第2話
指令書にはこの町のどこかにいると書かれていて、1枚の写真が挟まっているだけだ。写真はデスクの下で女が赤いヒールを履いて脚を組んでいる。それにしても綺麗な脚だ。どんな女だろうと、男なら必ずデスクの上を想像するだろう。これで「殺れ」という。
いろいろ仕事はこなしてきたが、こんなのは初めてだ。大枚の金を貰ってもお断りだ、と最初はそう思った。指令書を渡した男はこう付け加えた。引き受けるのなら、若干話を付け加える。でも聞いたら断れないと。
俺は頷いた。俺を引きつけたのはその女の脚だった。
「その女は某外国大手会社の秘書をしている。機密書類を持ち出して上司の極東支配人を揺すっている。相当な金額を吹っかけているらしい。その書類がどこかに漏れると、この国の軍、ないし政治の上層部に波及しかねない。その女の姿写真を見せると会社名が分かり、おおよそのことがわかってしまう。だからデーターは隠れているらしい町と、その写真の二つだけだ」と男は語った。
今日も外は雨だ。夕暮れとともにますます激しくなる。嫌な日だ。
あいつだ!あの赤い靴にあの踝(くるぶし)、間違いない。この半年、この町に来て何回夢の中で見たことか・・あのピンヒールで何回顔を踏みつけられ、急所を弄ばれたことか。馬鹿じゃないだろうか、しまいには、俺はその赤い靴に感じてしまっていた。
その足が半地下の窓際を急ぎ足で歩いている。俺は拳銃にサプレッサーを装着して外に出た。女はまっすぐ歩く。この先は港の倉庫街で人通りが絶える。後ろから撃つわけにはいかない。まして女だ。俺は声をかけた。ビニール傘をさした女は振り返った。俺は驚かなかった。予想した通りだ。でも、俺は一瞬躊躇した。
話はここで終わる。これはその時その男のそばにいた、「ヌルヌル女」から聞いた話で書いている。小説家だという私にサービスで話してくれたのだろうが、いい加減な話にしてはよく出来ている。そんな私の顔を察知したのだろうか・・女は私の払った札をバックに入れながら、バックから赤い靴の片方をテーブルの上に放り投げた。
「私は靴を履かないしね。まして片方だけでは履きようがないわね」と言った。後を追った女が見たものは、鮮血に染まる雨のアスファルトに残されたその赤い靴だった。
「それで・・?」と私が聞くと、「なんもなかったよ。その靴だけさ。あとはあんたが勝手に想像して書けばいいよ。小説家の端くれなんだろう」と、女は蓮っ葉に吐き捨てた。
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