第7話

Kさんにボクシング時代のことを聞きます。このときの返事は何時も活き活きしています。

「リング名はなんて云ったの?」

「ミスター・K」

「変やなぁー、普通、川島英吾、120パウンドーて言うでぇ。頭に横文字使うか」と云うと、

「ガッツ石松、ファイティング原田」と返ります。

「何でミスター?」これはお判りでしょう、彼は巨人、長嶋フアンだったのです。

「関西やのに、何で阪神タイガースにならなかったの」と訊くと、

「弱い奴は嫌いじゃ」と答えが返ってきました。頑張れタイガース!

「強かったの?」の質問には、

「強かったから、フライ級3位まで行けた。弱かったからチャンピオンになれなかった」が答えでした。


長椅子ばかりと思って、天気のいい日は出来るだけ、車椅子で外に出るようにします。ヒゲを剃れ、ない髪に櫛を入れろ、帽子がいると、ミスター・Kはお洒落なのです。彼のユーモアセンスは抜群で、雨だったので今日は出れないなぁーと、話していたら突然晴れて、表の公園に行きました。途中、私が「雨がやんだら・・♪」と歌うと、「お前の歌ではまた雨が降ってくるからやめろ」と云いました。


Kさんとの公園でのベンチでの二人の会話風景です。日当り良好、風微風。

公園のベンチで若いママたちがぺちゃくちゃお喋り。「誰かいるのか?」どうやら、Kさんはある狭い範囲しか見えていないのだと思います。「若い女性や、べっぴんやでぇー」というと「何か云え」と云うのです。「何と言うんや?」と云うと、「僕、愛してます、と云ったらいい」と、遊ばれているのです僕は。


昼間、ベンチで二人腰掛けていると、「どうしてひとみは来ない」と云うので、

「昼間はお仕事。何やったらひとみチャンが昼来て、僕が夜行こうか」と云うと、ニヤリと笑って嫌だと云います。

「ひとみチャンが昼間お仕事に行ってるから、Kさんもこうして暇出来てるんやろう」と云うと、

「お前も、暇そうにしているから、仕事に行け」と言われました。


たまに、吉野家の牛丼に出かけたり、壱番館のカレーを食べに行くと、「お前の作ったやつより美味い」と云うのです。どうやら僕が行きだして、スーパーで買って行った出来あいのモノは、僕が作っていたと思っていたようです。外で食べるとやっぱり「外食は美味い」のでしょう。


かなり、親しくなっても、どうしても僕の名前を「タムラ」と覚えてくれず、「加治前」と呼ぶのです。今までの文で「多村」と書いたのは混乱しないためで、Kさんの呼びかける「タムラ」は「加治前」に代えて下さって結構です。ひとみチャンに訊いてみました。Kさんの下で働いていた職人さんが加治前さんで、二人は仲が良く、仕事が終わると一緒に飲みに出るのが常でした。「弟分みたいな人」とひとみチャンは云いました。いくら云っても加治前なら、「僕が加治前になればいいんや」と思ったのです。なりすましです。いくらなんでも「兄貴」とは言いませんでしたよ。

例えば昔の事で聞きたいことがあったら、「どうして、あの時はああだったのだろうか?」と云うと、「お前は物忘れがひどいなぁー。こうじゃなかったかな」といった調子で。中々云うことを聞いてくれない時は「弟子が頼んでいるんだから、親方、頼みます」といった調子で、上手く行くのです。もっとも調子に乗りすぎてパンチを喰らいそうになったこともありましたが・・。

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