終末でも学校は忙しい<Ⅰ>
『夜闇』にはまるで質量があるように長生は思えました。
突然後ろから背中を突き飛ばされ水の中に落とされた時の纏わりつく水の感覚と、呼吸を許さない圧倒的な存在感と、上下の方向を見失う蠱惑さを『夜闇』は持っていたので慣れている長生ですら来ると分かっていても、一瞬だけ混乱してしまいます。
それでも本能的にリュックにぶら下げているLEDランタンを引っ張ってLEDを出し灯を付けました。真っ白な目を焼く強烈な白い光が長生の周囲に生まれましたが圧倒的な質量感を持つ『夜闇』の前では風前の灯火のように弱々しく、それでも自らを守る数少ない手段ではあるので長生は急いで街灯のある場所へ向かって走ります。
後ろから迫る『あれ』や『それ』の存在感に背中を刺され、それ以上に恐ろしい『ヤミ』から逃れる為に長生は必死に走り、車道を渡った先の線路の付近に街灯があり一目散に
間一髪。
長生はあの恐ろしい感覚が後ろに迫っていた事をはっきりと感じていました。
ですから街灯の下に入れたことで僅かばかりの安堵をした後、逃れられない差し迫った事態に対処する為に混乱する頭を落ち着かせ、次に行くべき場所を見ます。
真っ黒な色をべったりと塗った『夜闇』の中では不思議と近付かなければ街灯があるのか、光っているのかいないのか判別が出来ません。そして先程から灯は力なく点滅し間もなくこと切れると知らせて来ています。
記憶を頼りに次の方向へと向かって長生は街灯の光の中から飛び出して次へ向かって走り出しました。
右手には拳銃。
例え意味は無くて持っている事で得られる万能感が恐怖に支配されそうな長生の心に、ちょっぴりの勇気を与えてくれるので、長生は必死に拳銃を握りしめて次の街灯へ向かって走り続けました。
するとすぐそこに街灯が見え安堵します。
幸いにも見える範囲で灯の付いた街灯が連なっているのでこれなら『夜闇』を無事に乗り切れると安堵した直後、すっとそれは人混みを済まなさそうに掻き分ける仕草をしたように思えながら街灯の光の中に現れました。
『あれ』です。
『それ』も見えました。
『ヤミ』の前では人も『あれ』も『それ』も等しく街灯を求めて彷徨い、見つけては走り込み点滅を始めたら次の街灯へ、街灯から街灯を伝って必死になって『夜闇』の中を右往左往する。
ある意味ではもっともこの世界で平等な時間こそ『夜闇』でした。
何故なら等しく慌てふためくからです。
長生もまた記憶の中の地図を広げて次の街灯から街灯へ。
点滅を始めたら、始める前に、入ってすぐに次の街灯へ意識を移して『闇夜』の中を駆けていますが、途中から嫌な予感がして周囲のペンキでべったりと塗ったばかりのベンチのような『闇夜』に五感を研ぎ澄ませて意識を向けました。
やはり長生の予感通り『あれ』と『それ』が後ろから迫っています。
そして見える範囲の街灯の光の下には蛾のように『あれ』や『それ』が集まっています。
予感は時間の経過によって確信へと変わり、ここに来て長生は自分が人生で一番の窮地に立たされていることを悟りました。
自分を求めて街中の『あれ』と『それ』が集って来ている。
欲が出て魔が差しただけでここまでの窮地に陥ってしまった、長生はあまりにも不条理だと憤慨したくなりましたが、怒りでは状況の打破は出来ず逆に思考が短絡的になってバナナの皮を踏んづけて転んでしまうように、とても滑稽な末路を辿るだけだと頭を冷静にして自分が向かうべき道を思案します。
このまま街灯から街灯を伝って住処へ向かえば『あれ』と『それ』と鉢合わせになってしまいます、通勤電車の中で顔を合わせて「おはよう」と言い合う中の相手なら問題はありませんが、鉢合わせると問答無用で大口を開く『それ』と何時までも追い掛けて来る『あれ』と鉢合わせるになる事態は避けないといけません。
そうなると長生の取れる選択肢は一つだけでした。
本音を言えば他の手段が無いか思案し続けたい、ですが先程まで後ろから感じていた『あれ』と『それ』の気配が無くなっていました。
つまり『ヤミ』に喰われた。
このまま暢気に考えていては自分の番が来るだけです。
長生は意を決して架橋の下にある街灯で照らされたトンネルをくぐって、目の前に見える図書館を通り過ぎて今では意味を無くした教会を素通りしてその先にある施設へと向かいます。
そこは『高校』でした。
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