終末でも日常はありました<Ⅰ>

 長いようで長くない、でも悠久の時を生きる気分にはなってしまう。

 狂った茜色の空に染まるか、真っ暗闇に覆われるかの二択しかない世界では一日に対する体感はとても曖昧に感じてしまう。その所為もあってか長生ながおは自身の名前が長生という事以外は朧気になっていました。


 どんな苗字でどんな事をしていたのか。

 何とか覚えているのは大切な人がいた事と家族がいた事。

 それだけは忘れないようにしていましたが親友と呼べる人や日常のあった場所は、自らを形作る記憶は過ぎて行く狂った日々に摩耗して朧気になっていました。

 

 ですが今日の目覚めが何回目なのかは記録しているのではっきりと分かります。

 世界が終末に至ってから何年目かは分からなくても、記憶が朧気になり始めた頃から記録しているので、これが何回目のうんざりとした気分の目覚めなのかははっきりと分かりました。


 六畳一間の畳みの匂いに包まれた一室で長生は目を覚ました。

 布団は敷かず直接、畳の上に寝転がっているので起きる度に身体の節々が痛みます。

 なので体を伸ばし気だるげに立ち上がり。

 顔を洗い歯磨き再び顔を洗って着替える。


 あれから一つも変わる事の無い。

 狂った茜色に染まる空と同じように変わらない日々の日課を終わらせた長生は冷蔵庫の扉を開けて、何が残っているのか確認しました。

 残っているのは何時も食べている『肉』と、残り少なくなった調味料とどうして冷蔵庫に入れているのか覚えていない、箱に入れたままのケーキと確か誰かが飲んでいた筈のビールだけで、それ以外には特に何も入っていません。


 野菜室は空っぽですがそもそも野菜事態、もう長らく食べていない気分なので何時もここは空っぽです。

 ただ野菜室とわざわざ書いているのに使っていない事への罪悪感からなのか、それともただの社交辞令なのか、食料の残りを確認する時は必ず野菜室を開けることを心掛けています。

 他の食料も軒並み底をつき残っているのは半分以下になっている5kgの米袋と幸いにも備蓄には余裕のあるパック飯と塩と醤油と油、トマトケチャップに顆粒のコンソメと先程確認した『肉』は今日までの分しか残っていませんでした。

 これでは明日から先は飢えてしまいます。

 

 『肉』以外は基本的に補充されないので、『肉』以外を積極的に消費する事態を長生は避けなければいけません。ですから明日からの『肉』がないのは非常に困る事です。

 故に明日。

 つまり週末には食料の調達が必要でした。


 長生は深く、しかしそこまで深刻さの無い溜息を吐いて冷蔵庫から『肉』を取り出して三等分にして、朝と昼と夜に分けると大雑把にフライパンに油を入れて熱して、乱暴に三等分にした『肉』の一つを入れて焼き、適当に塩をふり掛けてそのままフライパンを皿代わりにして『肉』をフォークで刺して食べます。

 

 その味は間違いなく鶏肉でした。

 もも肉なのか胸肉なのか、それともささ身なのか。

 皮の部分まで事細かに再現されているのに、どこか足りない。

 完全に鶏肉になり切れていない『肉』、

 

 美味しいと感じないものの不味くはない。

 味付けがというのではなく、何か決定的に何かが欠けている。


 そんな不可思議な感覚を投げかけて来る『肉』を長生は食べ続けます。

 何時から食べ始めたのかもう記憶は朧気ですが、昨日もその前も確かに食べました。

 終末とはいえ、生きている以上は生き続ける為には食事は必要です。


 例えそれが『肉』という形をとっているだけの何かだとしても食べられるのなら食べないと、死んでしまうので長生は心の底に湧いてきそうになる感情を無理矢理水底に沈めて『肉』を食べ続けました。

 狂った茜色に染まった空を見つめながら……。

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