終末には商店街へ繰り出します<Ⅰ>

 住処のある場所は線路を渡った先の、上り坂と階段を繰り返した先にあります。

 その坂道は窮屈なので人がすれ違う時には自然と会釈をしてしまう、そのような土地で随分と昔のように感じられる世界がまだ、日常のあった頃には長生の住む街は観光名所として知られていました。


 目と鼻の先にある島とここを結ぶ橋、遠くの島々を連ねる大きく長い橋を望み海岸線に沿って造船所が軒を連ねる。

 真ん中を貫く長い商店街は古い物と新しい物が考えも無しに肩を寄せ合い、無秩序で無法な混沌しながら歴史を感じさせる、そんな街は奇妙な事に異常な事に今も在りし日のその姿を完全に留めていました。


 そんな街の線路を渡った先のさらに坂を上った先にある、周囲に寺社仏閣が点在する場所の寮の玄関で荷物を確認する長生は、今から行くそこに思いを馳せて憂鬱な気分になっています。

 今から文字通り命懸けで食料を調達しに行くのでこの状況で心が弾むませるのは、いくら終末を長く生きる長生でも無理がありました。


「さてと…準備確認」


 立ち上がり抑揚のない声でそう言うと長生は登山用の大きなリュックを開き、非常時用の飲み水と携帯食料が入っていること確認しました。

 次にフックを使ってリュックに取り付けている小さなLEDランタンがちゃんと灯が点くのか、引っ張るとLEDが出て来るスライド式なので引っ張って確認し、次に偶然手にしてから持ち続けている警察官が持っていた拳銃をホルスターから取り出して銃弾が入っているか確認しました。

 同じようにベルトから紐を通して洗濯バサミで固定しているポリ袋も容易に脱落せず、容易に取り外せるか確認して、後は諸々の必需品を持っているか確認してから長生はうんざりとした表情で玄関から出ます。


 不本意ながら最短ルートを通る事を決めていたので、周囲を警戒しながら速足で坂を下りて線路を渡り道路を挟んだ先にある商店街に入る為のわき道を通って、仄暗いアーケード通りに入りました。

 目当ての『肉』が手に入る精肉店のある場所からここから少し先に進み、わき道の小さな通りの一角にあります。

 そこまで数分の距離ですが、徘徊する『あれ』に目を付けられないように物陰を伝いながら着実に進んで行き、三十分か一時間という体感で実際には10分程で目当ての精肉店に到着しました。


 精肉店の看板には『ナマモノ店』と書かれています。

 ショーウィンドーに並ぶ商品は不思議なことにパック詰めがされていて、一つ一つに商品名の書かれたラベルが張られ、行儀よく乱れずに整然と並んでいました。

 長生はショーウィンドーの裏に回り、リュックを下ろして目当ての『肉』を詰め込み始めたのですが、手に取った『肉』に張られているラベルには『トリ肉』と書かれているだけでそれがどの部位なのか、どの産地の『肉』なのか説明が書かれていませんでした。


 次に手にとってはのはラベルに『ぎゅー肉』と書かれてた『肉』。


 見た目はサシの入った立派なステーキ肉なのですが以前、何も知らなかった長生は『ぎゅー肉』を食べて思わず吐き捨てた事がありました。

 見た目こそ立派な『トリ肉』よりもずっと『肉』らしい姿をしているのに、その食感は不快な粉っぽさを持ち味は紙粘土の方が美味しく感じられる物で、長生が食用にするには向きませんがこれを好む存在もいるので、いざ逃げる時に使えると幾つかリュックに入れてからベルトから下げているポリ袋に入れました。


 そして最後に今日一番のうんざりした顔で最後の『肉』に手を伸ばします。


 ラベルには『ブた肉』と書かれていましたがどこからどう見てもそれは豚肉ではありません、そもそも肉なのかすら疑問に思える物で今も調子よくドク、ドク、と心臓に繋がって血液を供給されているかのように警戒に脈打っています。

 何よりその見た目はどこか人間の皮を鞣して正方形に整えた様な不気味な質感があったのでさすがの長生も、『ブた肉』に手を伸ばすのは少しだけ躊躇いました。

 ですがここで躊躇っていては【夜闇】来てしまいます。

 沸々と湧き上がる生理的嫌悪感を抑えながらリュックに詰め、ポリ袋に投げ入れて一通りの目的を果たして気が付きました。


 この後は不足している調味料類を補充する為に民家に侵入する予定でした。

 ですが目的の一つである『タマゴ』がどこにも見当たらないのです。

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