第5話

何とか長椅子に移しておむつを取り替え、おしもをきれいにせねばなりません。身体の清拭を熱い蒸しタオルで行います。シャツを着せ替え、歯を磨き、うがいをさせて、アンパンと牛乳で朝食をとります。忘れてはいけないのは目覚まし珈琲です。インスタントですが、彼は珈琲好きなのです。ブラックで飲みます。一緒に飲めと云います。本当はいけないのでしょうが、一緒に飲みます。彼はご機嫌です。

小さなラジヲにスイッチを入れます。音楽が流れます。知っている歌が流れると「お富さんや」とポツリと云います。それから掃除と云っても一旦綺麗にしてしまうと、フローリングを拭けば終わってしまいます。洗濯といっても彼一人が日々身体に身をつけているものだけで、毎日洗濯はしますが、枚数は多くはありません。カバーをしていてもおもらしは避けられません。薄い洗える布団を買って使うことにしました。冬は暖房温度を高めに設定しておくのですが、ひと部屋なのでそう電気代はかかりません。

11時半に終わって、私は家に帰って昼食を取り再び出向きます。Kさんには12時半に出前がくることになっています。「食べるのはカツ丼か炒飯でそれ以外は食べない」とは、ひとみチャンの言でありました(主任介護士からもその指示)。お茶を添えて出します。水分補給は大事です。お茶以外にもポカリスエット、アイス珈琲なんかを冷蔵庫に用意しておきます。昼は掃除も、選択もないし、食事介助をしながらおしゃべりの時間です。それが終わると車椅子で外にお散歩となります。と云っても前の公園がほとんどですが・・。


夕方、又1時間入ります。おむつ交換です。そして長椅子からマットレスに移動させて寝かせます。記録を書いて4時で終わりです。それから他の利用者さんに1時間入って私の1日は終わります。Kさんの夕食はひとみチャンが買ってきて食べさせてくれます。

Kさんには、午前1.5時間、昼1.5時間、夕方1時間計4時間入ることになります。週6日入ります。日曜日はひとみチャンです。


人間の交流には時間と辛抱がいります。最初は『拒否』であります。おむつの交換も、食事もさせないのです。誰でも、誰か判らない人に突然身体を触られて「はい、どうぞ」にはなれないですよね。こちらの言っていることが分からない以上、『拒否』は当然であります。

「お前は誰じゃ?何でここにいる!」

「多村じゃ!お前を世話するためにいる」と言っても分からない。

本当、おむつを無理矢理代えようとして、パンチを浴びそうになって、「うんこの海で溺れてちょうだい。俺は知らんよ」で、途中で帰ったことや、自信もなくなって代えてもらおうかと思ったことも1度や2度ではありません。でも、絶大な信頼、期待の新星であります。「実は・・・」とは言いづらく、悪いけどどうしても身体が動かず、ヘルパーステーションにも連絡せず休んだ日がありました。あくる日、気を取り直して行きます。

「Kさんお早う」

「昨日こなんだな、なんでや?」ときはった。『しめたと』思いました。悪いことでありましたが、結果オーライでありました。

「飯くわさん、オムツかえさせん。Kさんとこに来るのが嫌になったんじゃー」と言いました。その日は素直に、オムツは替えさせてくれる、食事はしてくれるでありました。あくる日からたまにごねる時があると、「明日休もかっなぁー」と云うと、「仕事やろ、真面目にやれ」とおっしゃった。「Kさんも、真面目にやってくださ~い」。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る