーが意識を失っても、コースアウトで済む、勿論当りどころが悪ければ死ぬこともあるが。

 しかし、こちらではそうはいかない。意識を失う=幸運にも島や何かに引っ掛からければ死ぬ。

 頭のねじが何本か飛んだようなスピード狂出ない限り自分の限界まで踏めないのは当たり前だ。


 上昇してくるローディの機体を見て俺は機体を切り返した。一気に急降下に転じる。

 あわててカノンを撃ってくるが苦し紛れだ。悠々と右によけてかわす。

 ただでさえスピードがこちらの方が早い上に、こっちは降下で加速している。目では追えまい。

 すれ違いざまにカノンを打ち込んだ。


『ぐわぁ、くそったれがぁ』


 被弾して吹き飛んだが、ローディの機体にこれといって破損は見られなかった。

 訓練用というだけあって威力は大したことはない。

 この間の騎士はカノンで敵の右腕を吹き飛ばしたが。


「今のが実戦ならお前は撃墜だ。まだやるか?」


『当り前だ、まぐれで調子にのんじゃねぇぞ』


「元気なのは結構だけど負けを認めるのも大事だぜ」


 敵がこの世界のスピード領域で戦っている限りは負けることはない。

 同じ武装でスピードに差があれば勝負にはならないのは当然だ。

 ローディが距離を取ろうとすれば距離を詰めて離脱、距離を詰めてこようとしたら距離をあけて牽制。


 護衛騎士志望だけあって距離を取る動きは悪くないが、スピードに差がありすぎるし、距離を詰める動きは普段やらないせいだろうか、ラインとりが甘い。


 俺にとってもいい練習だ。

 Gへの耐性はあるにしても、操縦自体はまだ二回目だ。

 足のひねりがどのくらい機体の動きに影響するのか、アクセル操作で機体がどう動くのか確かめることはいくらでもある。


 当り前だが元テストドライバーの俺はレースカーの運転の経験は十分あるが飛行機の操作経験なんてないし、3次元機動の経験もあるわけがない。が、なんとなく位置がわかる。

 女性は三次元での空間把握能力が男より高いと聞いたことがある。この体に入ったことによって、その恩恵があらわれているのかもしれない。


 距離をコントロールしながら何度か近距離でカノンを叩きこむ。

 そのたびに練習機が弾き飛ばされる。


『ちくしょう!』


 何度やられてもめげないのは大したものなんだが……。


「もうやめとけって」


【そこまで。ディート。ローディ。勝負あり。帰還せよ】


 アル坊やからストップがかかった。


「了解」


『……分かったよ』


 憎まれ口の一つでも叩くかと思ったが、ローディは案外素直に従った。


 ---


「くそっ、なんだってんだ。あんな動きしていて、気絶もしねぇわ。

 なんでそんな平気でいられンだ」


 陸に戻ったローディがうずくまって地面を叩いている。

 試合はおよそ30分ほどだった。

 サーキットを何十周も周回し続けるレーサーにとってはそう長くはない


「色々あるのさ。これで俺を認めるか?」


「認めぇねぇよ。必ず超えてやるからな!」


「ローディ。次の機体については…」


「分かってますよ、店主。この野郎を認めやしないが、この試合は俺の負けです」


 ローディが悔しそうな表情を浮かべつつも、潔く負けを認めた。おかしな表現ではあるが、負けを認めない負けん気の強さと、負けを受け入れてその悔しさを次に活かす潔さはどちらもレーサーに必要な要素だと思う。こいつは強くなるかもしれない。

 グレゴリーさんとフェル、ガルニデ親方もこちらにあるいてきた。


「グレゴリーさん、どうですか?俺の腕は。

 これくらいなら近接戦、いけるでしょう?」


 騎士の挨拶だったはずの右手を差し出すと、グレゴリーさんが俺の右手を両手でがっしり握った。なんだ?


「俺は感動した」


 グレゴリーさんが真剣な目で俺をみる。なんだ?


「10年以上騎士に乗ってるが、あんな動きは数えるほどしか見たことがない。

 すごいぞ、ディート。いや、姉御と呼ばせてくれ!

 海賊の機体を捕まえるとか、バカな事を言ってると思ったが……お前とならいける気がするぜ!」


 認めてくれたのはいいが姉御はやめてくれ、マジで。


「すごいねぇ、ディート。

 こんな細い体でどうやってあんなスピードが出せるんだい?

 この無粋な綿入れを脱いでアタシに確かめさせておくれよ」


 フェルが抱きついてきた。抱きつくな。身体に触るな。


「いや、本当に大したもんじゃな。

 これなら儂も腕の振るい甲斐があるってもんじゃ。

 練習機であれだけの動きが出来るんなら、儂の機体に乗った時にどう動くか楽しみじゃわい」


 こうして模擬戦は無事終了した。

 俺にとっても練習機でもこれだけ動けたのは収穫だった。

 近距離用に設計された機体ならもっとうまく行けるだろう。

 これならいける、という確信らしきものを掴めてよかったぜ。


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