第3話
2年目・ヘルパーステーション
辞めた私は、住まいに近いヘルパーステーション(訪問介護の事業所)のヘルパーとして勤めました。利用者さんには気を使うだろうが、下手な職員間のことに気を使わずに済むと思ったのです。その事業所は3年前ほどに出来て、なんとか続いているようなので応募したのです。常勤は嫌だったので、非常勤で最低月このぐらい欲しいと言いました。そこの所長は何とかしましょうと言ってくれました。その時の利用者さんに、ミスター・Kがいたのです。
訪問介護は家事援助と身体援助に別れます。30分単位でつくのですが、身体介護の方が勿論多く受け取れます。入浴介助なんかは身体になります。移動ができない人を移動させてのお世話も身体になります。排尿、排便介助も当然身体です。食事作りは家事援助ですが、食事を食べさせるは身体です。介護保険は事細かに決められているのです。窓ガラスは部屋の中から拭く分はいいが、外から拭く分はサービスにならないとか、庭の水やりはダメだとか利用者さんからしたら、「何でぇー???」というモノが沢山含まれているのです。
移動が不自由な人は当然介護度も高く、そこに認知がつけば、介護度5の最高ランクになり、サービスを受ける時間も長く貰えるのです。
「多村さんの条件を満たす利用者さんがありました。この人にほとんど付いてもらって、空いてる時間を近まで埋めたら上手く行きます」。その辺は所長にまかせました。
男性50才、単身マンション住まい。要介護度5。世話は元嫁が来てやっていたが、本人も鬱を患っている。介護保険制度があることを知らなかった。病院に行く為に乗り込んだタクシーの運転手がたまさか、ここの所長と友達で、介護保険のことも聞いていたので、繋いでくれたという経緯があったのです。
最初、この事業所の主任介護士がついて元妻と一緒に病院に行く介助に入ったのですが、ミスター・Kは行くのは嫌だと言ったのです。無理に車椅子に介護士が乗せようとしたとき、パンチを食らったと云うのです。元妻曰く、元プロボクサーでフライ級3位まで行ったとか。身体もがっしりしていて、とっても女性介助では2人つけてもむつかしい、で、男性介護士の私に白矢が立ったというわけです。
「多村さん、頼みます。お金にはなります。幾分、点数加算に配慮はしますよって」と所長は言いました。男性ヘルパーが女性ヘルパーに勝る範囲は、力のいる介護、セクハラ、暴力の範囲であります。このために男性ヘルパーは採用されていると言っても過言ではないでしょう。避けられません、パンチは覚悟しました。主任介護士は可哀想に片目のパンダでありました。両目であったほうが良かったのか悪かったのか、とかく自慢の美形は当分無理であります。その彼女が「尿瓶のおしっこも飲むから注意してね」と耳元で云いました。一体どんな利用者さんなのだろうか、手を焼いていたときに、いいカモの新入りがあったということでしょうか‥。
初日、主任介護士と出向きました。古いマンションの2階で、入ってキッチン、トイレ、お風呂があって、8疊のフローリングの二間の配置で、マンションの前は公園になっていました。元妻も来ていて、名前は「ひとみチャン」、ミスター・Kはそう呼ぶのです。入って主任介護士はビックリの声を上げました。風呂場では風呂桶がひっくりかえり、居間ではてテレビがひっくり返っていたのです。彼は歩けないはず、夜中いざって来て、上半身の力で浴槽をひっくり返したのです。
私にはとうてい無理な話であります。私は金もなければ力もありません。力のある彼が羨ましかった・・それより、私がビックリしたのはその彼のベッド回りなのです。ベッドの回りだけが彼の居住範囲なのでしょう。食べかすにカビが生え、し尿の跡と染み付いた匂い。脱ぎ散らかされた下着に、衣類。浴槽や、テレビは元に戻せば済むが、そのベッドの辺はどうしましょう。「見ただけで逃げ出したくなった」と、言ったら分かってもらえるでしょうか・・。
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