幼女と世界を救う旅に出る話。

第1話幼女と世界を救う旅に出る話。

「はあぁぁ……」

 うずたかく積まれた書類の山を前に、俺は盛大なため息をついた。ゲームクリエイターを目指して上京してきたはいいものの、ただひたすらバグチェックを繰り返す毎日。残業、徹夜は当たり前になってしまっていた。気付けは三十路をすぎて四十路近く。こんな毎日が、あと数十年続くのかと思うとうんざりする。

「どっか行ってしまいたいな……」

 どこでも良い。ここでは無いどこか遠くへ行ってしまいたい。そう思った。疲れが溜まっていたのだろうか。俺はいつの間にかデスクに突っ伏して夢の世界へと落ちていった。


 ……。


「ん……」

 日差しが眩しくて目を開ける。もう朝かと欠伸一つ。……ん?んん?何処だここは?俺は確か会社で残業していて、寝てしまったんじゃなかったか?目をぱちぱち、こすってみても、周りは森、森、森。ピチチ、と小鳥がさえずっていて。のどかだなぁ、なんて現実逃避。頬をつねってみる。

「いひゃい」

 痛い。夢じゃないのか?自分の服を見てみるといかにも「RPGの初期装備です」といった感じ。バグチェックのしすぎで遂に頭がおかしくなったか、俺は。とりあえず、周りを探索してみるか。


 数分歩いても続くのは森。変わらない景色。だが静寂な世界を切り裂いたのは、女の子の叫び声だった。

「!?」

 反射的に声のした方へ駆け出す。見えたのは、白い服を着た幼女。あと、俺の2倍くらいある大きな狼に角が生えたような生き物。……新種か?それより、女の子は震えて今にも泣きそうだ。助けなきゃ。けど、あんな化け物に勝てるか?そうこうしているうちに「がるるるる……」とヨダレを垂らした怪物が、今にも幼女に飛びつこうとしていた。理性が警笛を鳴らす。「勝てるはずない。死ぬかもしれない」けれど。俺はどうしようもない底辺クリエイターで。しがないおっさんだけれど。それでも……。目の前で泣いている女の子を見捨てるようなクズには成り下がりたくなかった。とっさに近くに落ちていた木の棒を握る。中学時代、剣道部だった頃を思い出しつつ、構える。

「うおぉぉ……!!」

 叫びながら、女の子との間に割って入り、思い切り面を食らわせてやる。

「ぐおぉぉ!」

 一瞬怯んだ隙を逃さず、女の子を抱き抱えて一目散に逃げる。


「は……はぁ、はぁ、はぁ……」

 撒いたか?追ってくる様子はない。女の子を下ろし、ドサッと座り込む。まだ幼いとはいえ、女の子を抱えて全速力なんて、運動不足のオッサンには、とんだ重労働だ。

「君、大丈夫か?怪我はないか?」

 ずっと黙りこくっている女の子にできるだけ怖がられないように、屈んで目線を合わせて話しかける。返事がない。

「どこか痛いか?見せてみ……」

「ゆうしゃさま……」

 呆然としていたと思ったら、女の子はキラキラした目で俺をじっと見つめながら言った。

「んん?いや、俺は勇者なんかじゃ……」

「ぜったい ゆうしゃさまです!あいたかった!」

 そう言って抱きついてくる。

「だれも たすけてくれなかった。けど、あなたは たすけてくれた!はじめて あったとき、キラキラかがやいて みえたの。だから、わたしの ゆうしゃさまです!いっしょに いさせてください!」

 まくし立てるように期待の眼差しMAXで言う女の子に、これ以上「勇者じゃない」なんて言えなかった。


 話を聞いていると、女の子は家族はいなくて一人で旅をしてるらしい。なんて非道な世界だ。さすがに一人置いていくわけにはいかず。俺が勇者かどうかはさておき、一緒に旅をすることになった。

「あ。ゆうしゃさま。けが、してますね」

「あ、ああ。これくらい、舐めておけば……」

 さっき逃げた時に手の甲を擦りむいたんだな。女の子はそっと俺の手を取るとこう言った。

「かれに かみの しゅくふくを」

 ぱあぁっと、手のまわりにシャボン玉みたいな小さな光がふわり、ふわりと浮かぶ。すると、あっという間に傷が無くなる。

「……君は幼いのに魔法が使えるのか?」

「はい、わたしは そうりょ ですから」

 そう言ってにっこり笑う姿は、僧侶というより天使だった。

「名前、なんて言うんだ?」

「ないので、つけてください!」

 キラキラと期待した目。俺、名付けのセンスないんだよなぁと思いつつ、うんうん唸りながら考える。白い衣、天使……あ。

「みるく、とかどうだ?」

 我ながら安直だと思う。すると、ぱぁぁっと笑顔になり「みるく、みるく」と何度も反芻しては嬉しそうなので、名付けは成功したとほっと胸を撫で下ろした。


「ん……」

 眩しい。夢なら寝たら覚めるかと思ったが、まだ俺はこのRPGみたいな世界にいるらしい。

「おはようございます、ゆうしゃさま」

 寝ぼけ眼で思わず「天使か」と呟きそうになる。

「ん。おはよ、みるく」

「ごはん、できてますよ?」

 まだ幼いのに、料理も出来るのか。宿の小さなテーブルに腰を下ろす。ホワイトシチュー、パン、ウィンナー、目玉焼き、サラダ……。簡単な食卓だけれど、ぐうぅ、と俺の腹は食事を催促する。

「いただきます」

 ぱち、と手を合わせる。期待した目が痛いが、とりあえず一口。

「……んまい」

 濃厚なバターが、野菜の旨味を引き立てる。パリッと焦げ目のついたウィンナーを齧ると、じわっと肉汁が染み出してきて口いっぱいに広がった。俺の好みを知ってか知らずか、絶妙な半熟具合の卵を口に入れると、黄身がとろけた。単純な俺は「幸せだなぁ」なんて思った。残業、徹夜続きの一人暮らしの男には、コンビニ、コンビニ、コンビニ弁当、赤シールのスーパーの惣菜……といった具合の食生活だった。手料理、久しぶりだなぁ。そんな様子を嬉しそうに見守っていたみるくは、小さな手を合わせて「いただきます」と言うと、もぐもぐと食べ始めた。頬袋にいっぱい詰め込んだリスみたいで可愛いな、と悶えそうになるだらしない顔を引き締めながら、珈琲をすすった。


 しばらくは俺と言うよりみるくのレベル上げに付き合う形になった。スライミュ(水色のゲル状のモンスター)を、俺がある程度HPを削ってやり、ぽこ!っとみるくが杖で叩くのを見守る。みるくに攻撃が当たらないように、全力で「かばう」。そんな感じで、毎日が平和に思えた……気がした。


 いつものようにスライミュを探し、ぽこぽこ叩くのを続けていた。他のモンスターを見かけないので、今日はちょっと遠くへ……とみるくが誘うのを、俺は了承してしまった。ぼーっと突っ立っていたら、みるくが突然俺にタックルしながら「あぶない」と叫んだ。みるくの腕に、血が滲む。何が起きたか分からなかった。気がついた時には、ビルの屋上まで届きそうな巨大なドラゴンがこちらを睨みつけていた。

「にげ、て……ゆ、しゃ……さま」

 みるくは懸命に訴えかける。ガクガクと揺れる情けない足。震えの止まらない両の手。俺一人なら走って逃げれるかもしれない。けれど……。

 短い間だったけど、みるくとの時間は俺の枯れきった心に潤いを与えてくれた。何もかもにうんざりしていた俺だったけれど。誰にも評価されず、期待されず、ただ生きてきた俺だったけれど。こんなしょうもない俺を「ゆうしゃさま」と呼んで、笑顔で話しかけてくれた。そんな存在に、どれだけ救われただろう。どくどくと流れ出す命。煩く鳴り響く警笛。バクバクと喧しい心臓。うるさい、うるさい。


 ……怖いけれど。こんな俺だけれど。それでも。虫けらみたいな俺でも、俺なりに。足掻いてやる!

 俺は町で買った木の剣を握りしめドラゴンと対峙する。すぅ、はぁ、と呼吸を整える。ドラゴンが火を噴く前に空を仰ぐその一瞬を見逃さなかった。俺は図体のでかい相手を目の当たりにした時を思い出し、懐に入り込み、人で言う「アキレス腱」辺りに思い切り「胴」を打ち込む。相手が痛みに怯んだ僅かな時間をついて、俺はみるくを抱えて後ろを振り返らずに草原を全力で走り抜けた。


「……は、はぁ、は……」

 マジで死ぬかと思った。Lv1でラスボスに立ち向かう位無謀な賭けに、今更ながらに震えが止まらなくなった。

「だ……じょ、ぶか?くるみ」

 俺には魔法は使えない。とりあえず自分の服を破って、アルコール消毒して、木の枝を使って止血して。薬草やら飲み薬をあるだけみるくに使ってやる。「かばう」でみるくには全く攻撃がいかないようにしていたから。こんな小さな体からたくさん血が流れ出してるだけで、物凄く不安になる。みるくは

「もう、だいじょうぶ、ですよ?おくすり、もったいないので、もう……」

 そう言うみるくをぎゅうと抱きしめる。

「死ぬかと、思った。良かった」

 みるくは、ぽんぽんと背中を撫でてくれる。まるで歳が逆転したみたいだ。みるくは言う。

「やっぱり、あなたは わたしの ゆうしゃさまです。ずっと、ずっと。おそばに います」

 そう言って、俺の頬にちゅ、っとキスをする。

「な、な……!?」

 せめて、あと10……20歳経てば美人でストライクゾーンだろうな。なんて思いながらも、年齢イコール彼女いない歴の男には刺激が強すぎる。

「だいすきです。わたしの、ゆうしゃさま」

 これからどうすれば良いかなんて分からないけれど。こんな天使のために勇者にでもなってみるかな?なんて。現金な俺は思った。


 ……これは、どこにでもいそうなオッサンと幼女が、世界を救う旅に出る。そんな話。



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