タピオカの海に沈む果実

 リベンジあるのみ。


 タピオカミルクティの一件以来、あたしは負け続きだった。無論、牧村に対してだ。

 圧倒的な敗北感を与えねばならない。手段は問わない。あたしにできることはどんなことでもやらねばならない。なりふりは構っていられない。

 勉強?

 論外だ。アホギャル筆頭のあたしが牧村に勝てそうな科目はひとつもない。勉強だけでなく、体育でも調理実習でも太刀打ちができない。

 ——使いたくはなかったけど。

 持ち前の容姿にモノを言わせるのは微妙だった。どれだけ盛れているか、というのがギャルとしての誇りだからだ。とはいえ、あたしにはこの一、二年で頭角を現わしつつあるママ譲りの素質があった。


 おっぱい。


 笑ったばかは後で〆る。

 そう。あたしは乳房にはちょっとばかり自信があった。大きさ自慢もあったけれどあたしの乳は大きく、かつ、美しかった。お手入れも欠かさなかった。乳だけならモデルになれそうな気はちょっとした。

 どんなモデルだ。

 牧村は全体に細い。細くて長い。身長はあたしより五センチは高いのにワンピを着せたらたぶん七号。十一号のあたしとは二サイズも違う。羨ましく思わないと言えば嘘になる。とはいえ、モデル体型の胸は薄い。これは格差だ。富める者と貧しき者の差を、分相応という言葉の意味を、この際知らしめておくべきだった。

 ありがとう、ママ。

 サンキュー、ママ。


 ここ最近、SNSで見かけるようになった画像がある。「タピオカ・チャレンジ」と題されるもので大抵は漫画風のイラストだ。チャレンジするのはほとんどが女性。男性のチャレンジもあるけど、どちらかというとお笑いネタ。つまり、豊かな胸を利用してタピオカミルクティのタンブラーを載せるor挟むようにして保持したままストローで飲んで見せるというお色気芸のはずだった。

 下らないと言えばその通り。けれどギャルたるあたしがにふさわしいチャレンジの気がした。脇の肉など掻き集めずとも寄せて上がる表彰台プライズ・ワンに戴くべきはタピオカ・チャレンジの王冠ではないだろうか。

 ——理論武装は完璧。

 インスタに上がるどの写真よりも美しく、タピオカミルクティをこの胸に載せられるのはあたししかいない。


「どうよ?」

 コンビニでタピオカミルクティを仕入れ登校し、牧村を連れ出した昼休み、あたしはタピオカ・チャレンジを披露する。反応は予想と違っていた。

「ばかでしょ、あなた」

「ばっ、ばかだけどその分栄養はここに来てるっ!」

 しまったと思った時にはもう遅かった。牧村は笑い死にそうになっていた。

「ふうん。自慢の胸というわけね。確かに支えなしで見事に載ってるし、私じゃ真似できない」

「でしょ!? どう? 思い知った? これが格差というもんよ」

「それで開襟の襟を大きく開いてるわけ。ブラをつけてないのは?」

「違いを見せつけるために決まってる」

 襟を限界まで開けて胸の先ぎりぎりまでをアピールする。勝利は記録しインスタでの「いいね!」の数でも圧倒してみせるつもりだった。

「そう。じゃ、撮ってあげる」

 牧村の素直な申し出は少しだけ不安を呼んだもののあたしはピースサインをキメる。可愛く見えるはずのポーズ。デコった爪のアピールも忘れない。

 ところが牧村は思わぬことを言い出した。

「ミルクティはもうひとつあるのよね?」

「そりゃ、あるけど」

 後ろを向いてごそごそ始めた彼女はどうやらあたしの真似をしてブラを外しているらしい。

 ——そんなことしても。

 精一杯掻き集めても足りなさそうな牧村の胸はブラなしではミルクティのカップはとても引っ掛かりそうにもなかった。

 少し気の毒にはなったけれど、器用に下着を抜いて投げ捨てた牧村の表情は勝利を確信しているかに見えた。

 ――なんでだ。

 勝負など端から着いているはずだった。

「もらうわね」

 コンビニ袋からミルクティを拾い上げた牧村は襟を大きく広げてあたしと向かい合う。渡り廊下の屋上に風が吹いた。きっとあたしの背後ではタンブル・ウィードが転がっているはずだ。

 ところが牧村はミルクティを持った手を降ろしたまま間合いを詰めてきた。一歩。また一歩。触れそうな距離にまで近づき、襟をさらに開いたかと思うと抱きついてきた。

「ちょっ、何を」

 わずかに上背のある牧村はやや低い位置からあたしに抱きつき、胸に胸を押し当て、持ち上げるように身体を摺り合わせてくる。あたしと彼女の間には胸肉のテーブルが生まれていた。材料のほとんどはあたしの提供ではあったけれど。

 ――ここに載せるつもり?

 牧村の抱擁はますますきつくなってあたしは戸惑った。胸の先端があたしの胸の先の近くに押しつけられてきたこともある。

 ――気にしない、気にしない。

 性に纏わるものごとに対しおおらかで開放的であるべきだ、というのがあたしの美学だった。そもそも牧村は変人だ。細かなことを気にしていたらきりがない。

「しっかり寄せなさい」

「へ?」

「これが本物のタピオカ・チャレンジ」

 牧村は言うなり、手にしたミルクティの内容物を胸の谷間に注ぎ始めた。

「わっ。ちょっと。わわっ」

 あたしは慌てて脇を締めて胸を寄せる。外側から回してくる牧村の腕にはさらに力が込められた。

 牧村はあたしとの間にミルクティの池を作るつもりらしい。肉の堤みに囲まれたタピオカミルクティの池を。

「ちょっ。これ、無理、無理、無理、無理、無理ぃ」

「あんたのチャレンジってその程度のものなの? 自慢の胸の本当の力を見せてごらんなさいよ。Just Do It!」

 自己啓発おじさんみたいなテンションに促されあたしはさらに胸を寄せ、牧村の身体を力一杯引き寄せる。なぜこんなことになっているのかわからなくて泣きそうだ。

 ――栓が。

 胸の谷間から流れ出ようとしたタピオカの一粒が、狭い隙間に栓となってつっかえたのを感じた。ミルクティの容器からはさらに固形物混じりの流動物が注がれ、あたしが胸に載せていた分までが追加される。胸狭間ダムに亜麻色の液体が満ちた。

 機は熟していた。

 牧村があたしにストローをくわえさせ、牧村自身もくわえる。彼女の手にはスマートフォンがあって逐一記録されているらしい。Do It, Do It!と煽る牧村に合わせてあたしはミルクティと黒糖入りのタピオカを吸い上げる。すべてを吸い尽くしたあたしたちは快哉を叫ぶ。We've Got The Power! We Got It! 謎の達成感の中で拳を突き上げた。

 撮影が終わり、牧村があたしから離れる。開襟はお腹のあたりまではだけてすっかりミルクティ色に染まってしまっていた。胸もお腹も、スカートも下着もミルクと砂糖を含んだ液体でべたべただった。帰る頃には小学校の「牛乳を拭いた雑巾」の臭いを漂わせそうだ。

 落ち着きを取り戻しつつあったあたしは当初の目的を思い出した。

 ——そもそも、牧村に思い知らせるためのチャレンジのはず。

 あたしは咳払いをひとつし、声に優越感をたっぷりと滲ませる。

「ま⤴︎? あんたもこれであたしとの格差を思い知ったでしょ」

「格差?」

 言わずもがな、とあたしは胸を張って見せると牧村は「そうね」と神妙に頷いた。

「格差には是正が必要ね。つまり、あんたのモノは私のモノ、私のモノは私のモノ」

 どこかで聞いたようなひどい言い草にあたしのあまり回転のよろしくない頭は完全に停止し、言い返す言葉も見つけられなかった。

 優越感は一瞬で再配分されてしまったらしい。

 あら、と牧村が何かに気づく。

「まだタピオカが残ってたわ」

 太いストローで吸い上げようとしたけれどそれはあたしの身体の一部だった。ざけんな。

「ばか、ばか、ばか、ばか、ばっかじゃねーのっ」

 青空の下にあたしの地団駄と金切り声が響いた。

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