第4話
言葉もない、どこから手をつけたらいいのか、「せや、ここが俺の職場やないか、職場をきれいにや!」狭い部屋だのに、よし、仕事をしようという気になる環境作りに10日ほど要しました。ベッド回りを綺麗にするのに3日かかりました。不潔の温床(ベッド下が出来る)ベッドは捨てることにしました。フローリングの上にマットでいいのではと考えたのです。転倒したり、落下して危ないもの、冷蔵庫の上にあった電子レンジやテレビは浴槽の中に片付けました。(彼は目が悪くテレビを見れません)こうしておけば、彼でも引っくり返すことは出来ないでしょう。使わない布団、着ないだろう衣類、本、雑誌、ひとみチャンの許可(こちらに全て任すということで)を貰って捨てました。他人だからこそ思い切って捨てられるのです。捨てた、捨てた、惜しげもなく・・唯一家具らしかった長いキャビネットも捨てました。残って使うもの、キッチンの冷蔵庫、居間の長椅子、ベランダの洗濯機。カーテンもレースのカーテンだけにして、捨てました。ホント、部屋中はスッキリしました。私の頭もスッキリして、私の職場は出来上がったのです。
あるとき、ケアーマネージャーと主任介護士が一緒に突然やって来ました。ケアーマネージャーも最初の惨状は見て知っていたので、この変化に「いいお世話をしていただいてますねぇー」と云って帰りました。主任介護士、所長の私に対する信頼は絶大なものになったのは言うまでもありません。最初のデイサービスの事業所とは大違いです。何事も最初が肝心です。
私の日課とミスター・Kの日課は連動します。9時30分、ヘルパーステーションに行きます、前日のサービス記録の提出、本日の予定確認、自転車で15分、10時マンションのドアーを開けます。
「Kさんお早う」返事はありません。部屋に入って、まず窓を開けて、空気の入れ替え(冬でも)をします。
「Kさん朝やで」と肩を叩いて起こします。この起こすのが大変。彼は私と背丈は一緒ぐらい、身体は筋肉質でしまっています。ほぼ2年近く寝たきり状態なのに筋肉は落ちていないのです。羨ましい鍛えられた身体付きです。ボクサーと云っても20代の頃、その後、大工になり、下に一人大工を置き棟梁と呼ばれるようになりました。
ひとみチャンの前に、結婚していた妻との間に子供二人、離婚理由は分かりません。ひとみチャンと、この部屋で暮らしていましたが、3年ほど前にちょっとした病気で入院になり、そして退院。その後、足が痛くなって通院していましたが、片麻痺が生じ、目もほぼ見えなくなりました。寝たきりになって、そのうち夜中に奇声を発し、暴力を振るうようになって離婚。ひとみチャンにも鬱が出て、診療内科に通院するようになって、しかし気になるので昼と夕方だけ来て、食事をとらす最低限の介護しか出来なくなりました。タクシーの運転手さんに介護保険があることを聞いて、今、ヘルパーさんにもこのように来てもらって感謝しています。と、ひとみチャンの説明でありました。
捨てずに残したモノに彼のアルバムがありました。ひとみチャンの説明以外に、そのアルバムが彼の過去を語ってくれて、アルバムは役に立ちました。現状でその人を見てしまうと、どうしても尊厳に対して低く見てしまいます。おむつの中の便を見せられてでは、正直な気持ちそうなります。あとは職業意識だけであります。
彼は相撲が好きだったらしく、神社相撲の写真が沢山ありました。絞まった身体に白ふんどし姿は凛々しく、男として羨ましくすらありました。幼い子供たちとの楽しそうな姿。妻だった人と肩を組んだサングラス姿でお洒落な格好は20代の頃でしょうか・・。今とは大きく違て見えますが、やはり彼であります。何故かボクシングの写真は1枚もありませんでした
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