第2話 目を開けたその場所

「あの子を守ってあげてくださいね」


 ……と誰かに言われた気がして目が覚めた。

 暗闇で目を開けたら、まぶしい光が目に飛び込んできた。背中にはやわらかいベッドの感触。俺は酒でも飲んで寝落ちしてたんだろうか?

 目が明るさに慣れてまず見えたのは、目の前にせまる男のキス顔だった。

 こんなときどうするべきか?


 もし俺が女で、相手が自分好みのイケメンさんならもう一度目をつむって受け入れる…ということもあったかもしれない。

 そうじゃなければその身の程知らずに肘鉄の1つでもお見舞いするところだろうが。


 もし俺が男なら?

 断わっておくが俺はゲイについてどうこう言うつもりはない。嗜好は人それぞれだ。それに俺の友達にだってゲイはいる。

 だが俺はそうじゃない。ということで、この場合はやることは一つしかなかった。


「I am straight!!」


 迷わず右ストレートをお見舞いした。

 なお英語ではゲイか?と聞かれた時にI am normalとは言ってはいけない。

 ゲイは普通ノーマルじゃない、と言っているようなものだからだ。

 だからI am straightというのが正解だ。

 英語で言ったのは相手が明らかに日本人では無かったからだ。


 ただしストレートをお見舞いしてベッドから転げ落ちた男を見て初めて気付いたが、相手は子供だった。

 少し癖っ毛の短く切りそろえた金髪が可愛い感じだ。青い瞳と細い体。白いシャツにちょっとレトロな雰囲気の黒のベスト、ゆったりとした黒のズボン。上品な感じの服装である。

 白人少年モデルというか、服装を見るとファンタジー系映画の主演の少年、という感じだ。年は16歳くらいか。

 子供を殴るとは……さすがにちょっと悪いことをした。


「何するんだ!!」


 寝た姿勢で殴ったので、あまり効いてなかったようだ。

 少年が憤然と立ち上がる。


「それはこっちのセリフだ!!俺は男とキスする趣味はねぇ!」


「さっきはあんなにやさしかったじゃないか。

 覚悟を決めましたわ、っていってくれたのに!」


「そんなの言った覚えはねぇ!」


 とりあえずベッドから立ち上がる。というかここは一体どこだ?


 とりあえず周りを見渡した。

 部屋は約20畳ほどで中々広い。少なくとも俺の昨日泊まっていたホテルではないことは確かだ。


 今寝ていたベッドは簡素ではあるが、幅があり、しっかりした作りだ。敷いてある布団は白一色の羽根布団。肌触がよく、地味ではあるが高級品っぽい。

 床には毛足の長いカーペットが敷き詰めてある。

 それ以外にはクローゼットらしきものと、机、鏡台。

 いずれも木製で細かく彫刻が施されておりこれも高級感が漂っている。


 部屋の入口らしきドアが一つ、窓は片方に2つでいずれも丸窓だ。窓の外は暗い。今は夜か。

 あとはベランダにでもでれるのか、カーテンで半分くらい隠れたガラス製の大きなドアも見える。


 この部屋の雰囲気は何処かで見たことがあるな、と思ったら、以前ヨーロッパに行った時に乗った客船の船室にそっくりだった。

 調度品のことを考えると客船なら1級船室クラス、客船のグレードも上位クラスだろう。

 少なくとも俺が泊まっていたホテルよりは高そうだ。


「クリスティーナ!どうしたんだ一体!」


「誰に言ってんだ!

 俺は吉﨑大都!日本人!23歳!男!独身!レースチームFTW所属、テストドライバー兼バックアップ!

 クリスティーナ、何て名前じゃねえし女装趣味もねぇ!」


「何を言ってるんだかわからないよ、クリス!

 どうしちゃったんだ?」


「だからクリスなんて名前は知らんっての。

 俺は吉崎大都だ。ていうかお前こそ誰だよ、少年」


 話が全くかみ合わない。

 あっけにとられたように少年がこっちを見て、しくしくと泣き出した。

 こっちとしても付き合ってられん。

 目を覚ましたらよくわからない船室に居て、男の子にキスを迫られているとか、何が何だかわからんぞ。

 状況を把握しなくては。


 改めて周りを見回して鏡に女が映っているのに気づいた。

 長めの緩いウェーブのかかった金髪、ぱっちりとした蒼い目。彫りが割と浅めでどことなくロシアとかであった美少女っぽい。


 白い肌に灰色っぽい地味な下着をつけたほぼ半裸の姿だ。下着はなんというかこれもえらくレトロだ。コルセットのようなウエストあたりまで覆うようなタイプでささやかなレースで飾り付けられている。

 正直言ってあまり見たことがないタイプだ。まあ女性の下着にそこまで詳しいわけではないのでよくわからないのが本音ではあるのだが。


 細身のウエストとちょっと控えめな胸のスレンダーなラインはかわいらしい。個人的にはもっと出るとこ出てる方が好みだが。

 レースで海外を転戦したことも多かったせいか、金髪のお姉ちゃんにアレルギーはない、というかむしろ好きな方だ。

 背の高さにショックを受けることもあるが。


 て、そんなことはどうでもいい。

 もう一人いるのか?とおもって後ろを振り向いても誰もいなかった。

 改めて部屋を見回すが、俺と、この泣いている子供しかこの部屋にはいない。

 だが鏡を見ると間違いなく女がいる。というか俺が映ってないような……


 改めて鏡を見直す。鏡の中の女も鏡越しにこちらを見ていた。

 ためしに手を振った。そうすると鏡の中の女も手を振る。

 ためしにピースサインをする。そうすると鏡の中の女もピースサインをする。って…まさか。



 視線を下げて自分の体をまじまじと見ると控えめな胸の谷間と灰色の下着と胸元に縫い付けられたレースが見えた。

 手を持ち上げるとドライビンググローブとオイルで黒ずんだ見慣れた俺の手ではなく、細く白い指先と綺麗な爪。

 鍛えてそれなりに筋肉をつけていたはずの腕のはずが、見えるのは適度に引き締まったほっそりとした華奢な二の腕。


 改めて鏡を見ると、さっきの女が俺を鏡の中から見つめていた。

 つまり……これは?俺ってことか?


「なんじゃこりゃぁ!!!!」 

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