終末には商店街へ繰り出します<Ⅲ>
『それ』について語るのなら『あれ』について語った事と重なる部分がありました。
有耶無耶であやふやで摩訶不思議な存在の『あれ』と同じく『それ』も黒い霞のような、霧のような靄のような、朧げな輪郭を持った存在で常に決まったルートを徘徊する。
ただ一つ、二つ、三つ、見た目と行動に大きな違いありました。
一つは明確に口がある。
それは人の口ともカバの口とも、お喋りな人の口にも悪食な人の口に思え何より明確に口があることはとても不気味で、ですから『それ』はとても危険でした。
どれくらい危険かと言うと世界が終末に至ってからの三番目に多い死因は『それ』に食べられてた、でした。
スーパーの表の出入り口から出るとそぐ右隣に『それ』は立っていました。
まるで出て来るのをずっと律儀な待っていたようで、あまりにも唐突に緩み切った緊張の糸が再びピーンと張った事で長生の思考に大きな空白が出来ました。
『それ』の動きはとても遅く月並みの表現をするならスローモーションのような動きなので、避けるのも逃げるのもとても容易です。ですが人を追い回すだけの『あれ』と違い『それ』は人を積極的に襲い捕食します。
幸いにも動きは遅く見つかっても逃げ切るのは容易です。
ただし人は思考に空白が生まれると何も出来ません。
認識が出来ていても行動に移せない。
『それ』は意図して狙ってきます。
ゆっくりと大きな口を広げて自分を丸かじりにしようとする『それ』を前にして、長生は呆然とただ黙って固まっています、後は丸かじりにされるだけなのですがそれで終われるのなら長生は今もこの変わり果てた世界では生き続けずに済んでいました。
左手は自然と無意識に動きました。
『それ』は『あれ』と違い『ぎゅー肉』は好んで食べませんが『ブた肉』は好みます。
『ブた肉』の入ったポリ袋を掴み取ると自分とは反対方向へ向かって投げました。
ポリ袋から飛び出した『ブた肉』はドクン、ドクン、とタイルの上で脈打ち『それ』はその音を聞いてなのか、それとも生々しいその匂いを嗅ぎ取ってなのか長生に向かって開いていた口を閉じて、後を振り返り『ブた肉』に向かってゆっくりと木の上を音も無く伝って歩くカメロンのように『ブた肉』へと近付いて勢いよくのっそりと食らいつきました。
それをよく噛んで食べるように言いつけられた子供のように出来るだけ早く、しかしとても遅く咀嚼してからスーパーの入り口付近へ視線を戻しましたが、既にそこには長生はいませんでした。
あの時、長生は左手はポリ袋へ右手は腰に提げたる拳銃へ。
左手がポリ袋を投げて右手は拳銃を構え、『それ』が『ブた肉』に目を奪われると安堵して拳銃をホルスターに戻して、一目散に走ってその場から逃げ出していました。
ただアーケードの終わりから見上げた狂った茜色の空が僅かばかり、その色合いに変化を見せている事に長生は青ざめ血の気は瞬く間すらない間に消えてしまいます。
この世界で今も生き続けているのはこの付近でという恐らくで言うのなら、長生だけが生きています。
それ以外の人は?長生の家族は?友人は?知人は?
間違いなく誰一人として自らの終末に至っています。
理由はそれぞれで、事情もそれぞれでした。
長生自身が知っているのは父と母とそれと大切に思っていた人の末路で、それでも一つはっきりと言えるのはきっと殆どの人が『ヤミ』に喰われたのだろうと言う事だけです。
不吉な空襲警報のようなサイレンが狂った茜色の空の下に響き渡りました。
終末が来た時には鳴り響かなかった黙示録の
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